37.生命のポーション
工房に戻った私達は作業部屋の机の上にレシピを置き、材料の確認をした。
基本は生命の林檎、高品質な薬草、それと火と水の錬金水を使うというシンプルな構成だ。問題は火と水の錬金水である。相性の悪い組み合わせだ。しかも、錬金術の最中に属性の数値を変更する構成になっている。
これは、通常なら特級錬金術師が二人がかりでやらなければ完成しないレシピだ。
複数属性を扱える私なら理屈の上なら一人で可能だけれど、二属性を調整しながら作業するのは難しい。
リベッタさんはどういう経緯で、このレシピを手に入れたんだろうか。そして作れたんだろうか?
「イルマ、大丈夫そう?」
レシピを前に色々と考えていると、心配げなトラヤが聞いて来た。
悩んでいる暇はない。一人で二属性操作、やってみせる。
「やったことのない所があるけど、やるしかない」
覚悟を決めてそう言うと、トラヤが明るく笑った。
「イルマならそう言うと思った。そうだ、これあげるね」
そう言ってトラヤが服の中から取り出したのはネックレスだった。細い鎖の先に透明な宝石がついている。なんだろうと思って観察すると、中で何か光っているのが見えた。
「これって、トラヤが作ったの?」
「うん。魔法を習い始めた子供が魔力を使いやすくするためのものでね。ほんのちょっとだけど、魔力の操作を手伝ってくれるの」
「魔法使い用ってこと?」
錬金術師の私が身につけて効果を発揮してくれるだろうか。
「錬金室にいるときのイルマは魔法使いとほぼ同じだからちゃんと効果がある……と思う。それに魔法使いにとってはお守りみたいなものだから」
お守りか。そういう意味では効果抜群だ。有り難い。
「ありがとう、トラヤ。凄く頼りになるよ」
「へへっ。錬金術の手伝いはできないけど、このくらいはね。お風呂とご飯の用意しておくよ。あと、軽く何か食べておく?」
「飲み物だけで。それと疲労回復のポーションを飲もう」
言いながら机の上に置いた小さな鞄から缶ポーションを二つ取り出した。
こういう時に出し惜しみはしたくない。
「ごめんね、なんか家事とかやらせちゃって」
「いいよ。イルマといると楽しいから」
缶ポーションで乾杯してから、私は錬金室に入った。
錬金室に入った私は素材を配置した。数は少ないのですぐ終わる。
最後に部屋の中央にレシピを設置。こちらは書き写したものだ。何度も見直したので手順はもう頭に入っている。
あとは実行するだけが。
「よし、やってみる。錬金、開始!」
杖を振る。光が満ちる。レシピが消えて、星空のような景色が周囲に広がる。
杖を回すうちに、素材が室内で合成されて少しずつ狙った形になっていく。
今回は普通の瓶に入ったポーションができる予定だ。
そこは慣れているから難しくない。
問題は属性を二つ同時に操る箇所だ。
「くっ……」
杖の動きに合わせてレシピが進み、錬金術が進む。
周囲を舞う光の動きがいつもより複雑だ。
赤と青の光が生まれたので、それぞれに杖を向けて制御。室内を流星群のような二色の光が高速で回転を始めた。
この動きが少しでも乱れたら、この錬金術は失敗する。
二つの属性に気を配りながら、錬金術を使うのは思った以上に集中力を使う。
こういう時、周りの景色に気を取られたら終わりだ。
落ち着いて、ゆっくりと杖を頭上で回していく。
ふと、胸の辺りが暖かいことに気づいた。
一瞬だけ視線をずらせば、トラヤに貰ったネックレスの宝石が淡く輝いているのが見えた。
「……っ!」
その光を見た瞬間、なんだか突然元気になった。
私はこれまでにないほど豪快かつ、大胆に錬金杖を振り回す。
大丈夫、失敗する気がしない。
属性を使った錬金術なら、この町に来てずっとやってきた。それを一度に二回やるだけなんだから。
いつしか、無数にあった光が頭上で一つになっていた。
私は静かな気持ちで光を見上げ、杖を振り下ろす。
光は錬金室の中心で、求められた姿として結晶する。
小さな瓶に入った、透明な液体。一見ただの水にしか見えないポーション。
これが『生命のポーション』だ。
「……できた」
完成したポーションを持って、私は錬金室の外に出た。




