第六話
「……お……おねえさま……!」
セレスティナの白魚のような両手で包まれたルクレツィアの頬が薔薇色に染まっていく。
涙に濡れていたはずの黄金の瞳は、別の意味で熱を帯び潤み始める。
「(……あら……?
この反応はどこかで……覚えがあるような……?)」
年下の美少女の薔薇色に染まる頬や潤んだ瞳に見覚えを感じるセレスティナ。
「(……まさか……!)」
ルクレツィアの覚えがあり過ぎる反応に、過去の記憶の中に答えを見つけたセレスティナの額に一筋の汗が流れる。
「(……女子校時代の悪夢再び……!)」
美しい微笑を根性で維持したまま、セレスティナは生まれ変わる前の記憶に想いを馳せる。
中学、高校、大学……。
なぜか全て女子校に通うことになった前世のセレスティナ。
当時の彼女は何故かモテモテだった……。
もちろん……異性にではなく、同性にである。
有名な某劇団の男役のように振舞っていた訳ではなく、普通に過ごしていただけなのに彼女は何故か慕われてしまうのだ。
……それは一重に彼女の無意識な行動が原因だった。
感情のままに動くのではなく、理路整然と真っ直ぐに強きを挫き、弱きを守り、運動神経抜群のさっぱりとした姉御肌。
年下に優しく、面倒見も良い、気っ風のいい可愛いというよりも美人。
慕えば慕うほどに大切にしてくれる彼女が、同性の特に年下にモテるのは当然だった。
「(……あの頃は大変でした……。
私の知らないところで親衛隊が結成されていましたし……。
バレンタインにはチョコの山、山、山……。)」
異性には決してモテないのに、同性にはモテまくる己の前世にセレスティナは遠い目をしてしまう。
「おねえさ、ではなくて……王女殿下!
私が間違っておりました!
ベルフォード王国の誇り高き貴族の一員として、第一王子殿下の過ちを辛くとも諌め、正すべきでしたわ!
それが婚約者であり、幼い時間を共に過ごした私の役目でした!
今からでは遅いかもしれませんが……王女殿下の厳しくも優しいお言葉で目が覚めた以上、私の出来ることをしようと思いますの。」
己の頬から力が抜けるように離れていく現実逃避中のセレスティナの両手をしっかりと握り、ルクレツィアは勢いよく話し続ける。
「まずは私の掴んでいる証拠と、第一王子殿下の学院での男爵令嬢との嬉し恥ずかしい破廉恥なこうい……こほん……失礼しました、交友関係の証言者を名前付きで父や陛下にご報告させて頂きますわ。
そして、早急にあの破廉……ではなく、王子殿下との婚約を破棄して頂こうと思います!
…………ふふ、私の心を踏みにじったのです。
あいつら絶対に許しませんわ。」
ふふふ……、と悪役令嬢らしい笑みを浮かべ、すぐにでも動き出しそうな覇気を纏ったルクレツィアにセレスティナは頬が引きつりそうになる。
……だが、極々小さな声で呟かれた後半のルクレツィアの言葉はセレスティナの耳には届かなかった。
「……なかなかに楽しい展開だと思うのは僕だけかな?」
ルクレツィアの勢いに一歩下がっていたアレクシェルは、セレスティナ達の様子を見て思わず本音が漏れて低く笑う。
「…………」
そして、部屋の隅に物音一つたてることなく控えているミオンは無言でルクレツィアに対して拍手を贈っている。
「あの……シェパール公爵令嬢……?」
セレスティナはブツブツと小声で何かを呟いているあまりに変わったルクレツィアの様子に、躊躇いがちに小さく名前を呼んでみた。
「あ、申し訳ありません。
王女殿下の前ではしたない姿をお見せしてしまって恥ずかしゅうございますわ。」
小さく呼ばれたルクレツィアは興奮した様子が嘘のように、恥ずかしそうに微笑む。
その変わり身の早さはさすが高位の貴族令嬢としか言えなかった。
「やはりまだ体調が優れないのですね。
これ以上貴女の負担にならないうちに退席させて頂きますわ。」
声をかければすぐに様子が変わったとはいえ、うつむいて小声で何かを呟いていたルクレツィア。
その様子にセレスティナは舞踏会の一件で色んな意味で疲れているのだと考え、そろそろ退席することとした。
「あ……あの王女殿下。」
しかし、お大事にしてくださいませ、と立ち上がろうとするセレスティナを引き止めるようにルクレツィアが声を上げた。
「シェパール公爵令嬢?」
引き止められたセレスティナがルクレツィアへと視線を向けると、耳まで赤くしたルクレツィアが何かを言いたそうな様子でもじもじと視線を彷徨わせている。
「あ、あの……そ、の……」
言いたいことがあるのに何時ものようにはっきりと言うことが出来ないルクレツィアの様子に、セレスティナは首を傾げてしまう。
しかし、前世の経験の中で普段は気が強いのに素直なことを言うことが苦手な子がいたことを思い出す。
「……シェパール公爵令嬢、バッファム伯爵令嬢、貴女達が良ければ友人になって頂けるかしら?
