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溶ける

 札を構えた葉月さんが、何かに気づいて目を見開く。

 そして安心したように体を弛緩させた。

 私は体勢を整えると、背後を振り返った。


「あっ……」


 思わず声を漏らす私の後ろで、私たちを驚かせた張本人が申し訳なさそうに頭を掻いていた。

 白い毛並みに長い耳、そして種族の一番の特徴である真っ赤な瞳。

 アルミラージの青年だった。


「驚かせてしまったか。すまない」

「ハサン……」


 唖然とつぶやく葉月さんに、ハサンと呼ばれた青年が片手を上げた。


「久しぶりだな。あまり名前を呼ばない方がいいと思ってのことだが、悪いことをした。いや、でも珍しいな。お前なら気配でわかると思っていたんだ」


 不思議そうに言うハサンさんに、私も心のうちで「たしかに」とうなずいた。


 遠く離れたところの気配も察知する葉月さんが珍しい。

 もしかすると、この暑さで感覚が鈍っているのかもしれない。

 心配になって見上げる私の横で、葉月さんは軽く肩をすくめた。


「ここはひとが多いから判別が難しくて。それより、ハサンはどうしてここに?」


 尋ねる葉月さんに、アルミラージの青年は赤い瞳をそっと伏せた。

 

「音信不通の誰かさんの居場所を掴むために、情報収集中だ。ここは港町だからな。調べものにはもってこいだろう」


 私はちらりと人の行き交う様を見た。

 船から降りてくるひとや鳥類などの翼をもった妖が続々と町に入り、そして新たな場所へと旅立っていく。

 たしかにここなら多くの情報を得ることができそうだ。


「ちょうど屋敷に戻るところだったんだが、二人も来るか? ここで立ち止まっているわけにもいかないだろう」


 そう遠くない場所にあるとのことで、私たちはお言葉に甘えることにした。

 町の中に比べたらはるかに安全だし、なにより暑さをしのげる。


 ハサンさんは私の荷物を持つと、せかせかと歩き出した。

 人混みをかき分けてくれるおかげで、とても歩きやすい。

 さすが紳士の一族だ。


「もし宿泊場所が決まっていないのなら、ついでに泊まっていったらいい。お前の部屋はそのままにしてあるし、客室も余っている」


 肩越しに振り返ったハサンさんに、葉月さんが驚いたような顔をした。

 それはすぐに喜びの表情に変わり、「そうしようかな」と返答する。


 年相応の反応をする彼に、祖父母の家に帰ったときの両親が重なって気づく。

 アルミラージ一族の屋敷は、葉月さんにとって実家のようなものなのだ。


(葉月さんの実家……葉月さんの……彼氏の……)


「えっ、結婚!?」


 ハッとして顔を上げると、きょとんとする葉月さんと哀れそうにこちらを見やるハサンさんがいた。

 ほぼ初対面ということもあり、私の奇行に慣れていない彼は、私が暑さで頭を可笑しくしたと思っているようだ。


 いや、私からしても今の思考回路はおかしい。

 心の内で反省しつつ、私は曖昧に笑ってごまかした。


 アルミラージ一族の集落は港からほど近い所に位置していて、屋敷はその中央に堂々と佇んでいた。

 正面には広い庭があり、そこを抜けると立派な門が見えてくる。


 葉月さんが言うには、かつての庭はバラが咲き乱れ、とても美しい場所だったらしい。

 私としてはバラよりも砂漠のバラ(アデニウム)の方がアラビアっぽいと思ったが、葉月さんの見て育った景色がなくなってしまうのは悲しかった。

 

「外はこんなだけど、中はちゃんとしているから安心していいよ。ニンフのおかげで水も出るし」


「ニンフ……?」


 門を開けて屋敷の中に入るハサンさんの背中を追いつつ、私は首を傾げた。

 聞いたことのない単語だ。


「ギリシャの精霊だよ。四大精霊といえば、シルフ、ピグミー、サラマンダー、ニンフが有名でね。常世の調整師って呼ばれているんだ」


「なるほど……」


 よくわからないが、ファンタジーな話だと理解しておく。


 そうこうしているうちに私たちは客間に通された。

 部屋の中だというのに涼しいのは、部屋の四隅に置かれた氷のオブジェと、その周りをクルクルと舞う風のおかげだろう。


「……これも四大精霊の?」


「いや、雪女一族の氷と鎌鼬(かまいたち)一族の風で造られた作品だ」


 私はゆづきさんと朔矢さんのことを思い浮かべながら頷いた。

 原理は分からないが、こっちのほうが四大精霊よりも理解できる。

 

「なにか飲み物を持ってくるから、そこで座って待っていてくれ」


「ありがとうござ──」


「ハサン!」


 お礼の言葉とともに頭を下げた私は、唐突に言葉を遮られて顔を上げた。

 遮った犯人は、まだ声変わりして間もない男の子の声だ。

 

「どうした、ラティーフ。見習いは鍛錬中だろう」


 ラティーフと呼ばれた少年はハサンさんの言葉に口をもごもごさせてから、こちらに目を向けた。

 視線が葉月さんのところで止まり、一気に表情が明るくなる。


「葉月、久しぶりだね」


「うん、久しぶり。大きくなったね」


 葉月さんはそう言って微笑んだ後、私にタウフィークさんの弟だと紹介してくれた。

 艶のある黒髪とルビーのように鮮やかな赤い瞳は、たしかにタウフィークさんの面影がある。

 一つ違うのは、綺麗な黒髪を長く伸ばして後ろで束ねているところだ。

 


「それで、なにか分かったことはないのか? 組織の居場所とか」


 子供らしくはしゃいでいたラティーフくんが、思い出したようにハサンさんに尋ねた。

 その眼差しは真剣そのもので、なぜかこちらまで緊張してしまう。


 ラティーフくんの視線を真っ向から受け止めたハサンさんは、眉を下げてゆるく首を振った。

 

「いいや、まったく。拠点がこの近くだというのは分かっているんだが、なかなか尻尾を出さなくてな。行き詰っているよ」


 疲れの滲んだ声が部屋に溶けて消える。

 ラティーフくんは落胆した表情で俯くと、一言「そう」とだけ返した。

ハサン……さん……

別の呼び方を考えましたが出てきませんでした( ˊᵕˋ ;)

さんさんしてるぅ↑↑↑

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