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名残雪

作者: 谷川凛太郎

どうもこんばんは。谷川凛太郎です。


今回はとある企画に参加させて頂いた際に書いた物をこちらにお載せ致します。


読んで下さったら幸いです。

 昔から、らしくないことをするといつも痛い目を見てきた。


 歌を歌ってみれば下手と揶揄われ、オシャレをしてみても気取ってると煙たがられ。何処まで行っても俺は民宿の跡取り息子としか思われない。


 それが耐えられなかったから、役者を目指して都会へ飛び出した。


 だけど、俺は都会で生きる術を、夢を叶える術を持っていなかった。


 今ではすっかり会社勤めのしがないサラリーマンで、上司にいびられ頭を下げる日々である。


 このまま燻り続けるのは嫌だった。何より、心がゆっくりと死んでいくのが堪らなく怖い。


 だから俺は旅に出た。あてもなくふらふらとするだけの旅に。きっと上司はグダグダと何か言っているのだろうが知った事ではない。


 幸い、旅行代理店に勤めていたから、あてもなく彷徨っても問題はなかった。観光地から観光地へ、それこそワタリガラスのようにふらふらと。宿は目についた所を適当に。


「……旅館『よいのさと』……次の宿はここにしよう」


 こんな風に、その日のうちに宿を探して予約する。旅行代理店に勤めていれば、穴場の旅館の情報はいくらでも手に入る。例え冬の帰省シーズンであっても、寒さを凌げる宿に困らないというわけだ。


 呑気な俺は、明日の宿が取れたことに満足して、そのまま眠ってしまった。

 次の旅のプランを、頭に思い描きながら。








 旅館『よいのさと』は、観光地からバスで一時間の山の中にあった。雪深い山の中にあって尚温かみを感じるこの旅館は、どうやら温泉も完備しているらしい。まるで隠れ里の茶屋のような雰囲気のこの旅館はサービスや教育も行き届いており、ネットの評価に反してとてもいい旅館であった。


 そう、とてもいい旅館なのである。


「はぁ……」


 人がまばらの露天風呂に身を委ね、重たいため息をつく。ベタというべきか、観光客の他にはニホンザルが入浴している。


 どこから見ても当たりの宿を引き当てたのに、俺の気分は落ち込んでいた。


「なんでこんなところで会うんだよ……」








 話は、チェックインの時にさかのぼる。


「え……冬夜?」


「その声……もしかして」


 切れ長の細い目、柔和な笑顔、長くまっすぐに伸びたつややかな黒い髪。

 フロントで受付をしようとして驚いた。幼馴染みであった雪子が、面影はそのままに綺麗になって俺の前に立っていたのだ。


「ひ……久しぶり。あの日以来……かな?」


「そうだな……元気……だったか?」


「うん……冬夜も元気そうでよかった」


 困ったときにへへッと笑ってごまかすのは、昔から変わっていないらしい。

 俺も困ったように下を向いた時、左手の薬指に指輪が嵌めてあった。


「雪子、お前……これ──」


「ほら、鶴松さん、無駄話しないで早くチェックイン済ませちゃいなさい」


 後ろで女将さんらしき人がやんわりと注意すると、雪子は「申し訳ありません」と小さく謝り、てきぱきとチェックイン業務をこなしていく。


「こちらがお部屋の鍵でございます。お出かけの際は、一旦鍵をお返ししてからお出かけください」


 どこか冷たいと感じてしまう声色を「ありがとう」の一言で黙殺して部屋に向かう。

 出来れば会いたくなかったなと、心の中で思いながら。









 雪子は、俺の恋人でもあった。活発で明るくて、少しだけ天然が入った、俺には勿体ない位良くできた子だった。一歳年下という事もあって、俺はそんな彼女を可愛がったし、愛おしいと思った。

 俺の両親も、俺と同じ位可愛がった。だけど、この関係が重苦しいと感じるようになったのは、親がいつになるかも分からない先の話をするようになった時からだった。勝手に将来を決められてしまうようで、俺は嫌だった。


 だから俺は、上京と同時に雪子と別れを告げた。


 別れた日の事はよく覚えている。今日と同じ位の冬の日、駅の構内で号泣する彼女が、別れるのは嫌だと最後まで粘っていた。


「なんで勝手に東京なんかに行くの? 私の事が嫌いになったの?」


「そんなんじゃない。今でも雪子の事は好きだよ」


「じゃあなんで!」


「嫌になったんだよ……宿を継ぐ事も、雪子とこのまま恋人同士でいる事も」


 そう言って発車直前の電車に飛び乗って、俺は東京へ行った。

 最後まで雪子は車窓の外から何か言っていたが、俺は目もくれなかった。










 偶然にしては最悪の出会いを、たった一回の露天風呂で全て流せる訳もなく、俺は部屋で一人、寝れない夜を過ごしていた。布団はふかふかで身体も疲れているのに、心に巣食ったモヤモヤがそれを許してくれない。


