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痕跡

「それでは、今朝の起床時間には、彼はすでに姿を消していたのですね」


 確かめるように尋ねる葉月さんに、隊員のひとりが小さく頷いた。

 先程の騒動は、やはり六番隊のひとりが消息を絶ったことが起因らしい。


「はい。起床時間の10分前に起きたんですけど、荷物は減っていたし、空のベッドも冷たくなっていました」


 そう話すのは、失踪した隊員と同室の男性だった。

 私と同い年らしい彼は、真っ白なウサギ耳をペタリと下ろし、悔しそうに口を歪めている。


「すみません、隊長。ルームメイトでありながら、まったくムラドの動きに気づくことができませんでした」


 拳を強く握りしめた彼に、隊長は(かぶり)を振った。

 話の流れからして、ムラドというのはいなくなった隊員の名前らしい。

 チョコレートオターの短髪で、内通者の特徴と一致している。


「部屋の感じからして慌てて出ていったようだが、必要最低限の荷物の整理がなされていた。つまり、いつでも姿をくらませられるように前々から準備をしていたということだ。誰にも気づかれることなく。……やつの動向を察知できなかった俺は隊長失格だな」


 苦い表情を浮かべた隊長は、1度大きく息をついてから、「それにしても」と葉月さんを見据えた。


「よく目的を公にしたな。うちの全隊員が内通者という可能性もあっただろうに」


 (とが)める口調というより、感心するような声音で紡がれた言葉に一瞬キョトンとしてから、葉月さんは照れくさそうに隊長を見た。

 

「組織から逃げてきた澄々花さんの話には、ふたりのアルミラージしか出てきませんでしたから。それに、六番隊から報告を受けたときのことを詳しくハサンに聞いたところ、六番隊の()()()から情報を得たということがわかったので、内通者はひとりなのだと推察しました」


 そこで一旦言葉を切った葉月さんは、申し訳なさそうに眉を寄せて続けた。


「おそらく、私たちが澄々花さんを連れて戻ったときに、抜け出すことを決めたのでしょう。もう少し慎重に動くべきでした」


 私は落ち込んでいる葉月さんをフォローしつつ、出された紅茶に手を伸ばした。

 まだ湯気の立っているそれは、口元に持っていかずとも柑橘系のいい香りがする。


「しかし……まさかヤツが噓の報告をしていたとは。危うく一番隊を敵の待ち伏せている場所に送り込むところだった」

 

 隊長が苦々しく呟くのを最後に、部屋の中は静寂に包まれた。

 双方の持つ情報のすり合わせが終わり、どうやらムラドという名の隊員が内通者である可能性が高いとの結論に至る。


(ここからどうするんだろう)


 そっと黙り込む隊長と葉月さんを盗み見る。

 少しして、隊長がポンと自分の膝を叩いた。


「よし、ムラドに連絡符を送ってみるか」

「えっ!?」


 これには、会話に参加していなかった隊員を含め、部屋にいる全員が素っ頓狂な声をあげた。

 当然だ。

 敵であると確定した今、消息を絶った彼に働きかけるなど不毛でしかない。

 

 しかし、六番隊の隊長はそんな私たちの反応に笑って肩をすくめてみせた。

 

「情報がないときは、たとえ悪手でも行動する方が良い」

 

 隊長のしっかりとした物言いに、周囲も「そんなものか」と納得し始める。

 そんなこんなで、さっそく身を案じるような内容の手紙を送ることにした。

 

