時化
鍵を開けて取っ手を引くと、険しい表情の葉月さんが立っていた。
その背後では、乗組員らしきひとたちが慌ただしく走り去っていく。
明らかな異常事態に、顔が強張るのを感じた。
「何かあったんですか?」
「起こしてしまってすみません。どうやら船に異常が見られたようで、関係者は広間に集まるようにとのことです。一応私たちも含まれるので、参りましょうか」
私は頷くと、羽織を肩に引っ掛けて部屋を出た。
深夜なので乗客の出入りはなく、乗組員たちによる口頭アナウンスだけが船内に響いている。
ライフジャケットを配るスタッフの合間を縫って、私たちはダイニングに急ぐ。
二日目の夜にウェルカムパーティーの会場として使われていたそこは、今や乗組員たちでごった返していた。
しばらくすると、航海士と機関長が状況の説明を始めた。
話によると、どうやら嵐によって船の一部が破損し、水が流入しているらしい。
常世には嵐や台風というものが存在しないため、必要以上にクルー内で混乱が広がる。
「波風で船が壊れるなんてこと、あるのでしょうか。風のせいにしているだけで、本当はあなた方の管理が甘かったのでは?」
ひとりの船員が声を上げる。
すると、それを呼び水に、多くのクルーが疑問や文句を投げ始めた。
今までそよ風程度の風しか吹かなかった常世では、風で物が壊れることが理解されづらいのだろう。
「そんなはずはない。今日も甲板部とともに夕方まで監視を行っていたが、どこにも問題はなかった」
責任を問われた航海士が言い返す。
他方から野次が飛ぶ一方で、不安な表情を浮かべる船員もいた。
見かねた機関長が、ゴホンと一つ咳払いをして、会話を遮った。
「今すべきことは原因の解明ではなく、この惨事にどう対応するかだ。不必要な会話は控えてもらいたい」
きっぱりと言い放ったあと、機関長は静まり返った乗組員たちに一つ頷き、話を続けた。
「損傷箇所は船内で対処できないほど大きく、比例して浸水のペースも速い。これが機関室にまで到達すると、操船が困難になると思われる。そこで船長を含めた幹部で話し合った結果、船の修理を特殊甲板部員と協力して行うことになった」
特殊甲板部員は常世ならではの役職で、人魚一族が担っている。
普段は船内に設置された特殊な部屋で航海当直をしているが、有事にはレスキュー隊として活動するのだとか。
実用的な仕組みに感心する私とは違い、周囲の反応は今ひとつだ。
再び周囲がざわめきだし、その誰もが眉をひそめている。
先ほど釘を刺されたためか、勝手に発言するひとはいなかったが、代わりに数名が挙手をした。
「特殊甲板部員と共同で対処するとのことですが、つまり船の外部から補修していくということでしょうか」
発言の許可を得た船員が確認するように問いかけると、機関長は「いかにも」と大きくうなずいた。
「先ほど説明した通り、船体は早急な処置が必要な状態にある。しかしながら、水を操ることに長けた人魚一族を破損部に誘導する時間はないだろう。したがって、外部からの修繕が最短の道となる」
機関長はそこで一度言葉を切り、周囲に言い聞かせるように辺りを見回した。
「しかし、実行に伴い、深刻な問題が出ている。それは、修理にあたる部員の体力の不足だ」
船員たちの心配どころもそこだったようで、深くうなずく姿もあった。
「この悪天候で、水面下に留まりつつ作業することが極めて難しくなっている。加えて、修復時の神力の使用により大幅に体力が削られてしまう。部員の見解では、作業が完了する前に力尽きる可能性が高いそうだ」
機関長が話を終えると、広いダイニングが静寂に包まれた。
誰もが修繕不可能の文字を浮かべ、最悪の事態が頭をよぎる。
暗い空気が漂う中、私はひとつのアイディアに思考を奪われていた。
(この状況、あの薬を使えばもしかして打開できるかも。葉月さんに見てもらってからじゃないと確信は持てないけど、失敗するかもしれないけど、それでも何もしないよりずっといい)
私は自分を励ますようにギュッと拳を握り、隣にいた葉月さんの袖を引いた。
腰をかがめてもらい、昼間に言いそびれていた回復薬の実験について話す。
相槌を打っていた葉月さんは、驚きを滲ませつつも力強くうなずいた。
「薬効が確認できれば、可能だと思います」
葉月さんに後押しされ、私はずいと手を上げた。
一斉にこちらに視線が集まり、なんだか授業で発言するときのような緊張を覚える。
「君は……あぁ、代理の船医か。今はどんな意見でも欲しいところだ。聞かせてくれ」
私はひとつ頷いて、それから数時間前に作り上げた回復薬についての説明を始めた。
時間がないので作り方の説明は省き、なるべく簡潔に提言する。
次第に、乗組員たちの醸し出す空気が明るくなっていくのを感じた。
「神力を直接体内に入れるので、短時間で簡単に回復できます。まだ効果をきちんと確かめたわけではないんですけど、他に水中で体力を回復させる方法がないのであれば、やってみる価値は十分あると思います」
最後にそう締めくくると、今まで静かに話を聞いていた乗組員たちから拍手が沸き上がった。
賞賛というより、団結力を高めるための拍手に聞こえた。
嵐の中の航海は、常世にとって前例のない出来事だ。
そんな状況下で、彼らはパニックに陥ることもなければ、自暴自棄になることもなかった。
全ての乗組員が一丸となって乗り切ろうとしている。
私もそのうちの一人として、自分にできる最大限の事をやろうと決意した。
ここを乗り切ることが、旅を続ける上での自信につながることを予感して。
大遅刻(><)
船に関しての予備知識が無さすぎて時間がかかりました。
次回は思わぬ展開になります(笑)




