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台風一過

 まばゆい太陽の光が雲ひとつない青空を照らしている。

 カラリと晴れた空の下、昨日の嵐など忘れてしまったように、大海原はキラキラと輝いていた。


 春の陽気という言葉がピッタリと当てはまる天気は、眺めているだけで自然と力が湧いてくる。


「久しぶりの太陽だ……」

「暖かいを通り越して、少し暑いくらいですね」


 甲板から空を仰いでいた私に向かって葉月さんが言った。

 袖を(たすき)でくくった彼は、太陽の下で爽やかな笑みを浮かべている。

 穏やかな時間が心地よくて、私も自然と笑顔になった。


 医務室にいたひとたちの治療を終え、仮眠をとった後なので、時刻はもうすぐ正午を迎えるところだ。

 嵐で多少の遅れはあれど、船旅もそろそろ終わる。

 その前に渡したい物があったので、無理を言って二人そろって少し早い昼休憩に入ったのだ。


 私はどう話を切り出そうかと思案しつつ、手に握っていた小包をそっと持ち直す。

 その間にも雲はゆっくりと流れていき、穏やかな時間が続いていく。


 やがて、ちらちらとこちらの様子を伺っていた葉月さんが、遠慮がちに私の名前を呼んだ。


「結奈さん、一つ聞いても良いですか?」

「えっ? あ、はい。もちろん」


 頷く私に、葉月さんがそっと目を伏せる。

 深呼吸をひとつしてから、彼は再び口を開いた。


「後悔を……しているのではと思って」


 突拍子もない言葉に目をしばたたかせている私の横で、葉月さんは何かを堪えるように眉を下げた。


「慣れない異界の地で、本来ならばする必要のなかった恐ろしい経験をして。これから到着する所は、例の組織のアジトがあると噂されていて、きっと今まで以上に危険な旅になります」


 事前に聞かされていた話だったので、私は相槌を打って続きを促す。


「結奈さんは変わらずそばに居てくださいますけれど、時々迷うのです。今からでもレオドール様にお願いして、安全なところまで結奈さんを連れていってもらった方が良いのではと」


 言いながら、葉月さんは懐から一枚の封筒を取り出した。

 おしゃれなデザインのそれには(ろう)封印が施されており、宛名のところにレオドール様の名が記されている。


「今朝方レオドール様から送られてきた手紙です」


 手渡された私は、葉月さんの表情からあまりいいことは書かれていないのだろうと検討を付けて、恐る恐る便箋を封筒から引っ張り出した。


 中には一枚の紙が入っており、サイズが大きいのか三つ折りになっている。

 開いて中を覗き、私は首を傾げた。


「これは地図……ですか?」


 どこからどう見ても地図なのだが、手書きの印があちらこちらに描かれていて少し変わっている。


 紙いっぱいに描かれる星印は五芒星の門を意味しているとして、問題はその近辺に記された複数の赤い逆三角。

 それらにどんな意味が込められているのか分からず、まじまじと見てしまう。

 

「桃源郷の地図です。ずいぶん急いでいたようで、言葉による説明はなかったのですが、この印はおそらく組織の居場所を示しているのだと思います」


 葉月さんが逆三角形の印を指さしながら言った。

 印は星印の頂点付近に集中しており、とくにこれから向かう第三の門辺りから増えている印象だ。

 

「組織の……、なるほど。……ん? なんかこの三角、動いてません?」


 印がゆっくりと移動しているように見えて、私はゴシゴシと目を擦った。

 疲れているのかもしれないと思ったが、その間にも印は地図の上を移動し続けている。


「そうなのです。仕組みはよくわかりませんが、アーロンさんの術で彼らの現在地が分かるようになっているようです」


 私はGPSのようなものだと理解して地図をたたみ直した。

 かなりファンタジーだが、現世にスマホが存在する以上、特段驚くことでもない。

 紙を封筒にしまうと、私は葉月さんのほうに向きなおった。


「それで、この地図がどうかしたんですか?」


 尋ねる私に、葉月さんが困ったような顔をする。

 つくづく自分はズルい人間だと思う。

 葉月さんの浮かべる表情の意味を、私に地図を見せた理由を、私は理解しながら分からないふりをした。


 けれど、知らんぷりをしたことに後悔はない。もちろん、この旅についてきたことにも。

 この旅が危険な物になることは承知していたし、だからこそ葉月さんを一人にしたくなかったのだ。


 私は笑顔を作ると、ずっと後ろ手で握っていた小包を葉月さんに差し出した。


「突然ですが、葉月さんへの誕生日プレゼントです!」

「……ありがとうございます」


 瞬きをひとつしてから、葉月さんはお礼の言葉とともに包みを受け取った。

 小包を見つめる彼は、話が180度変わったせいか戸惑いを隠しきれていない。


「えっと……開けても良いですか?」

「もちろんです」


 うなずく私の前で、葉月さんが丁寧に包み紙を開けていく。

 中から出てきたのは、この数日で編み上げた矢羽根模様のミサンガだ。

 そっと手に取る葉月さんに、なんだか照れ臭くなってそわそわする。

 

「葉月さんの神力の色と、羽織の色と、それから葉月さんが出会った頃の私に贈ってくれた薄紫の着物の色を入れてみました。あと、ちょうど緑と紫の中間色の浅葱(あさぎ)色も」


 説明しつつ、一色一色を指で示していく。

 その都度、葉月さんは視線を移して頷いてくれた。


「ええと、本当は糸の色にも意味が決まっているらしいんですけど、それに頼らないで私なりに願いを込めて編みました」


 静かに話を聞いてくれている葉月さんに思いが届くことを(こいねが)いながら、私は必死に言葉を探す。


 思う通りに伝えることは難しいけれど、伝えられたら、それはきっと記憶になる。

 ゆえに、ただありきたりなフレーズを口にするのではなく、自分の言葉を贈りたい。


「緑と紫は葉月さんと私が無事に旅を終えられるように。羽織の白藍(しらあい)は私たちが私たちらしく居られるように。そして浅葱色は……私たちがずっと一緒に居られるように」


 そこで一度言葉を切って、私は改めて葉月さんを見上げた。

 壊れ物を扱うようにミサンガをそっと手で包む彼も、私の様子に気がついて顔を上げる。


「これが私の答えです」

「答え……」


 ぼんやりと言葉を返す葉月さんを、私は真っ直ぐ見つめた。


「ここから先、どんなに危険なことが待ち受けていたとしても、一人で逃げ出す気はありません。前にも約束した通り、旅が終わるまで……いえ、旅が終わった後も、私は葉月さんのそばに居ます。葉月さんが心から私を必要としてくれるまで、いつまでも」


 晴れやかな空の下、暖かな風が二人の間を吹き抜けた。

 沈黙が流れる中、葉月さんがゆっくりと私の言葉を飲み込んでいるのが分かる。

 やがて彼は拳を開き、ミサンガを右手首に着けた。


「それでは結奈さんは一生私の傍にいなければなりませんよ。結奈さんからいただいた言葉も、このお守りも、当然結奈さん自身も、命ある限り大切にしますから」


「望むところです」


 私がニッと笑いかけると、葉月さんもつられたように笑った。

 戻って来た和やかな空気に浸りつつ、二人そろって海を眺める。


 一難去ってまた一難。

 進行方向に見え始めた砂色の地を、私は緊張と気合いの入り混じった思いで見つめた。

葉月さんと結奈ちゃんが勝手にプロポーズ紛いなことし始めたんだけど……。|´-`)ザワ


ようやく船旅が終わりました。

紳士さんの登場、そろそろですよ!

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