【幕間】 葉月とタウフィークの譲れない戦い
めちゃくちゃ長くなりました( ˊᵕˋ ;)
中秋の名月ということで、ついつい気合いが入ってしまいまして。
「なぁ、葉月。ラティーフの一番上の兄は誰だと思う?」
よく晴れた昼下がり、鍛錬場で傷の手当をしていた葉月は、治療している相手に尋ねられて目を瞬かせた。
「それは勿論、タウフィークでしょう?」
何をいまさらと思いながら、聞いてきた相手もといタウフィークに答える。
ラティーフはタウフィークの8歳年下の弟だ。
兄と同様の艶のある黒髪と長いウサギ耳を持ち、顔立ちもよく似ているので、血の分けた兄弟であるとすぐに分かる。
しかし、タウフィークは葉月の答えに不満げな顔をした。
「それなのに、なんでジャウハラのおねだりを俺じゃなくてお前にするんだ」
葉月はようやく質問の意図に気づいて苦笑した。
どうやらタウフィークは、今週末に行われるアルミラージ一族の催し『泡沫祭り』の話をしているらしい。
イード・フォームは先祖への感謝を込めて一年に一度行われる祭りで、毎年多くの行事が開催される。
そのうちの一つに剣舞があり、最も美しく舞った者に与えられるのが『宝石』だ。
神力の色と同じものを贈られ、剣の持ち手にはめこむことが出来る。
通常の剣には水晶が飾られているので、勝ち取ったジャウハラを付けていると特別感が出て誇らしい気持ちになるのだとか。
自分の剣を持たない葉月には、ちょっとよく分からない感覚だ。
「きっと照れているだけだよ。それにほら、ラティーフの神力は青でしょう? 私の神力が深い緑だから、タウフィークよりも私の神力の色の方が近いって理由もあると思う」
上手くフォローできたと思ってホッとする葉月だったが、タウフィークの表現は依然として暗い。
(困ったな。今年はラティーフが見に来るからって嫌いな稽古を頑張っていたタウが、どんどんやる気を無くしている。でもラティのお願いは聞いてあげたいし……)
葉月は途方に暮れて、雲一つない青空を見上げた。
参加申請は済ませてしまったし、剣舞の練習もすでに始まっている。
後戻りはできない。
「どうあっても、ラティが剣舞を見に来るって事実は変わらないよ。きっと兄が立派に舞う姿を彼も楽しみにしているだろうから、一緒に頑張ろう」
「……うん」
タウフィークはしおれかけた心をなんとか律して、小さく頷いた。
◇◇◇
それから一週間が経ち、イード・フォームの開催当日になった。
町の通りは一族の者たちで賑わい、族長の住まう屋敷の広場では数多の美しい女性が華やかな衣装を身にまとい踊っている。
「わぁ、皆すごく楽しそう」
剣舞の衣装を着た葉月は、柱の影から少しだけ顔を覗かせながら言った。
アルミラージ一族に引き取られたのは一年前なので、昨年も祭りは経験している。
けれど引き取られた身である葉月は、参加する資格がないと思い、部屋の中で賑やかな音や声を聞いているだけだった。
ゆえに眼前に広がる光景がとても新鮮なものに映る。
「またお前はそんな所でこそこそと……。まあ、部屋から出てきただけマシだけどさ」
昨年に何度も祭りに行こうと誘っては断られていたタウフィークが、少し寂しそうに笑った。
葉月と同様、彼も剣舞の衣装を綺麗に着飾っている。
「どうせアレだろ? 自分は別の種族だから、アルミラージ一族の祭りに参加しちゃいけないって思っているんだろ? 別に気にしなくていいのに。今となっては、誰も祭りの意味なんて考えていないんだから。ただただ騒ぎたいってだけで」
タウフィークはそう言って葉月の手をとると、グイッと思い切り引っ張り、屋敷の外に向けて駆け出した。
「ほら、行くぞ! 剣舞は夜からだし、夕方までにいっぱい遊んでおこう!」
喧騒の中に連れてこられた葉月は、反射的に深く顔を俯かせる。
タウフィークは誰も気にしていないと言っていたが、歴史ある祭りに他種族の者が参加することを嫌がるひともいるのだ。
