0.序章。
倒れた母親のそばでただ死を待つ少年の前に現れた少女。二人の運命が交差し、国を巻き込んでいく。
山間の道の脇で、旅装の女が横たわっていた。かなり具合が悪いことが見ただけで分かるような状態だった。その傍らには十歳ぐらいの少年が蹲っている。恐らくこの二人は親子だと思われた。二人の前を幾人もの人々が通り過ぎていく。
しかし、誰一人として足を止め、彼女達に手を差し伸べる者はいなかった。西から来た一台の立派な馬車もやはり彼女達の前を通り過ぎて行く。
だが、しばらく進んだ先で馬車が突然止まった。
「どうしたの? おなか、いたいの?」
近づいて来た小さな足音と共に頭上から聞こえてきた幼い声に、少年は緩慢な動きで顔を上げた。虚ろな瞳が目の前に立つ幼い少女へ向けられる。
少女は光沢のある高級な生地で作られた白い服を身に纏う三歳ぐらいの幼子だった。少年のカサカサに乾燥しひび割れて血がこびり付いた唇が僅かに動いた。
「……た、助けて。……母様を、助けて」
今までに何度も訴え、その度に絶望に突き落とされてきた言葉。諦めていたはずだった言葉が少年の口から零れた。通常なら幼子に助けを求めるなど馬鹿げている。
だが、突然目の前に現れた白い衣装に身を包んだ金色の髪の幼子が、少年には天から舞い降りた神の使いに見えたのだ。
「フレイア様!」
少女を追いかけて、血相を変えた二十代の青年が駆け寄って来る。
「キース! キース! はやく、きてっ!」
フレイアと呼ばれた少女は振り向き、パタパタと手を振り青年を呼んだ。
「! これは……」
少年と母親の姿を目にしたキースは言葉を途切れさせ、目を見張る。その姿を見てフレイアは不安そうにキース濃紺色の服の裾を引っ張った。キースは膝を付き、フレイアに視線を合わせる。
「出来る限りの事をいたしましょう」
フレイアは真剣な顔でこくりと頷いた。
目の前で起きていることが信じられないのか、少年は薄汚れ痩せて窪んだ目でただ呆然と二人を見上げている。そんな少年の両肩にキースは優しく手を置いた。
「母君を一人で守って来たのだね。よく頑張った。待っていなさい。すぐに戻って来るから」
キースはすぐに立ち上がるとフレイアを抱き上げ馬車へと駆けて行く。すぐさま御者へ指示を出し、少年の所まで馬車で戻て来た。
そして、すでに意識のない母親を抱き上げ馬車へ乗せると、ふらりと立ち上がった少年に手を差し伸べ、馬車に乗るのを手伝う。
すでに太陽は西に傾き、辺りを黄金色に染め始めていた。旅の親子を乗せた馬車は、その日最後の光を放つ太陽を追うように西へ向かって勢いよく走り出したのだった。
新しい物語の始まりです。一緒に楽しんでいただけると嬉しいです。
これからどうぞ宜しくお願いします!