家に帰るまでが冒険です【パイロットフィルム版】「異世界からの帰宅」
あれ?なんで私、こんなところにいるの?
グラスの中身をドレスにかけられた瞬間に、日本での記憶が戻った。
いつも通り学校から帰って、普通に家で就寝して……いつの間にか神殿の様なところにいた辺りから、記憶が曖昧だ。
大事に扱われていた気はするが、ずっと意識が朦朧としていて、半分、夢を見ているような感じだった。
霞がかかったようだった視界が晴れて、焦点が合う。
目の前では、きつめの顔つきの美人が、甲高い声で何かを叫んでいた。
どうやら彼女が私にグラスの中身をかけたらしい。
急に横合いから腰を抱き寄せられて、あわてて隣を見上げると、イケメンが怖い顔をして、目の前の美人をにらんでいた。たしかこの人は、神殿っぽいところにいたときも、良く会いに来て、なにかとニコニコ話しかけてきていたように思う。
いや、なに言っているかわからないけれども、そんなに怖い顔で女の子怒鳴り付けちゃダメでしょう!?
彼女、泣きそうになってるよ。
あせる気持ちに、胸がドキドキして、残っていた目眩が吹っ飛んだ。
視界が安定して、意味のわからない音だった言葉が、急にはっきりとわかった。
「陛下に、君との婚約を解消していただく!」
いや、殿下、なにいってるの!?
そういうの、こんな人がいっぱいいるパーティー会場で大声で言っちゃいけないヤツ!
っていうか、婚約者の前でなに私の腰に手回してるの?
「可哀想に。大丈夫だよ、聖女殿。あなたのことは私が守る。だからこんな女の言うことは気にせず、いつまでも私のそばにいてくれ。共にこの王国の栄えある未来を築こう」
「お断りします」
秒で断った。
可哀想なのは、あなたのモラルだ!王子さま。婚約解消する前にプロポーズしてんじゃない!というかそもそも私の気持ちは決まっている。
「私は家に帰ります」
私がはっきり答えると、王子も周囲の人達もぎょっとした顔でこちらを見た。どうやら私が意味のある答えを返せるとは思っていなかったらしい。失礼な。
「こ、言葉が話せるのか?まさか」
「あら、やればちゃんと意思表示できるんじゃないの、木偶人形ちゃん」
目の前の美人は、真っ赤な唇の端をニンマリと吊り上げた。ああ、そういう笑いかたはしない方がいいけど、めちゃくちゃ似合ってて綺麗だわ。
「帰りたいなら、さっさと帰りなさい」
「そういうわけにはいかない。彼女は召喚された聖女だ!聖女としての務めを果たしてもらわねばならないし、そもそも召喚陣に帰還の術はない」
あ、そういう境遇だったのか、私。
それで意識が半分ないいいなりのお人形状態って、不味いよね。
よかった、気がついて。
そして今ならわかる。
「私は家に帰ります。きっともうすぐ迎えに来てくれるから」
そう。私には、必ず私を家に帰してくれる頼もしい人がいる。
「迎えにって……いったい誰が?」
うろたえて後ずさった王子様は無視して、私は耳を澄ました。
この感じ。絶対に彼が私を呼んでいる。
「……ぃ…ぉぉ!」
来た!
「殿下!お逃げください。所属不明の黒い軍服の男が王城に乱入し、こちらに向かって……」
外からの警備の人っぽい声が途切れたと思ったら、大きな音がして広間の扉が派手に吹き飛んだ!
「のりこ~っ!!!」
「川畑くん!」
警備の人、あれは軍服じゃないよ。学生服だよ!
きらびやかな貴族のパーティーが、書き割りめいて色褪せ、彼の周囲の世界だけが急に現実味を帯びる。
「無事か?待たせたな。帰るぞ」
「はいっ」
私は、呆然としているギャラリーをおいてけぼりにして、川畑くんの元に駆け寄った。
「ごめんなさい。またこんなところまで迎えに来てもらっちゃって」
「気にするな。どこにいたって必ず見つけるから」
「ありがとう」
もちろん信じてる!あなたは何時だって何処だって必ず来てくれる!
「さぁ、帰ろう。家まで送るよ」
「はい……あ!私、こんな格好だわ」
こんなドレスで戻ったら、家族になんて説明していいかわからない。
「大丈夫。先に神殿に寄って、君の着てたものは取り返してきた」
彼は手にしたバックを見せた。
……彼の通学用のバックに、自分のパジャマが入っているかと思うとちょっと恥ずかしい。
「なんだか、だんだん段取りが良くなってきてない?」
「前回は苦労したからな。今回はもう、召喚陣も潰してきたから大丈夫。二度とこの世界に呼び出されることはない」
口をパクパクさせるばかりだった王子がこのあたりで我に返った。
「神殿の召喚陣を潰しただと!?何者だ!聖女殿から離れろ!ええい、衛兵は何をしている。早くこいつを捕らえろ!」
「殿下!竜です。災いの竜が神殿の地下から現れて……うわぁ!」
私は川畑くんの顔を見た。
川畑くんは、気まずそうに目を逸らせた。
「……不可抗力だ」
またなにかやらかしてる!
