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落第錬金術師の工房経営~とりあえず、邪魔するものは爆破します~  作者: みなかみしょう
第一章『おちこぼれて新天地』

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5.取引先をみつけよう(1)

 『錬金術の塔』から送られていた荷物は多い上にまだ未整理だ。

 私は山のような荷物から肩掛けの鞄を見つけると、その中にさっき作ったポーションを入れた。


 この鞄は錬金具や素材を持ち運ぶため、頑丈な作りで中には緩衝材が仕込まれている特別製のものだ。大きさや用途に分けて複数のサイズがあるけど、ちょうどいいのがすぐに見つかって良かった。


 工房を出た私は石畳の道を軽い足取りで進む。行き先はすでに決まっている、昨日来る前に錬金具の店を見かけた。

 私の工房は周囲に家のない、いかにも町外れみたいなところに位置している。錬金術師の工房にありがちな立地である。それでも五分もあれば人通りのある場所に行けるし、そこでは規模は小さいながらもいくつもお店があった。


 野菜や果物が積み上げられた露店、食欲のそそる匂いの漂う食堂、装飾品を並べる行商人、そういった人やものの間をすり抜け、私は目的の建物の前に到着した。

 緑の屋根に黄色い煉瓦を一部露出させた白い壁。一見するとお菓子屋さんのような、かわいい佇まいの小さな店舗。


 しかし、ここは食べ物屋さんじゃない。軒先にぶらさがる金属製の看板には釜から出てくる薬品が造形されている。これは錬金具を扱う店である証だ。

 ここが私の工房から一番近い錬金具のお店だ。経営者次第だけれど、長い付き合いになるはず。


 ……どうか、良い人と巡り会えますように。


 心の中でそう祈りつつ、木製で各所に装飾の施された扉を開いて中に入った。



 店内は明るく、思ったよりも広かった。棚にはポーションをはじめとした錬金具。高価なものは鍵付きのガラスケースに納められている。

 お店によっては所狭しと素材が詰め込まれた棚があったりするが、ここは見晴らしをよくする方針らしい。素材のコーナーも棚は低く、量は少ない。

 店内に私以外の客はいないようだった。


「あら、いらっしゃいませー」


 店の奥にあるカウンターの方から声が聞こえた。店員さんがこちらを見ている。

 補強の入った実用重視のエプロンとスカート姿。少し癖のある灰色の髪に藍色の瞳をした長身の女性だった。年齢は私より少し上だろう。接しやすそうと感じるのは、向こうが仕事に慣れている雰囲気があるからだろうか。


「あら、もしかしなくても錬金術師さん? なにかご入り用かしら?」


 服装でわかったのだろう。私が近づくと、その女性はじっと見た後そう聞いてきた。


「はい。昨日、すぐそこの工房に引っ越してきました。イルマ・ティンカーレと申します」


「ああ! この前綺麗にしていたものね! どんな錬金術師さんが来るか楽しみにしていたの! それがこんな可愛らしいお嬢さんだなんて、私はとてもラッキーだわ!」


 軽く挨拶したら、なんだかとても嬉しそうな反応を返された。


「フェニアよ。このお店の店長……代理みたいなものかな。仲良くしてくれると嬉しい」


 そう言って、右手を差し出された。どうやら歓迎されているらしい。良かった。私も右手を出して握手する。


「こちらこそ。話しやすそうな方で良かったです」


「……イルマさん。茶色の髪と同じ色の瞳が素敵ね。髪型も似合ってる、ちょっと小柄なのも含めて可愛いわ。何歳?」


「え。十七歳……です」


 いきなり早口で色々と聞かれてちょっと驚く。

 私は明るい茶色の髪を耳のあたりで切りそろえている。父さん譲りの濃い茶色の瞳はいいけど、母さん譲りの小柄な体もあってちょっと子供っぽく見られがちだ。なので、友達から可愛いと言われることは珍しくないのだけれど、初対面でこれは初めてだ。


「………ランクA、いえ、潜在的にはランクS。とんでもない逸材が現れたわね」


 小声でフェニアさんが何か言っているのが聞こえてきた。

 

 これはあれだ、あれな人だ。『錬金術の塔』に入る前の学院時代にこういうのに会ったことがある。

 その人は、水晶板に人の姿を写しこむ錬金具を改造し、自分で好き勝手に女の子の首から下の服を変更できるようにして売っていた。『錬金術学院美少女コレクション』とかいう名前を付けて。


 私の通っていた女子校舎内だけで秘密裏に流通していたそれは、犯人を突き止めるのにとても苦労した。会った時とか向こうのテンションが凄くて後悔したりもした。


「……結局、人気あったから、私の分は売り上げの六割を貰うってことで手打ちにしたのよね」


 当時の私は貧乏学生。お金が欲しかったのだ。まあ、他の子からは許可を取るように言ったけど。驚いたことに許可が結構出てたけど。


「イルマさん、どうかしたの?」


「いえ、昔を思い出しまして」


 気がつけば、怪訝な顔でフェニアさんが私を見ていた。誰のせいだ。


「癒しのポーションを作ったんで引き取って貰えますか?」


「引っ越し早々お仕事とは感心ね」


「生活しないといけませんから」


 鞄からさっき作ったポーションを取り出して、カウンターに並べる。


「ほー。これ、瓶も一緒に錬金術で作ってるよね? すごいね、最近は中身を作ってから、瓶だけ立派なのに入れる人も多いのに」


「そっちの方が良かったですか?」


 いきなり知らない常識を効かされて不安になったが、フェニアさんは首を横に振った。


「ううん。瓶も錬金術で製造してくれた方が、薬としての効果は高いでしょ。こうしてくれる方がうちはありがたいな」


「じゃあ、需要あるんですね」


「もちろん。ルトゥールには錬金術の素材採取のため、冒険者が結構いるからね」


 冒険者というのは、錬金術の素材を採取したり、魔獣を退治するのを生業とする人々だ。国によって運営する組合に登録して、用意された依頼をこなして日々の収入を得ている。大抵の錬金都市につきものの商売でもある。


「どれどれー。ちょっと精度もみますねー」


 フェニアさんは仰々しい金縁の眼鏡を取り出してかけた。

 鑑定の錬金具である。あれをかけると、対象として見た錬金具の出来映えが色で判明する。ただ、その色合いが微妙なので、どう判断するかが店員の腕の見せ所だ。


「……綺麗な青色。普通の癒しのポーションだと珍しいわ。イルマさん、腕がいいのね」


「それほどでもないですよ」


「つかぬことを聞くけれど、等級は?」


 う、やはり聞かれたか。答えにくいけど、言わなければ。この人に悪気はない。


「い、一級錬金術師です」


「…………」


 私の解答に、フェニアさんは何度か瞬きして沈黙した。

 それから、優しい笑みを浮かべて、右手を出して握手を催促する。


「フェニアと呼んでくれていいわ。気軽に話しかけてちょうだい。若くて優秀な錬金術師さん。今後とも是非当店をご贔屓に」


「……よろしくお願いします」


 どうやら、取引先を確保できたようだ。ちょっと不安なところもあるけれど。

 あと、なんか恐いから呼び捨てにするのはやめておこう。 

ポーションも錬金具の一種なんですが、広く普及しているため別ジャンルみたく扱われることもあります。

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