第9話『仕事をしよう』
眠い。
昨日の夜は、図書館で借りた本をひたすら読んでいた。読めば読むほど頭に入ってきて、ページをめくる手が止まらなかった。
気がつけば眠っていて、今目覚めたというわけだ。
「よおレイジ、今日は随分と遅いな」
「読書に夢中になってた……」
「まあまだ仕事の時間じゃねぇんだから大丈夫だろ。お、これがこの前言ってたやつか」
フラジールさんは床に置いてある本を手に取り、ペラペラとめくる。
「……基本的なことしか載ってねぇな。この歴史書だって、誰でも知ってるようなことばかりだぞ」
「田舎出身なもんでね、そういうのには疎いんだ。……仕事行くか」
「おう、行こうぜ」
袋に詰まったパンを一つ手に取り、仕事場に向かう。食べながら歩くのは行儀が悪いだの、風呂に入らないと汚いだのという常識は、この場所では通用しない。
この仕事は言わば汚れ仕事、底辺の集まりなのだから。
仕事を貰うためにオーナーの元に向かう。扉を開け、家の中に入った。
人が多いため、仕事が少ないのだ。新人には慣れるまで簡単な仕事しか与えられない。
「おお、レイジくん。仕事には慣れたかな?」
「まだ二日目ですよ。でも、結構自分に合ってると思います、ここの仕事」
「それは良かった。とりあえずしばらく真面目に働いてくれれば、こっちとしてもちゃんと対応するからそのつもりでね」
「ありがとうございます」
給料アップするんだろうなぁ、オーナーに認められた従業員は仕事量が違うだろうし。
そして、一日真面目に仕事しただけでこんなこと言われるってことはそういうことなんだろう。治安悪すぎない?
「今日は空き牢屋の掃除だ。フラジール、西区の空き牢屋を頼むよ」
「わかりました、では」
落ち着いた様子で返事をするフラジールさん。毎日のことだから、慣れているのだろうか。オーナーに認められた人は、直々に指示されることが多いのかもしれない。
家を出ると、フラジールさんが西区まで案内してくれた。牢屋が沢山並んだその場所は、奴隷という存在を知らしめていた。
「にしても、お前オーナーには態度いいんだな」
「辞めさせられたら困るし」
「俺にもそうならいいんだけどなぁ。まあいいや、お前は……右側の列を掃除してくれ。俺は左側をやるから」
「了解」
桶に溜められた水にボロ布を入れ、雑巾にする。寝藁の入れ替えもするので、結構動くことになる。
まずは藁の撤去と掃除だ。全ての牢屋を掃除するまでは、藁を敷かないことにする。毎回藁を取りに行く方が時間がかかるからだ。効率優先。
数時間後、任されていた掃除はあと一部屋となった。作業に没頭すると時間がわからなくなるので、どのくらい時間がかかったのか覚えていない。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
鐘が鳴り響く。この鐘は一時間ごとに鳴り、時間を教えてくれる。作業中にも何回か鳴った気がするが、何回だったか。
「おーい、もう昼だぞ」
反対側の牢屋からフラジールさんが出てくる。今が十二時か。
「もう十二刻なのか?」
「ああ、三回鳴ったからな」
そういえば、六時間ごとに三回鳴るんだったかな。昨日聞いた気がする。そうやって時間を把握しているのかと、感心したことを覚えている。
通常時は二回、六時間ごとは三回。うし、覚えた。
ちなみに時間の概念だが、一時を一刻、二時を二刻と言うらしい。昨日は十二時と言ってしまい、フラジールさんは不思議そうな顔をしていた。常識の違いにも慣れなければならない。
午後にも作業は残っているが、藁を敷くだけなので時間はかからないだろう。問題は、今やっている作業が中途半端に終わってしまうということだけだ。
「あと一部屋なんだ。これが終わったら昼休憩にする」
「そうか、じゃあ俺は先に休憩してるからな」
「ああ」
そう言い、作業に戻る。お昼と言われてからお腹がすいていることに気がついた。早く終わらせよう。
雑巾で壁を拭いていく。今は使われていないとはいえ、最近まで使われていた牢屋なので汚れも多い。畑のように使う牢屋を点々としているようだ。今は西区が使われていない牢屋となる。
「……髪の毛、か」
所々に落ちている金色や青色、緑色の髪の毛を見る度に心臓が縛られるような感覚になる。深く考えないようにしつつ、オレは作業を進めたのだった。