「はぁ……ちょっと散歩に行こうかな」


 思いつきとしては陳腐な事をしようと起き上がったその時、コンコンと扉がノックされた。


「はい、どなたですか?」


 怪しがりながら問いかけると、返ってきた声は思わぬものであった。


「あっ……アタシだよ。雪子」


「えっ?」


 訝しみながら扉を開けると、本当に雪子が部屋の前にいた。


「どうしたんだよこんな夜中に。仕事じゃないのか?」


「あっ、それはそうなんだけど……女将さんが気を利かせてくれたの。積もる話もあるだろうって」


 余計なお世話だと内心毒づく。あんなにつっけんどんに別れておいて、今更俺なんかに話なんかある訳ないのに。


「それでさ……ちょっと、外に出ない? いい所知ってるんだ」


「だけど……」


「いいの、アタシが行きたいって思ったから」


 そこまで言われてしまったら、断ろうにも断れない。


「分かった。じゃあちょっと待ってて」


 そう言って一度扉を閉めると、何枚か厚着をしてから再びドアを開ける。雪子も既に外套とストールを身につけており、準備は万端のようであった。

 お互いに話す事がないまま旅館の外へ出て歩く事十分。気がついたら俺達は、何処かの展望台にいた。


「ここ。ここがアタシのお気に入りの場所なんだ」


 嬉しそうに語る雪子だが、この展望台には殆ど灯がなく、況してや山の中である。雪が重なった手前の樹木以外、当然景色なんて拝める訳がなかった。


「違うよ冬夜。上だよ。上を見てみなよ」


 言われるがまま上を見ると、飛び込んで来たのは満点の星空。しかも冬の空気が澄んだ時期だからか、見える星も若干激しく煌めいている。

 確かにこれは絶景だ。だけど──


「いなかで何回も見たから、あんまり感動はしないかな」


「……そっか」


 残念そうに笑う雪子だが、若干予想していたような素振りも見せた。


「やっぱり冬夜ならそう言うと思った」


「……どう言う意味だよ」


「そのままの意味だよ。あっ、でも勘違いしないでね。怒らせるつもりで言ったわけじゃないの。それに……今だったら冬夜の気持ちがわかるから」


「なんだよ、それ。それじゃまるで──」


 まるで俺が子供みたいじゃないか。

 そう言おうとした時だった。


「アタシね、結婚するんだ」


「……はぁ?」


 あまりにも突然の告白だった。いや、チェックインの時に薄々気づいてはいたが、受け止められる程の器がなかったのかもしれない。


「結婚って、どういう事だよ。相手は誰なんだ」


「ここの板前さん。優しくていい人なの。それでね、ゆくゆくはおじさん達の後を継ごうかなって」


「親父達の民宿をか? そんな事出来るわけ──」


「私達が一人前になったら民宿を譲るって言ってくれたわ。しっかりとした誓約書もあるの」


 そう言って、雪子は暗闇の方へ目を向ける。


「さっき言ったでしょ? 冬夜の気持ちが分かるって。アタシね、冬夜と別れてから考えたの。なんであそこから出て行ったのか」


 雪子が俺の方を見る。何か悟ったような、俺を憐れむような表情で。


「冬夜は、自分を見て欲しかったんだよね。民宿の跡継ぎって言う枠を取り払った、ただの柊冬夜を、みんなに知って欲しかったんだよね」


「そんな事は──」


「ううん、絶対そう。だって……出て行く時の冬夜の目が、今思うと泣きそうになってた気がするもん」


 にこりと受け止めるように雪子がわらう。


「アタシもね、冬夜が出て行った後にそれを感じたんだ。勝手に期待を背負わされてる感じがさ。確かにそれは重いし苦しかった。でもね、アタシは逃げたくないの。あの閉じ込められた期待を受け止められるようになりたいの」


 だから後を継ぐんだ。

 そう言って、へへへと笑った。


 いつの間にかちろちろと小雪が降ってきており、俺たちの肩を容赦なく冷やしていた。

 クシュンと雪子がくしゃみをする。


「……いつの間にか降ってきちゃったね……そろそろ戻ろう?」


「いや……先に行っててくれ。道は大体分かるから」


「そう……じゃあ、また明日ね」


 それだけを言い残し、雪子は去って行った。

 後に残った俺は、改めて空を見上げる。


 さっきまであれだけ美しく空に輝いていた星が、今や黒い雲に覆われて見る影もない。

 燻り続けるように降りしきる雪はまるで、今の俺そのもののよう。


「……結局、俺が言いかけた事は正しかったわけか……」


 何処まで行っても俺は、駄々をこね続けるだけのただの子供だった。

 その事実が重くのしかかる。


 雪は尚も、項垂れる俺の肩にうず高く積まれていった。


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