 返事が来たのは、その約10分後。

 ぴょこぴょこと可愛らしい動きで寄って来たウサギ型の連絡符に、隊員のひとりが警戒しつつ手を伸ばす。

 そうしてゆっくりとウサギをつまみ上げようとしたとき、唐突に葉月さんがその手を制した。


「……ちょっと待ってください。誰も触れないで」


 怪訝そうな顔で「どうした」と尋ねる隊長を横目に、葉月さんはウサギの連絡符に手をかざした。

 微かに色づいた神力がウサギを覆う。

 次の瞬間、ウサギがグニャリと変化した。


「変化の術ですね」


 暗い表情を浮かべる葉月さんの足元には、一匹の狐がいた

 薄桃色の神力をまとった狐は、堂々とした佇まいで葉月さんを見上げている。


「このような芸当ができるのは、術に長けている霊狐一族くらいでしょう」

「だが、霊狐一族は……」


 隊長はそこまで言いかけて、何か言おうとしていた口を一度閉ざした。

 気持ちを切り替えるように一呼吸おいて、ゆるく頭を振る。


「いや、今は詳しく聞くのはやめておこう。何しろ時間がないからな」


 隊長は手紙を受け取ると、慎重に中を開いた。

 険しい表情で読む彼の周りを、隊員と葉月さんが囲んで覗き込む。


「……ん?」


 最後まで読み終えた葉月さんが、ふと首を傾げた。

 隊長が「今度はなんだ」と片方の眉を上げる。


「あぁ、いえ。少し気になる箇所がありまして。その……本文と宛名の間にある空白行に神力の跡が残っているのです。それも、濃くハッキリと」

 

 神力の痕跡を探す際に用いるらしい特殊なペンライトを借りて、葉月さんがその空行に光を当てていく。

 すると、何も書かれていないと思っていた一行に、うっすらと文字が浮かび上がって来た。


「む……うぇずぃ……ムウェズィヌール」


 そこには、ムウェズィヌールを含め、単語が3つ並んでいた。

 残りの2つはタウフィークとムラドと書かれていた。


「ムウェズィヌールに全員居るということだろうな」


 隊長の言葉に、私たちは同意するように数度うなずいた。

 同時に、このメッセージが葉月さんに向けて書かれたものであることも理解する。

 

 これは術に明るくて霊狐一族が生きていることを知っている者にしか気づけない内容だ。

 どちらも満たしている者など、葉月さんしかいない。

 

「……にしても、彼らはどうしても俺たちをあの渓谷に向かわせたいようだが、一体何があるというんだ」


 苦い顔を浮かべる隊長は、手紙をヒラヒラと振りながら言った。

 手紙の内容に、ミフラブ渓谷にいるという旨が書かれていたのだ。


「分かりません。ですが、澄々花さんの話を聞くに、何か企みがあることは確かです。行かない方が良いと思います」


 独り言のような問いに、きっぱりと葉月さんが答えた。

 昨日の晩に猫耳の少女から聞いた、ミフラブ渓谷近辺での組織の怪しい動きについても伝える。

 それを黙って聞いていた隊長は、少し考えてから「よし」と1つうなずいた。


「二手に分かれるか」


 驚く私たちに、六番隊の隊長が朗らかな笑みを向けた。


「危険な場所に赴くのが我ら守り屋の仕事だからな。完全装備して、万全な状態で乗り込んでやるさ。2人とも貴重な情報をありがとう」


 労いの言葉とともに微笑まれて、私たちはそろって締まりのない顔になった。

 どうしてこうも上に立つ人たちはかっこいいのだろうか。

 一言お礼を言われただけなのに、なんだか大層なことを成し遂げたような心地になる。


「やはりその道の方に褒められるのは嬉しいものですね」


 先ほど浮かべたような照れた顔で、葉月さんが言った。

 きっと、私も同じような表情を浮かべていることだろう。

 表情筋がだらけているのを感じて、頷きつつも両手で頬を覆った。

 

 そうしながらも、体の底から力が沸いてくる感覚を覚える。

 やっと。そう心の中で呟く。


(やっと、タウフィークさんを助けに行く算段がついた)


 やる気満々の私をよそに、六番隊と葉月さんはこれからの動きについて話し合い始めた。

 身を隠しやすそうなムウェズィヌールの森を中心に、捜索範囲を決めていく。


 それから更に1時間後。

 隊長の「これでいこう」という声を皮切りに、作戦会議は終了した。


「わっ」


「あっ」


 隊員たちが一斉に立ち上がったことで資料がヒラリと舞った。

 咄嗟に抑える私と葉月さんの手が、ピタリと重なりあう。


(……あれ?)


「結奈さん?」


 そのままの体勢で固まっていた私に、葉月さんが不思議そうな顔をする。

 私はハッと我に返ると、慌てて手を引っ込めて首を振った。


「いえ、なんでもないです。タウフィークさんの捜索、頑張りましょう!」


 そう言って笑顔を向けると、肯定の笑みを返された。

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