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砂漠の街

「……ちょっと暑すぎません?」


 これが、目的地であるジャンナに足を踏み入れた私の第一声である。

 離れたところから見ていたときは、なんだか茶色い建物の多い町だなぁと思っていたが、港に近づくにつれて、それが全て砂の色であることに気づいた。


 初めて見る景色に感動する私とは反対に、葉月さんを含めた乗客はそろって動揺した。

 聞けば、以前のジャンナは緑豊かな美しいリゾート地だったという。

 カラッと晴れた土地とはいえ、気温も今ほど高くなかったらしい。


 建物は丸みを帯びた屋根や複雑な壁面が多く、そのどれもが鮮やかなモザイクタイルで飾られている。

 異国情緒あふれる景色とともに、様々なスパイスの香りも漂っていて、まるでアラビアンナイトの世界に紛れ込んだみたいだ。


 この暑さも砂で覆われた街並みも、イスラーム風の建物によく馴染んでいる。

 むしろこの建物が深緑に囲まれている方が違和感を覚えそうだ。


 けれど、暑さにも限度と言うものがある。

 私はジリジリと照り付けてくる太陽から隠れるように、羽織を頭から被った。

 奇妙な生き物のようにしか見えないが、他の乗客も私を真似して同じような恰好になったので、なんとか不審者扱いはされずに済んでいる。


「どうやら噂は間違いだったようですね」


 フードを深くかぶっていた葉月さんが、医務室から荷物を運びつつ言った。

 乗り場付近まで見送りに来てくれていたリカルドさんら乗組員に手を振りつつ、私も頷いて同意しする。


「たしかに雪は降ってませんけど、この暑さは異常ですよね。マグマの中にいるみたい」


 立っているだけで汗が滲む。

 人魚のオリバーさんも、挨拶に行ったときに海の様子がおかしいと言っていた。

 危険だから引き返した方が良いとも。


 しかし私は、どさくさに紛れて「好き」だの「仲を深めよう」だのと(ささや)くオリバーさんの声を聞き逃しはしない。


 もちろんその言葉の先に居るのは葉月さんなのだが、なにしろ彼は(たぐい)まれにみる鈍感さだ。

 伝わらないどころか、私が口説かれていると思ったらしい葉月さんは、とても良い笑顔で「我々には重大な使命がありますから」と言って挨拶を終えた。


(ごめんね、オリバーさん。骨は拾います)


 そんなこんなで今、私たちはジャンナの街を歩いているところだ

 第三の門があるのは隣町で、ここから少し距離がある。

 馬車で向かったとしても、門に着くのは夕方頃だろう。


「それにしても……避難してきたひとたちが大半なのでしょうけれど、チェントロネプよりもひとが多いですね」


 葉月さんが市場に視線をやりつつ言った。

 市場の商品を見ているというよりは、合間合間にある路地に目を光らせているようだ。


 ひとの多さもさることながら、ジャンナの街はチェントロネプ以上に入り組んでいて、建物も低くごちゃついていた。

 追っ手を撒くには申し分ない地形だが、それは逆に追っ手からの追跡に気づきにくいということ。

 危機感を覚えた私は、葉月さんを習って辺りを見回した。


「倍以上いますよね、多分。これじゃあ、どんなに警戒していても気づかなそう。あとめちゃくちゃ暑い……」


 ただでさえ暑いのに、ひとが密集しているせいで余計に暑苦しい。

 目まで流れてきた汗を拭いながら、私は背負い籠を担ぎ直した。

 

(沸騰した鍋の中ってこんな感じなのかな。心なしかグツグツって煮沸音が聞こえてくる……)

 

 ぽたぽたと前髪から垂れてくる汗を鬱陶しく思いながらひたすら歩く。

 しばらくして、ふと視界が歪んだ。

 同時に足がもつれて転びかける。

 横にいた葉月さんが、慌てて私を抱きとめてくれた。


「大丈夫ですか? 少し座りましょう」


 大丈夫だと答える前に近くの噴水まで誘導される。

 そのまま腰を下ろすと、葉月さんは私の手をとった。


 私の爪をグイッと押して色を見ている葉月さんの顔をぼんやりと見つめる。

 伏せた瞳を隠すまつ毛が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、綺麗だなぁと思う。

 オリバーさんが一目惚れするのも無理はない。


「軽い脱水症状ですね。お水飲めますか?」


 問いかけとともに水筒を差し出され、私はハッと我に返った。

 つい見惚れてしまっていたらしい。

 

「あ、はい。いただきます」


 平静を装いながら、水筒を受け取る。

 水を飲んでから、ようやく喉が渇いていたことに気がついた。

 

「ふぅー、生き返ったぁ」

「それはよかったです」

 

 私の反応が面白かったのか、笑い混じりに返される。

 次の瞬間、すぐそばから靴の擦れる音が聞こえた。


「来ると思ったよ、タウフィークの義弟殿」


 横から影が差し、誰かが見下ろしていることに気がつく。

 完全に警戒を解いてしまっていた私たちは、慌てて逃げ出そうと立ち上がった。


 しかし、足を前に踏み出そうとした瞬間、視界がグニャリと歪んだ。

 頭の奥がじんと痺れて、目の前が真っ白になる。


(立ちくらみ……!? どうしよう、逃げなきゃなのに!)


 とてもじゃないが走り出せる状態ではない。

 私の様子に気づいた葉月さんが、最終手段とばかりに懐から札を取り出した。 

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