責任者
航海士と機関長から指示を受けた船員たちが船内に散らばったあと、私たちは幹部数名を引き連れて医務室に向かった。
途中で私の部屋に寄り、回復薬の入った瓶を持っていく。
実験場所として使っていたテーブルの前に着くと、すぐさま葉月さんは薬効薬理試験を開始した。
直接口にするわけではないので、簡易的な試験のみ行う。
その間に、私は幹部のひとたちにどうやって薬を作ったのか説明していた。
なるべく専門的な用語は避けて、素早く理解してもらえるように努める。
聞いている彼らも、何百という命がかかっているので、真剣な面持ちで私の話に耳を傾けていた。
「薬液には、ラウファンから抽出されたオイルやコラソンと呼ばれるハーブのほか、一般的な回復薬に使われる生薬が入っています」
一度話を切って、普段葉月さんが飲んでいる回復薬の瓶を持ち上げる。
幹部らの相槌を打つ姿を確認してから、説明を続けた。
「浅葱蝶にこの薬液を染み込ませると、内服しなくても神力の回復が出来るんです。体内に直接入れる訳では無いので、副作用の心配もありません」
「なるほど、液体の色の正体はこの赤い花びらか」
船長がコラソンを持ち上げて、興味深そうに言った。
私は葉月さんの方をちらりと見て、試験の進捗状況を確認してから、再度彼らの方に向き直る。
「はい。そして、これを一日乾燥させると完成です」
私は出来上がった回復薬を瓶から手のひらに移し、幹部のひとたちに差し出した。
固くなった花弁は、薄紅色の薬液を吸い上げたことにより、花脈に沿って赤く染まっている。
血管のように樹状に色づいたそれは、まさしく私たちの最後の希望だ。
「触ってみても?」
航海士の代わりに参加していた甲板部員が、ワクワクした様子で尋ねてくる。
ちょうど薬効の確認を終えた葉月さんからゴーサインが出ると、甲板部員の青年は嬉々として指先を伸ばした。
青年が慎重に一枚つまみ上げる。
残りの花弁が擦れ合い、カサリと乾いた音を立てた。
皆が固唾をのんで見守る中、花弁は青年の手の中で徐々に輝き出す。
そして次の瞬間、花びらは粒子に変化し、空気に溶けて消えた。
「おお、すごい! 体が軽くなった!」
青年が目を輝かせて報告する。
しかし、私はそれどころではなかった。
それというのも、私の手にあった残りの浅葱蝶が、ふわりと宙に舞ったからだ。
おそらく、青年の神力が花弁に伝わってしまったのだろう。
「でもなんで……」
幹部のひとたちが歓声を上げる中、私は驚きを隠せずにいた。
私の予想では、薬液に含まれるラウファンの作用によって、浅葱蝶の宙に浮かんでしまう性質が抑えられるはずだったのだ。
(もしかして、失敗した……?)
ヒヤリと背筋に冷たいものが走る。
慌てて手のひらを見ると、しかし幾らかの花弁は残っていた。
(そうだよね。甲板部の人は上手く回復出来たみたいだし。……えっ、つまりどういうこと?)
困惑する私に気づいてか、いつのまにか幹部らも静まり返る。
テーブルの辺りで一連の流れを見ていた葉月さんが、ゆったりとした動作で落ちた花びらを拾いあげた。
そうして少し考えたのち、「これは推測ですが」と前置きをして話し始めた。
「浅葱蝶の質の善し悪しが、薬液の吸収しやすさに影響を及ぼしているのだと思います。ちょうど、オオバコの種を大鉢にうかべるように」
私はハッとして目を見開いた。
初めて薬師の仕事を手伝ったとき、質の悪いオオバコの種を除きながら、葉月さんはこう言っていた。
『材料の質は薬の質に大きく左右しますので、きちんと見定めしなければいけません』
とても初歩的な、けれど大切な工程だ。
なぜ忘れていたのだろうと、自身への情けなさを感じる。
「ですが、浅葱蝶はどこにでも自生する雑草です。さらに改良を重ねていけば、簡単に手に入る、とても画期的な薬になると思います」
そう師匠に励まされ、私はなんとか気持ちを切り替えた。
「しかし困ったな。浅葱蝶の詰まった瓶に手を入れたりしたら、神力が通ってしまって大惨事じゃないか。神力を吸収したら、水中でも飛び立ってしまうだろう? 回復するどころじゃない」
幹部のひとりが焦りの混じった声で言う。
刻一刻と転覆の危機が迫っているのだ。
焦らずにはいられない。
「いや、彼女なら可能だろう」
おもむろに投げられた船長の言葉に、私を含めた全員が首を傾げる。
そんな私たちを尻目に、船長は迷いなく私を指さした。
「聞くところによると、気狐は神力を自在に操る能力を持っているそうじゃないか」
(えっ、そうなの!?)
振り返って葉月さんを見ると、なぜか頭を抱えていた。
私と葉月さんの反応を見た船長は、何を勘違いしたのか、不敵な笑みを浮かべて畳み掛ける。
「その証拠に、彼女は飛び立つ前の浅葱蝶に素手で触れていた。見間違いとは言わせないぞ」
基本的にノリの良い船員たちは、船長の名推理におおーっと歓声を上げた。
拍手が巻き起こり、問題解決とばかりにはしゃぎ出す。
しかし、このままで良しとしない者がひとりいた。
先ほど頭を抱えていた葉月さんだ。
「待ってください!」
喧騒に負けぬよう声を張り上げ、葉月さんは彼らを制した。
「私は反対です。大切な恋人……いえ、教え子を、呼吸もままならない危険な場所に送り出せるわけがありません。私が代わりにやります」
鋭い眼差しに、そんな場合ではないと思いつつキュンとしてしまう。
胸を高鳴らせる私とは逆に、船長は困り顔をした。
「気持ちは分かるが、船医が居なくなるのはまずい。報告によると、乗客の中には怪我を負ったひともいるらしい。軽傷ではあるが、診てもらいたい」
「結奈さんも簡単なものであれば処置できます」
なお言い募る葉月さんに、船長は苦笑しつつ首を振った。
「そうかもしれないが……。それに、いくら水の中とはいえ、抱えて泳ぐのなら男性より女性の方が体力的に負担も少ないだろう」
一理あるなと納得する私とは反対に、葉月さんは否が応でも自分が行くと言い張る。
しかし、本人は忘れているみたいだが、葉月さんは気狐ではない。
守ろうとしてくれるのは嬉しいが、これでは埒が明かないので、私は一歩前に出た。
「私の発明した、私だけが扱える薬です。私に行かせてください」
刹那、鳴り止んでいた拍手や歓声が、再び湧き上がった。
つくづく船乗りはノリが良い。
心配そうな葉月さんと陽気な乗組員の温度差に苦笑しつつ、私はそう思った。
船旅長くてすみません!
書きたいことが多すぎて……(^ཫ^)




