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エピローグ〜常世と現世を結ぶ者〜

 10月某日。

 華やかな色打掛(いろうちかけ)に身を包んだ私と、黒五つ紋付き羽織袴姿の葉月さんは、2人揃って会場の縁側に佇んでいた。

 

 身内のいない私達のためにと集まってくれた友人達に「準備の邪魔だ、主役は出ていけ」と追い出されたのだ。

 主役の扱いが酷いような気もするが、邪魔なのは確かなので仕方ない。


「早めに準備してお手伝いしようと思っていたのに」


 そう言って不貞腐れる私に、葉月さんが朗らかに笑った。

 こっちはどうやら追い払われることを分かっていたらしい。


「大事な晴着を汚すわけにはいきませんからね。でも早く用意を終えたおかげで、ゆっくり結奈さんの晴れ姿を見ることができます」


 満足そうに言われて、何も言い返せなくなる。

 それに、それを言うなら。私はそっと葉月さんに目を向けた。


 和服姿は見慣れているけれど、やっぱり結婚衣装は特別な感じがして良い。

 たしかに早めに準備を終えて正解だったかもしれない。


 鮮やかに色付いた紅葉が、秋晴れの空の下、音もなく舞っている。

 ちょろちょろと流れる池泉の水の音が心地良くて、私はそっと目を閉じた。


 視覚を塞ぐと他の感覚が鋭くなるもので、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

 会場の準備は大変だろうに、聞こえてくる声はどれも楽しそうで安堵する。


「ねぇ、ぜったい紫がいいって」


「いやここはオレンジとか黄色みたいな暖色系だろ。祝いの席だぞ」


 明日香の声と泰智の声。


「そもそもなんで会場の設営より新郎新婦の仕度のほうが先に終わっているのよ」


「仕方ないだろ。思い立ったはいいけど、俺らそんなお金持ってねぇし。料理とこの旅館の宴会場を借りるのがせいぜいでプランナー?とか居ないし」


「予算足りなくて衣装は葉月さん持ちだしな。ま、でも二人はあっちで文字通り本物の神前式をやったらしいし、今日は人前式だから、気持ちがこもってりゃ形式とかは拘らなくてもいいんじゃないか」


 麗に拓真、翔月の声。そして──


「良い心がけだ、現世の薬師見習い殿。では、結奈のエスコート役は俺が引き受けよう」


「それただレオドールサマがやりたいだけっすよね」


「陛下、弁えてください。我々は招待してもらった側なのですよ」


 急遽常世から駆けつけてくれたレオドール様とアーロンさんの声も聞こえる。


「あ、それは気にしないでください。俺達の力だけでやりたかったっていう、ただのエゴなんで。ていうか、さすがにこの旅館まるごと買い取れるくらいの額を手渡されても扱いに困りますし」


「翔月殿、そなた良い奴だな。側近にならないか」


「え、勘弁してください。俺、二足の草鞋を履く予定なんで」


「陛下、準備の邪魔をしてはなりませんよ。ほらビールでも飲んで大人しくしていてください」


「うむ、苦しゅうない」


 私は耐え切れず吹き出した。

 目を開けて、同じように笑っている葉月さんと顔を見合わせる。


「タウフィークさん、来られなくて残念でしたね」


「ええ。でも仕方ありません。一瞬で復活した現世と違って、常世はまだまだ立て直している最中ですから。本人は直前まで行く気でいたようですが」


 嘆きの連絡符が届いたのは2日前のことだった。

 手紙は簡潔ながらも端々に悔しい気持ちが滲んでいて、その言葉だけで私たちは嬉しかった。

 

「常世にはまだ帰れませんが、せめて写真だけでも送りましょうか」


「ですね!」


 私たちは微笑み合い、一度口を閉じた。

 旅の途中で何度も流れた照れくさい沈黙に、私の心臓が大きく跳ねる。

 そっと、自然に、葉月さんが私の頬に手を添えた。

 

 衣の擦れる音だけが空気を揺らす。目を閉じた瞬間、唇に柔らかい温もりが触れた。

 ふわりと香る檜に安心しつつも、鼓動が早くなることを止められない。

 

 丁寧に落とされた口付けを受け入れるように、 そっと手を伸ばして彼の腕に触れる。

 薄く目を開け、また閉じ、更に唇を重ねようと一歩踏み出す。


 そのとき、私の耳に水の跳ねる音が届いた。

 聴力の優れている葉月さんが驚いて離れていく。

 消えた温もりに寂しさを感じつつ目を開けて、私も驚いた。

 晴れ渡った青空から、細やかな雨が降り注いでいる。

 

「晴れているのに……」

 

 そう呟く私の隣で、葉月さんが笑った。

 

「狐の嫁入りならぬ、狐の婿入りですね」

 

 言い得て妙なその言葉に、私も釣られて笑みをこぼす。

 まるで天からの祝福のように、太陽の光を閉じ込めた雨粒がキラキラと輝きを放っている。

 葉月さんはそっと私を抱き寄せて、その光景を見つめていた。

 

「……生きていて良かった。諦めないで、本当によかった」

 

 感情の乗った震える声に、心がじんわりと熱くなった。

 ああ、幸せだ。

 込み上げてくるものを胸に留めて、私はよく晴れた雨空を仰ぐ。

 

 ふと隣を見ると、葉月さんが静かに泣いていた。

 私の視線に気づいて、彼は照れたように微笑んだ。


「知りませんでした。ひとは幸せがすぎると、涙が出てくるのですね」


 笑顔を返しながら改めて思った。

 ああ、このひとと出会えてよかった、と。

 むず痒くて、幸せで、胸がはち切れそうだ。

 

「葉月さん、一緒に生きていきたいと言ってくれて、ありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね」

 

「こちらこそ、共に生きることを許してくれてありがとう。末永く宜しくお願いします」

 

 私と葉月さんは顔を見合わせて、晴れやかに笑った。


 紅葉が舞い、爽涼(そうりょう)な風が足元を駆け抜ける。

 私、神崎結奈は、幸福を胸いっぱいに抱え、縁側に佇んでいた。

 右手は葉月さんの手に包み込まれ。

 左手は帯に飾られた懐剣を抑える。

 葉月さんに寄りかかっているせいで、私の肩は天秤のように傾いていた。


 妖の住む世界と人間の住む世界。

 私たちは2つの世界を結ぶ者。


 これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、私たちはきっと乗り越えていくだろう。

 世界の境を超えて出会った私たちなら。

これにて月結びシリーズ完結です。

最後までお読みくださり本当に本当にありがとうございました!

お時間よろしければ、評価やブックマークをしていただけると嬉しいです(*>ㅅ<)՞՞

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