「殿下、今こそ民にそのお力をお示しください。殿下こそが当代の勇者です」
災いの竜の出現と聞いて、パーティーの参加者達がパニックを起こして逃げ惑う中で、王子の婚約者はキリリと眉を上げて、王子にそう言った。ああ、なるほど。彼女は王子のことを信じてるのね。
ここは王子の見せ所ではないかしら?
「せ、聖女殿。貴女の聖なる力を……」
さっきその口で私が守るとかなんとかいってなかったか?おい!
川畑くんもあきれた様子で王子をみている。
「よそから誘拐した女の子を生け贄にして万事OKっていう政策は迷惑だからやめてくれ」
……。相変わらず、容赦ないなぁ。うん、よその世界に迷惑という意味では人のこと言えないところがあるんだけどな、私達も。
「しかし、聖女の力なしでは竜は押さえられない。このままでは王都……いや、この世界が……」
「知ったことか。彼女には関係ないし、彼女には責任もない。のりこは家に帰す」
「そんな……」
川畑くんは、普段地味だけど、顔の彫りが深めで厳ついから、怖い顔をすると、体格が良い分威圧感がある。王子の顔が絶望に歪んだ。
「殿下、私達のことは私達が果たすべきです」
婚約者さんは王子に寄り添うと、そばに来た騎士から剣を受け取って、王子に渡した。
「その方達は帰らせて差し上げなさい。」
私と川畑くんを取り囲んでいた騎士達に彼女は命じた。
「殿下、騎士の皆様には、近衛を除いて、避難する方々の誘導と警護をお願いしたいですわ。近衛は外の様子を確認しつつ、殿下出陣の用意を……でよろしいですね?」
騎士達がどうしたものか躊躇し、王子がなにか言い返そうとした時、外から聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。
「ぅわははははははは!時空海賊キャ~プテン・セメダイン!ここに参上!!」
「うわちゃー」
川畑くんが、片手で顔をおおってがくりとうつむいた。
「川畑さ~ん。ごめんなさ~い。この世界に転移したときに、キャプテンがついてきちゃったみたいです~」
よく川畑くんの側にいる背後霊の人……体が半分透けた男の人が、情けない声で叫びながら入ってきた。空中を滑るように飛んできて、自分達の身体をすり抜けて行った男の姿に、騎士達が悲鳴をあげた。
うん。わかる。あれは心臓に悪いよね。
「キャプテンが、なんか表にいた大トカゲと戦ってますけど大丈夫です?お城の中庭めちゃくちゃになってました」
ああ、ややこしい時にややこしい人がややこしいことを!
「くぉら~!隠れてないで出てこんか!まだ、決着はついておらんぞ!こんなトカゲをけしかけて、ワシから逃げようなどとするとは、臆したか坊主」
キャプテンの声が響いて、どこか遠くでなにかが壊れた音が聞こえた。
「川畑くん……」
一歩近づいて見上げると、川畑くんはノロノロと手をずらして、指の隙間からこちらを見てくれた。
「あー。わかった。俺が何とかする」
彼はいかにも嫌そうに渋々そう言った。
世界観の違うイレギュラーな介入が多過ぎて、フリーズしてしまっている王子達を見て、川畑くんは改めてため息をついた。
「まず、のりこを家まで送る。それから俺はこっちに戻ってきて、竜とおっさんの相手をする。それでいいな」
「無理はしないでね」
「大丈夫。さぁ、靴脱いで」
「はい」
軽い浮遊感の後で、私は自分の部屋のベッドに座っていた。
時刻は12時ぴったり。彼と部屋にいていい時間じゃないけど、お城の舞踏会から帰る時間にはふさわしいかも。
川畑くんは、私がパジャマに着替えるまで、待っていてくれた。
「じゃぁ、このドレスやらなんやらは、叩き返してくるから。のりこはゆっくり休めよ」
「ありがとう。川畑くんも、ちゃんとお家に帰って休んでね」
「あー……まずドラゴン退治してからな」
川畑くんは、いつものように苦笑した。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
こうして、私の今回の冒険の時間は終わった。
あの世界や王子様達がどうなったのかはわからないけれども、彼のことだから、きっとなんとかしてくれると思う。……そういえばキャプテンが来てたから、多分かなりぐちゃぐちゃの大騒動になるけど、大丈夫……大丈夫?だよね?また世界壊したりしないよね?
今度逢ったら聞いてみよう、と思いながら、私は布団に潜り込んだ。
川畑くんが、無事にお家に帰れますように。