雑踏する町中を歩いているというのに、葉月はなんだかひとりぼっちになったように錯覚した。
自分が周りを歩くひとびとの身体的特徴と違っているから、というのもあるだろう。
しかし、明確な違いはそこではない。
ひとを殺めた者と、そんな悪からひとびとを守る者。その違いだ。
本当は、自分は彼らに罰せられなくてはならない立場のはず。
それなのに……
「ほい」
下を向いていた葉月は、急に視界に入ってきた紙袋に驚いて顔を上げた。
タウフィークの赤い瞳と目が合う。
「お前、これ好きだろう?」
そう言って渡されたのは、ファラフェルサンドだった。
ファラフェルはひよこ豆のコロッケで、野菜とともにピタパンに挟むのが定番の食べ方だ。
初めて食べたとき、香り高いスパイスと素朴なパンの相性の良さに驚いた。
それ以来、このサンドは葉月の好物となった。
「……ありがとう。いただきます」
葉月は近くの噴水の縁に腰掛けると、衣装を汚さないように気をつけながら食べ始めた。
サクリと楽しい音と歯ごたえがして、スパイシーな風味とハーブの芳醇な香りがスッと鼻を抜ける。
タヒーニと呼ばれるゴマのソースがよく合っていて、葉月は夢中になって食べた。
衣装の着付けなどで朝食を食べる暇がなかったので、お腹がめちゃくちゃ空いている。
隣でモグモグとサンドを頬張っているタウフィークも、どうやら同じ境遇だったようだ。
食べ終わってお腹を休めていると、ふいに年配の男女が二人の方へ近づいてきた。
2人はタウフィークの祖父母で、葉月も食事会で何度か顔を合わせたことがあった。
祖父のルクマーンは前族長であり、引退した今は妻のワルダとともに別邸で暮らしている。
「あら、今年は葉月くんも剣舞に出るのね!」
軽く挨拶を交わしたあと、ワルダの何気なく放った一言に、葉月はびくりと肩を弾ませた。
「あっ……その、よそ者なのにすみません」
良い返しが思いつかなくて目を伏せると、この場に居る全員が落胆したのがわかった。
「やだ、そんなこと……私……」
「ワルダ」
ルクマーンは話を振ったワルダが慌ててフォローに入ろうとするのを止めると、すっかり身を縮めてしまった葉月の肩をむんずと掴んだ。
「何を言っているんだ。私たちは葉月くんを一族の仲間だと思っている。だからよそ者だなんて寂しいことを言わないでくれ。このサボり癖のある坊ちゃんがきちんと勉強するようになったのは、毎日学び舎まで引きずって行ってくれる君のおかげだと聞いている。むしろ感謝しているんだよ」
思わぬ言葉に、葉月は驚いて目を見開いた。
アルミラージ一族に引き取られてから、同情されることはあっても、感謝されたことは一度もなかった。
「ありがとう」
視線を合わせるように膝を折って、諭すように言うルクマーンの口調は、とても誠実そうに聞こえる。
素直に受け取って良いか少し迷ってから、葉月はそっと口角を挙げてうなずいた。
もらった言葉が嬉しくて、跳ね返したくなかったのだ。
(……大切にしよう)
葉月は何度も言葉を反芻して、そう心に誓った。
ちなみに、タウフィークの「なんで俺のサボり癖、家族に知れ渡っているの?」 という呟きはスルーだ。
文句を言いつつも安堵の表情を隠しきれていない孫の様子に、祖父母が目を細めて笑う。
サボり癖のあるタウフィークだが、他人を思いやれる優しさや度量の大きさなど、次期族長としての素質は十分持っている。
族長の座についていたルクマーンはもちろん、長年そばで支え続けていたワルダも、そんなタウフィークのことを誇りに思っていた。
「ふたりの舞、楽しみにしているよ」
そう言って去っていく二人の背中を眺めつつ、葉月は薄まった孤独感にホッとした。
きっと一生自分の事を許せないだろうけれど、自身を嫌悪した分だけ、誰かを助けられたらいい。
そして、そのひとりはきっと、神崎夫婦の愛娘である『結奈さん』。
あの約束を果たすためにも、まだ人生を投げ出すことはできない。