身体が弱かったこともあって、同じ年頃の子と話すことが余りありませんの。」
クスリ、と笑みを浮かべたセレスティナはルクレツィアとアレクシェルへと友人になってほしいと告げる。
「本当ですか、王女殿下!?
とても、とても、光栄でございますわ!
どうか、私を王女殿下の友人の一人に加えて頂きとうございます!」
一瞬も躊躇うことなく華やかな笑みを浮かべて頷いたルクレツィアに、セレスティナは笑みを深めた。
「……恐れながら王女殿下。
私のような者も友人の一人に加えて頂けるのですか?」
だが、躊躇うことなく頷いたルクレツィアに対して、アレクシェルは不思議そうにセレスティナへと問いかける。
ルクレツィアと違い、あまり会話らしい会話もしていない己も友と呼ぶのか、と。
「バッファム伯爵令嬢、貴女の噂は聞いております。
王国の若者達の中でも一、二を争う剣の才能を秘めた令嬢であり、その才能に我が祖父も惚れ込んでいる、と。
それに、此度の一件では多くの貴族達が躊躇う中で貴女はシェパール公爵令嬢のために声を上げてくださいました。
あの時は貴女の勇気ある行動に助けられましたわ。
本当に感謝しておりますの。」
ありがとう、貴女の行動が嬉しかったのだと微笑むセレスティナへとアレクシェルはフフッと笑う。
「才知溢れ、公明正大な我らが王女殿下にお褒めの言葉を頂くなど、半人前以下の我が身に余る光栄なことにございます。
私のような者でよろしければ、どうか貴女様のご友人達の末端に加えて頂きたく。」
仰々しい言葉と芝居掛かったお伽話の騎士のような振る舞いでアレクシェルはセレスティナへと願い出た。
「ふふふ、ありがとう二人とも。
私のことはセレスティナと呼んでくださいませ。」
私も二人を名前で呼んでいいかしら?、とセレスティナはルクレツィアとアレクシェルへと問いかける。
「嬉しゅうございます、セレスティナ様。
どうか、私のこともルクレツィアとお呼びくださいませ。」
「ふふ……光栄です、セレスティナ様。
私もアレクシェル、と。」
肯定の言葉を告げたルクレツィアとアレクシェルへとセレスティナは嬉しそうに微笑むのだった。
※※※※※※※※※※
遠くに舞踏会の喧騒を聴きながら、アレクシェルは王女が退席したのを見届けて、己もルクレツィアの休んでいた部屋を後にする。
だが、そのまま華やかな舞踏会の会場に戻る気になれず、馬車で学生寮にある自室へと戻ることにした。
馬車が寮へと近づくにつれて舞踏会の喧騒は消えてゆき、夜の闇の静寂に包まれていく。
未だに多くの学生達が舞踏会に参加しているためか、到着した寮の窓にほとんど明かりは灯っていなかった。
寮内にある己の自室へと辿り着いたアレクシェルだったが、室内にいた侍女より一枚の手紙を渡された。
「……ふむ」
その手渡された手紙をすぐに開封して黙読したアレクシェルは一つ頷き、すぐに身を翻して手紙の贈り主の元へと向かう。
「僕の麗しく、頼もしい友人殿は相変わらずせっかちだね。」
手紙の送り主の部屋へと辿り着いたアレクシェルを待っていたように、すぐに侍女達は主人の部屋へと案内した。
部屋に入ったアレクシェルは部屋の主人が侍女達を下げるのを待ち、悪戯を仕掛ける子供のように笑いながら呟く。
「あらん?
