35.繁盛するお店
フェニアさんのお店は混んでいた。日用品としての錬金具を使う近所のお客さんに加えて、ルトゥール全体に増えた冒険者の影響だ。彼女のお店もいつ行ってもそれなりにお客さんがいるようになった。
「こんにちはー。納品に来ましたー」
いつも通り店内に入ると、数名の女性が私の方を見た。全員、一目で冒険者とわかる出で立ちをしている。もう午後だから、明日以降の冒険に備えての買い出しだろう。
フェニアさんの店は手荒れ防止だとか、肌の乾燥防止といった化粧系の錬金具が多い。量は少ないけど、品揃えはルトゥール一だろう。そのおかげで女性冒険者に人気なのだ。
「いらっしゃい、イルマ。いつもありがとね……」
「フェニアさん、疲れてますね。大丈夫ですか?」
いつものようにカウンターの向こうに座るフェニアさんは、一目でわかるほどお疲れだった。目元に薄く隈が出てきている。
「お客様が増えて忙しくてね。組合の方からも色々言われてるし」
「実質一人でお店を回すのは無理そうですね……」
店舗内を見回すと、床や棚は掃除が行き届いているが、商品の空きが多い。何とか掃除はできているが、補充が間に合っていないようだ。
私がこの町に来た時ならともかく、繁盛するようになると一人で切り盛りするのは無理があるんだろう。
「とりあえずこれ、今日の納品分です。鑑定お願いしますね」
「わかったわ。いつもありがとね」
鑑定用の錬金具を用意しながら、力なく笑うフェニアさん。これは良くないな。
私は腰に下げた小さな鞄から体力回復のポーションを取り出す。ちょっと高くて効き目の良いやつだ。
「これ、飲んでください。倒れちゃいますよ。それと、私も手伝います。この前納品した分も棚に並んでないみたいだし」
「それは悪いわよ。イルマは大事な取引相手なんだし……」
「大事な取引相手なのはこちらも同じです。私の商品が並んでないのも問題ですからね。ポーションはちゃんと飲んでください」
「でもほら、手伝って貰うとトラヤちゃんが。工房で待ってるでしょ?」
一体どういう認識なのか。まさか、私の生活全部をトラヤが面倒見ていると思われてないだろうか。
「今日はトラヤはもう帰って来ません。仕事の後下宿に帰ります」
「あ、そっか。なんかもう一緒に暮らしてるくらいの感覚だったわ」
「やっぱりそういう認識でしたか……」
言いながら私はカウンターの奥に自分の荷物を置く。すると、フェニアさんが棚から使っていないエプロンを手渡してきた。
「ありがたく手伝って貰うわ。報酬は夕飯でどうかしら?」
「それなら喜んでやりますよ」
ポーションを飲んで少し顔色の良くなったフェニアさんに、私は笑顔で答えた。
フェニアさんの家のご飯は美味しいのだ。
○○○
結局、フェニアさんの手伝いは夜まで続いた。お客さんが絶え間なくやってきたので仕方ない。
そしてすっかり日が暮れて夜。私は翌日の準備まで手伝って、フェニアさんの家の夕食にご相伴となった。
そこで驚いた。
「手伝ってくれてありがとう、イルマちゃん。大した物はないけど食べていってね」
「っ! おば様、大丈夫なんですか! 寝てないと!」
食卓に並んでいたのはこれまでと変わらない美味しそうな料理。それと非常に顔色の悪いフェニアさんのお母さんだった。
いつも会うときはちょっと顔色が悪い程度の人だけど、今は酷い。真っ青を通り越して白い。どう見ても立って家事をしていて良い状況じゃない。
「フェニアさん……」
「私は寝てろって言ってるんだけどね、聞かないのよ。ほら、誰が見ても調子悪いんだから横になっていてよ。家の方も私がやるから」
「それじゃあ貴方が倒れてしまうわ。このくらいはできるのよ」
「倒れちゃうのは母さんよ」
「じゃあ、食事を終えたら横になるわね」
娘の言葉に頷くと、おば様は自分の席に着いた。その様子にフェニアさんがため息を吐く。
「いいわ。食事にしましょう」
微妙な空気のまま、食事が始まった。
「どうかしら、イルマちゃん。見ての通りだけど、料理はちゃんとできてるでしょ?」
「いつも通り美味しいですけど。本当に平気なんですか?」
「ええ、それに寝て治るようなものでもないしね」
「そうなんですか?」
おば様の体調がただの病気じゃないことは聞いている。しかし、あまり踏み込んだ事情を聞くのはどうかと思って、それ以上のことは尋ねたことはない。
「……昔、父さんと母さんが冒険者だった頃の事件が原因らしいわ。魔境にあった魔法陣に触れたら魔石がでてきて、それから何年かするうちに段々体調が悪くなったらしいの」
魔石というのは魔法使いが作る魔力の塊だ。錬金術でも似たようなものとして錬金晶で再現できるけど、内包する魔力量ではまだ遠く及ばない代物である。
「今思えば、あれは私とあの人の生命力を魔石に変換するものだったんでしょうね。当時はそれに気づかず、魔石を売ってしまったの」
「そんなことが……」
ないとは言い切れない。魔境を作った魔法使いの中には、生命力を魔石に変換する研究をしていた者くらいいても不思議じゃない。魔法使いが好き勝手にしていた古い時代の魔境ほど、そういった危険なものは多い。
「あの、間違いないんですか?」
「恐らく、と思っているわ。原因になった魔境は今はどこかに消えてしまっていて確認できないそうなの。魔石を売って、そのお金でこのお店を始めて、フェニアが生まれてからね、私達の体調が悪くなったのは」
話からして冒険者を引退できるくらい高価な魔石ができたと言うことだろう。その代償がわかったのは数年後。どうしようもない。
「その時の魔石がどこにあるかは、わからないんですね」
「ええ、何かしらの実験に使われてしまったんじゃないかって話よ」
原因に思い至ったならばすぐに調べたはずだ。しかし、フェニアさんのお父さんは早くに亡くなり、おば様も近い状況にある。
「……イルマ、これは我が家の問題だから、変に気を使わなくていいのよ。どうにかするのが難しいのなんて、わかってるから」
静かに食事を食べていたフェニアさんに釘を刺された。普段からは考えられない、強くて暗い口調だ。
「わかりました」
私はそう答えてから、おば様特製のスープを口に含んだ。
頭の中で、どうにか治療する方法はないか考えを巡らせながら。