タウフィークの祖父母と別れた後、タウフィークと葉月は屋台や演劇などを見て回った。
時たま畏怖の目を向けられることもあったが、大抵のひとが葉月に寛容だった。
そのことに安堵しつつ歩いていると、不意に六時を知らせる鐘が鳴った。
「葉月、そろそろ戻ろう。準備をしないと」
「そうだね」
二人は賑わいの増す道をかき分け、ふざけ合いながら屋敷に向けて駆け出した。
◇◇◇
「剣舞はアルミラージ一族が常世で初めて現世より取り入れ、独自に発展してきた踊りだ。我々の同胞であるアラビアの踊りはもちろん、ヨーロッパやアジアのものなど、多種多様な剣舞を吸収してきた。今年も様々な舞が見られることを楽しみにしている」
開会式の挨拶に立っているのは、族長でありタウフィークの実父でもあるヘイダルだ。
その後ろにはタウフィークとラティーフが控えており、守り屋らしく背筋を伸ばして直立している。
葉月はというと、屋敷には住んでいるものの後継者候補ではないので、ほかの剣舞の参加者とともにお立ち台を見上げていた。
簡単な説明が終わると、とうとう剣舞の発表が始まった。
広いステージの上にひとりずつ上がって音楽に合わせて踊る。
それぞれ持ち時間は五分以内で、審査員が点数をつけることで評価がなされるのだ。
審査員を務めるのは剣舞の先生三名と、昨年の剣舞優勝者、そして参加者の親族を除いた一族内から四名の計八名。
公平を期すため、参加者とはなるべく接点のない者が選ばれる。
「何度出ても、待ち時間のウズウズする感じは慣れないなぁ。葉月は緊張してる?」
ステージ裏で順番待ちをしていたタウフィークが、同じように待機している葉月に向けて尋ねた。
「しているよ。初めて出るし、慣れない衣装だし、余計にね」
そう答えて、ひらひらとやたら長いマントを引っ張る。
舞うときに綺麗に見せるためなのだろうが、正直動きにくい。
(洋装自体はじめてなのに……。布一枚では襦袢でひと前に出ているようで落ち着かない)
日本の妖なのだから、日本の剣舞を踊ればよかった。
そう考えてから、そもそも日本舞踊をやったことがないことに気がつく。
同時に宴のたびに美しい舞を披露していた母の姿を思い出して、胸がツキンと痛んだ。
母の後ろには姉の小春が控えていて、時おり二人で踊ることもあった。
葉月は、二人の舞う姿を父と眺めながら、「綺麗だね」と言い合う時間が何より好きだった。
「おっ、あの子上手いな」
感心したような声が上から振ってきて、葉月は思考の底から浮上した。
声の主は隣に立っていたタウフィークで、彼の目の先には、鮮やかな衣装を身にまとって踊る少年がいた。
「焦げ茶と……内側に明るい茶色の髪……? 珍しい髪色だね」
自信に満ち溢れた少年の舞が眩しくて、目を細めながら言うと、「ウサギだからね」と返された。
あの髪色はチョコレートオターというらしい。
「同族のなかでも色んな特徴があるんだ。性格だって、柔和なやつがいれば、怒りっぽいやつもいる。なあ、葉月。種族の違いなんてどうってことないと思わないか」
そう言って笑いかける義兄に、葉月はハッとして顔を上げた。
誰ひとりとして同じものはいないのだから、他と比べる必要は無いと言いたいのだろう。
ふと、まだアルミラージの屋敷に来て間もないころの、タウフィークに言われた言葉を思い出す。
悪人にならなくていい。そう思い込む必要はない。
彼ははっきりとそう言った。
そのときと今と、まったく同じ口調をしている。
(……そうか。私はまた、自ら線引きをして、勝手にひとりになろうとしていたのか)
アルミラージ一族に引き取られて、怯えられたり鬱陶しそうに顔をしかめられることはあったけれど、一度も「出ていけ」と言われたことはない。
否定されるのが怖くて、葉月が自分から縮こまって隠れていただけ。
行動に移そうとしないから、一年経った今でも、孤独だと感じるのだろう。
