閑話一
「……あやつは一体何を考えているんだ……!」
魔法の明かりに照らされた重厚な雰囲気の一室に三人の男性達がいた。
そのうちの黄金の髪に青く力強い眼の色の男が、両手で品の良い執務机をドンっと叩き、大きな音を響かせる。
「……それはこちらの台詞ですが、我が王よ。
返答次第で私は鬼になることを厭いませぬ。」
真紅の髪に、鋭い黄金の目、眉を寄せた不機嫌そうな表情の男性が、王と呼んだ男へ地の底から響くような低い声で告げた。
「……宰相……いや、我が友、グウェンよ……。
本当に此度の我が愚息のしでかしたこと……すまぬという言葉では足りぬな……。」
憤った雰囲気を纏う宰相、グウェンダル・ロイド・シェパール公爵へ王と呼ばれた男、レオナルド・ソール・ベルフォードは申し訳なさそうに顔を歪める。
そんな怒りに身を震わせるグウェンダル、愚息への憤りと申し訳なさの入り混じった複雑な感情を抱くレオナルドに向けて、部屋の中にいる最後の一人が柔らかな声音で声をかけた。
「……グウェン、取り敢えず落ち着いた方がいいと思いますよ。
陛下も、泣くなら部屋の隅に行ってくださいね。
男の泣き顔になんて興味はありませんが、絵に残して末代まで家宝にするのは面白い……身を引き締めるための教訓に役立つかもしれませんね。
「「………………」」
「もっとも、バッファム騎士団長がすでに陛下の命で場の収集に向かっています。
幾ら脳みそすっからかんのバカ王子でも、陛下の命を受けたバッファム騎士団長に逆らうことは無いと思いますよ。」
「「………………」」
色素の薄い、薄浅葱色の髪をさらりと動かし、小首を傾げ、柔和な笑みを浮かべた男の言葉に、レオナルドとグウェンダルは絶句してしまう。
そして、顔を見合わせ、諦めたようにレオナルドとグウェンダルはため息をついた。
「アスラン……一応なりともそなたの前にいるのは、この国の王と宰相なんだが……。
しかも、一応なりともアレはまだ王子の立場にいるはずなのに……普通に能無しのバカ王子呼ばわり……。」
「……それが、我が愛娘の危機に動揺する幼馴染に対する言葉か……?」
アスランと呼ばれた騎士の装束を纏った、年齢よりもはるかに若く見える童顔の男、アスラン・フォードはニッコリと笑顔を崩すことなく、苦虫を噛んだような顔の二人に答える。
「公式の場ではちゃんとどうしようもないバカ王子でも王族の一人として敬いますよ?
ですが、本当のことを国王の許しを得た無礼講の場で言う分には構いませんよね。
それに、確かに私の目の前にはベルフォード王国の国王陛下がいますけれど、貴方は私的な場では敬って欲しく無い、無礼講だと常々言ってましたよね。
それは、宰相であるグウェンも同じ気持ちでしょう?
少なくとも私は貴方達と腹を探り合うような日常会話は御免です。
……なんでしたら、貴方の幼い頃の笑える話……ではなく、微笑ましい話でも致しましょうか?」
「なんか、すいませんっ!
だからっ昔の思い出したくも無い黒歴史を掘り出すのは勘弁して下さいっっ!!」
例えばそう……初恋のアレコレ、とか……と、微笑むアスランへ勢い良くレオナルドは焦った表情で謝罪の言葉を叫ぶ。
「グウェンも、目に入れても痛くないと日々思っている愛娘のルクレツィア嬢が心配なのは分かりますが、今はバッファム騎士団長に任せるしかありません。
貴方が卒業式の会場に乱入すれば、さらに場は混乱し、第一側室一派と宰相一派の対立が表面化するでしょうね。」
「……重々承知している。
今はまだ……側室はともかく、あの狸と矛を交える時では無い。」
微笑むアスランの言葉にグウェンダルは元々不機嫌そうな表情をさらに歪める。
「ですが、ふふふ……。
かの狸侯爵も、孫であるバカ王子のこの一件は予想していなかったでしょうね。
今頃はきっと王位を狙える位置にいたはずの唯一の血筋の王子の失態に地団駄を踏んでいるかもしれません。
それに……私達にとっては良い知らせも有りました。」
アスランの言う狸侯爵の地団駄を踏む姿だけでなく、良い知らせと例えられた第一王女の姿も彼らの脳裏に思い浮かぶ。
「セレスティナか……。
賢く、優しい娘ではあるが、幼い頃より身体が弱いために第一王位継承権を持ちながら、弟に遠慮している部分も多かった、我が娘。」
レオナルドは息子の失態に怒りを覚えると同時に、最愛の王妃との間に生まれた唯一の娘の変化に喜びを覚える。
病弱ゆえに多くのことを諦めるように微笑んでいた娘が、王国の未来のことを考えて立ち上がったのだ。
「姫君の火急の知らせが届かなければ、あのバカ王子が我が娘に対して何をしたかっ……!」
卒業式という多くの貴族達の前で恥を晒させるように始まり、異性に押さえつけられていたと言う娘のことを思い、グウェンダルは手が白くなるほどに握り締める。
だが、セレスティナの一報のお陰でいち早く婚約破棄の騒動を知ることができ、早急にレオナルド達は対応することができた。
「そこまでは流石にしないと息子を信じたいが……余に相談することも、判断を仰ぐこともなく、一方的に公爵令嬢に対して婚約破棄を貴族達の集まった舞踏会の会場で行うような輩の思考など理解できぬ。」
深いため息をつきながら吐き出されたレオナルドの言葉には、苦々しい気持ちが込められていた。
「少なくとも普通の思考回路ではないことは確かでしょう。
ルクレツィア嬢との婚約の意味も理解出来ていないからこそ、このような事態を招いたのでしょうし。
ですが、陛下、グウェン。
私はルクレツィア嬢と結婚し、正式に王太子となる前に王子のバカさ加減が分かって良かったと思いますよ。
今なら側近候補だった者達もまとめて処分できますしね。」
そんな二人を慰めるようにサラリと告げられたアスランの言葉の内容は、優しげな微笑には不釣り合いな内容だった。
「……バッファム騎士団長の詳しい報告次第ですな。
その内容次第では、出来るだけ速やかに事実確認の上で関係者を招集すべきでしょう。
あの狸侯爵も手をこまねいているとは思えません。」
「確かにグウェンの言う通り、ことは迅速に運ばねばならぬ。
二人ともしばらくは普段以上に苦労をかけるが、良い方向で収束できるように全力を尽くしてもらいたい。」
よろしく頼む、と言うレオナルドへとグウェンダルとアスランは“是”と答え、恭しく跪くのだった。