だって、アレクったら私をすっごく焦らすんだもの。
私が知りたくて、知りたくて、我慢できなくなってると分かってらしたんでしょう?」
ひどいひと……、と妖艶なため息混じりにこぼすのは一人の麗しくも、妖しい雰囲気を纏った美少女だった。
部屋の中にある真紅のベルベットのような生地で作られた豪勢な長椅子に、女性らしい曲線を描く身体を横たわらせた人物。
長い波打つ漆黒の髪に、垂れ長の菫色の瞳、色気を感じる印象的な涙ぼくろ。
「ふふ……そんなつもりはないよ、オリヴィア。
でも、そうだね……君を満足させるかもしれない話を捧げるから機嫌を直してくれないかい?」
アレクシェルはオリヴィアの前にある長椅子に腰掛け、用意されていた紅茶へ手を伸ばしながらクスクスと笑う。
「うふふふふ……。
それは貴女のくださるもの次第だわ。
……でもね、アレク……貴女のくださるお話、とおっても気になってますの。」
寝そべった状態で緩やかに波打つ己の艶やかな髪を弄びながら、オリヴィアはアレクシェルへ向けて妖しい笑みを浮かべた。
「ふむ……オリヴィア、ヴィアよ、君が知りたいのは王女殿下についてだろう?
言い方は良くないが、気弱で覇気がなく、側室腹の弟に何を言われても言い返すことすら出来ない、か弱い籠の鳥の姫君。」
笑いながらアレクシェルはセレスティナについて厳しい評価を歌うように語る。
「さらに言うならばねえ……。
病弱だからと他国との縁談にも使えない……でも、勉学や礼儀作法、血筋だけは最高の……女王になる気概のないお姫サマ。」
艶やかに嗤いながら、オリヴィアはアレクシェルの言葉に続けるように歌う。
クスクスと嗤っていたオリヴィアだったが、一瞬で笑みを消し去ってアレクシェルを流し見る。
「今回のあのくだらない人形劇……。
私や貴女も決して無関係ではないわよ。
とおっても不本意だけど、シェパール公爵令嬢の立場に私達もなる可能性が今後あるのだもの。
……陛下がどのような判断を無知無謀の王子サマ達に下すかによって、今後の身の振り方を考えなければならないわ。」
オリヴィアは端正な顔を歪めて、忌々しそうに吐き捨てる。
しかし、すぐにオリヴィアはその端正な顔を心底面白そうな表情へと変えた。
「ふふ、ヴィア。
君は陛下の判断や色恋のオママゴトに夢中な者達の結末よりも、今までの情報や認識と真逆の姫君の方が気になっているのだろう?
だからこそ、いち早く友誼を結んだ僕から情報を得ようとした。」
面白そうに、楽しそうに、笑うオリヴィアの表情にアレクシェルは微笑を浮かべるが、その瞳は真剣な光を宿していた。
「ええ、その通りよ。
だって、あの舞踏会での王女殿下は私の知る彼の方では無かったのだもの。
まるで生まれ変わったみたいな変化だと思わない?
……あの方が元に戻ることがないならば……とても、とおっても、面白そうな嵐が来ると思うのよねえ。」
クスクスと口元を隠して妖艶に笑うオリヴィアに、アレクシェルはニイッと不敵な笑みを浮かべる。
「ヴィア、君の勘は当たるかもしれないよ。
僕も同じようなことを考えていたからね。
今の王女殿下なら……きっとあの王子殿下達が騒ごうが、僕たちにとって決して悪いことにはならないだろうね。」
オリヴィアの笑みに応えるようにアレクシェルは何かを確信しているように告げ、二人は夜遅くまで話し続けるのだった。