「ここは自分の居場所だって、自信をもって言っていいんだ。堂々と舞ってみろよ。きっと、大丈夫だから」
タウフィークは葉月の肩をトンと叩くと、衣装をひるがえして舞台に向かった。
どうやら、いつの間にか出番がきたようだ。
歓声が沸き、からかい交じりの激励が四方から飛ぶ。
それらを一身に受けたタウフィークは、照れたように笑ってから、剣を抜いて静かに構えた。
一瞬で彼のまとう空気が真剣なものに変わる。
曲が始まったと同時に、タウフィークは剣を振り抜いた。
くるりと旋回するたびに、付け髪の黒がさらりと流れて目を引く。
月に照らされて色付いた神力は、キラキラと黄金に輝いていて神秘的だ。
ひとつひとつの動きがはっきりとしているので、自然と釘付けになってしまうような迫力があった。
葉月はやっぱり眩しく思えて、舞台袖からそっと立ち去った。
(せめて神崎夫婦との約束が果たされるまでは、自分がひとと繋がることを許そうか)
衣装の着崩れを直しながら、そう心のうちで呟く。
舞台袖に戻って一息つけば、拍手や指笛が聞こえてきて、踊り終わったタウフィークと目が合った。
いよいよ葉月の出番だ。
すれ違った際、葉月にだけ聞こえる声でかけられた「頑張れ」の言葉に、力がみなぎるのが分かった。
舞台に上がると、見事な満月が浮かんでいた。
居場所を失ったあの日と同じ、まん丸のお月様。
目にするだけでパニックを起こしていたのは去年まで。
今はただ、綺麗だなぁと思える。
大丈夫だから、堂々と。
葉月は顔を上げると、遠くまで届くように、昂然と剣を抜いた。
◇◇◇
「葉月は初めての参加だからいいけどさ、兄さんが負けたのは恥ずかしいよね。しかも、一昨日の優勝者で、今年の優勝候補なんて言われていたのに」
それがラティーフからの総評だった。
優勝したのは、あのチョコレートオターの少年で、タウフィークが2位。
葉月はハサンに次いで4位の座に納まった。
「一点差なのに、この言われ様……」
タウフィークはしょんぼりと肩を落としてから「よし」と気合を入れた。
「来年こそ、兄ちゃんがジャウハラを取ってきてやるからな!」
「要らない。来年は俺も出るから、兄さんは俺に負けないように練習でもしてたら?」
態度を崩さない弟に、タウフィークはもう声すら出ていない。
兄弟のやりとりを眺めつつ、葉月は「そうか」と呟いた。
「ラティは来年で10歳になるのか」
「うん。剣舞の参加できる年齢が10歳からだから、友達と早く来年になってほしいって言っていたところ」
今年までは歳上におねだりするしかなかったラティーフも、来年からは自力でジャウハラを勝ち取りにいくことができる。
(まぁ、ラティーフがお願いすれば、タウフィークはこれからも頑張ってジャウハラを取りにいくだろうけど)
いわゆるブラコンというやつだ。
報われない好意ほど切ないものは無い。
なにより恐ろしいのは、その弟への熱量が、最近は葉月の方にも向き始めている事だ。
「あっ、でも、葉月のジャウハラなら欲しいかも」
追い討ちをかけてくるラティーフに苦笑しながら、葉月は眉を下げた。
「うーん、優勝出来るかなぁ」
葉月は困り顔を作りつつも、完全に落ち込んでいるタウフィークを盗み見る。
葉月は、ラティーフの兄への態度が決して冷たいものではないことに気づいていた。
タウフィークは嫌われていると思っているようだが、実際は甘えているのだ。
わざとそっぽを向いて、構ってもらう。
そういう分かりにくい甘え方をするのが、ラティーフなのだ。
(だからこそ、ラティーフのお願いを無下にすることはできない。断るということは、ラティーフが兄に甘えるための手段を無くしてしまうことになるのだから)
お世話になっているタウフィークには悪いが、こればかりは譲れない。
涙目の義兄を横目に、葉月は固く決意するのだった。
チョコレートオターの少年は、お察しの通り、本編で鬼ごっこ中のあのひとです。わあお。




