再会
「君のお師匠さんはなんの躊躇いもなく行ったが……これは怖いだろ。いくら幻術って分かっていても。……幻術だよな?」
すんなりと術を抜けていった葉月さんを見送って、隊長が呆気に取られながら言った。
それもそのはず。
実際がどうであれ、私たちの眼前には飛び降りたら無事では済まなそうな断崖絶壁が広がっているのだから。
たしかにあの高所特有の風音は聞こえないけれど、普通は淵に立っただけで足がすくむほどの光景だ。
「それだけ大丈夫だという確信があったんだと思います。それより、別の意味で葉月さんが心配なので、私たちも行きましょう!」
幻術の先で敵が待ち伏せている可能性を仄めかすと、ザワついていた六番隊が一気に冷静さを取り戻した。
「そうだな。よし、我々も葉月くんの後に続くぞ!」
剣の柄に手を置きながら、隊長が凛とした声で呼びかける。
それに答えつつ視線をずらすと、既にオオカミの術玉はいなくなっていた。
先に幻術をぬけたのか、もしくは役目を終えて消失したのか。
それを確認するためにも、まずは崖を飛び降りなければならない。
「……ただの幻術だし。師匠の言葉は信用してるし。怖くない。怖くないもん」
「今見えている光景は全てまやかしだ。大丈夫、大丈夫……。た、隊長は行くぞ! 皆も着いてこい!」
なんとか平静を保ち、私たちは恐怖を振り切るかのごとく、勢いよく崖のその先に足を踏み出した。
「遅かったわね」
幻術を抜けた途端、つっけんどんな声が飛んできた。
バクバクとうるさい心臓せいで、一瞬気のせいかと思ったけれど、なんとか鼓動の合間にその声を捉える。
ゆっくり顔をあげると、腕を組んだ小柄な女性が、小さな木の家とささやかなガーデニングに囲まれるようにして立っていた。
白銀の長い髪をゆるく編み込み、瞳は深い金色に輝いている。
狐耳と尻尾の可愛らしさを台無しにするほど、美しい顔は不機嫌そうに歪んでいた。
「小春さん……」
予想してはいたが、本当にいるとは思っていなかった私は、どう反応したら良いか分からず目を瞬かせた。
「久しぶり」
小春さんの声が、先ほどよりも僅かに柔らかくなった。
眉間のしわも消え、口角が少しだけ上がる。
そうすると、葉月さんの面影がより一層強くなった。
「お久しぶりです。あの、葉月さんは?」
肝心な葉月さんの姿が見えなくて尋ねると、小春さんはツンとすまして肩を竦めた。
「私に一言も声をかけることなく小屋に入っていったわ。10年ぶりの再会なのにね。……まあ、文句を言える立場じゃないし、別にいいけど」
かける言葉に迷って重たい口を開いた私は、けれどドアの開く音によって動きを止めた。
音の方に視線を移すと、葉月さんがひょっこり顔を出していた。
「タウフィークはどこですか?」
葉月さんは私に微笑みかけてから、小春さんに向けて硬い口調で尋ねた。
どこか距離を取るような声音に、言われた本人でもないのに切なくなる。
小春さんは表情の読めない顔のまま、大きくため息をついた。
「先に聞いてから小屋に入りなさいよ。まったく。確信を持つとすぐに先走るんだから。全然成長していないのね」
その瞬間、葉月さんの目からスっと光が消えた。
絶対零度の瞳が、無表情に浮かんでいる。
今の彼にアテレコするなら、「どうせ聞いても教えないくせに」ってところか。
(わあ。葉月さん、そんな顔もできたのね)
危うく新たな扉を開きそうになった。
これには実の姉である小春さんもびっくりしたようで、一瞬息を詰める。
けれど、すぐに立ち直って、顔を思い切り背けてみせた。
「もう、勝手に探したらいいじゃないの。お邪魔しますも言えない子に、教えることなんてないわ」
静かに始まったきょうだい喧嘩に、私はどうしようかと思考を巡らせた。
そんな私たちの斜め後ろでは、六番隊がこっそり距離を取っている。
「俺たちは小屋の周辺を見回ってくる。ここが安全であるという確証はないからな。先にムラドを連れて屋敷へ戻った隊員とも連絡を取り合わねば」
そう涼しい顔で言い放った隊長は、私たちが返答する前にさっさとその場を後にした。
残された霊狐きょうだいと私の間に、なんとも言えない空気が流れる。
一呼吸おいて、私は音を立てて手を合わせた。
「小春さんから許可が出たことですし、ふたりで探しちゃいましょう」
「……そうですね。明日にはジャンナを発たねばなりませんので、急がなくては」
姉を一瞥して踵を返した葉月さんを追って、私も小屋の中に入っていく。
小春さんはというと、その後ろをバツが悪そうについてきた。
小屋に入ると、木製のテーブルとイスが置いてあった。
あとは部屋の隅に竈があるくらいで、探すまでもなく、タウフィークさんがここにいないことが分かる。
「いませんね」
「はい。もしかすると、認識阻害の術がかけられているのかもしれません」
二人そろって肩を落とすと、背後から「あぁ、もう!」という投げやりな声が飛んできた。
「地下の隠し部屋よ、お馬鹿さん」
うんざりとしたように言ってから、小春さんは素直に私たちを地下へと案内してくれた。
どうやら床の一部が隠し扉になっていたらしい。
ハシゴを伝って降りると、ついに探し求めていた人物を目にすることができた。
「タウフィークさん!」
感極まって足早に寄った私に、しかしいつもの明るい声が返ってくることはなかった。
古びたソファーの上でぐったりと目をつぶったタウフィークさんは、浅い呼吸を繰り返すだけで無反応だ。
「これはあなたの仕業ですか」
低い声で問う葉月さんに、小春さんがツンと目を逸らした。
「知らないわよ。私はただ、花と一緒に水をやっていただけ」
温度のない声が素っ気なく答える。
葉月さんはそれ以上問い詰めることはせず、タウフィークさんに向き直った。
「……治せるの?」
すぐに診察に入った葉月さんを横目に、そっと小春さんが聞く。
組織の一員だから知っているとばかり思っていたが、彼女の反応からして、どうやら葉月さんが薬師であることを知らないようだ。
私はどう返そうかと少し迷って、「葉月さんは優秀な薬師ですから」とだけ言った。
「体温は正常、不整脈あり。それから……」
手早く状態の確認していく葉月さんを手伝いつつ、とりあえず水が必要だと判断した私は、小春さんに場所を尋ねた。
居心地悪そうにしていた彼女は、とうとう部屋の角に収まってしまっている。
「桶なら小屋の裏に置いてあったのを見たわ」
「ありがとうございます」
言われた通り裏手に行くと、きちんと壁に立てかけてあった。
持ち上げてみると桶がわずかに湿っていて、直前まで水が入っていたことに気がつく。
目の前には小川が流れていて、そばに置いてあった籠には大量の手拭いが入っている。
(小春さんはああ言っているけど、きっと必死に看病してくれていたんだろうな。薬師って単語を聞いてホッとしてた)
どうして彼女が冷たい態度をとるのか分からないが、悪いひとではないのだろう。
私は自分が安堵していることに気づいて、笑みを浮かべながら踵を返した。
やっとタウフィークさんに会えました(><)
次回は狐の手袋と戦います!とりゃあ!
あと2話くらいで次の町へ行けるかな?




