第五話
ベルフィーユ学院の一角にある控え室にて、今後の動きについてある程度ミオンとランスロットへ指示を出したセレスティナ。
すぐにでも行動に移りたい気持ちもあったが、ミオンがいつのまにか用意した紅茶で渇いた喉を潤し、一息ついていた。
……元々体力が無く、病弱なセレスティナの身体は舞踏会での一件で重だるいような疲労感を感じてしまっているのだ。
「(……シェパール公爵令嬢との話が終わったら、すぐに王城に戻って休んだ方が良さそうですわね。
この感じですと……これ以上無理をすれば、明日には熱が出ること確実ですもの。)」
前世とは真逆の己の身体の弱さにため息をつきたくなったセレスティナは、密かに身体を鍛えて体力を付けることを心に決めた。
記憶を取り戻す前のセレスティナの生活は、まさに深層の姫君といった様子で全く運動をすることもない生活だったのだ。
「(それに……食生活も改善しないといけませんわ。
今までの食事内容なんて、まるで小鳥の餌ですもの。
しっかりと動物性蛋白質や炭水化物とかも摂取して、栄養のバランスを整えなければいけません。
……これでは体力も減る一方だし、栄養が足りないと病気になるに決まってます!)」
むうっと口元に手を当て脳内で今後のセレスティナ自身の改造計画を考えながら多少の体力の回復を待ち、そろそろ動こうと思考を中断する。
「さて……この一件における一番の被害者であるシェパール公爵令嬢の元へと伺いたいと思いますわ。」
ミオン、案内してくださる?、と微笑むセレスティナはゆっくりとソファから立ち上がろうとする。
しかし、少しだけくらりと目眩を感じて再び座り込み、小さく頭を振った。
「セレスティナさま!
もうちょっとだけ休まれた方が良いと思いますー!
せっかく最近は体調が整ってましたのに……また倒れちゃいますよ〜。」
目眩を感じているセレスティナの様子にミオンが心配そうに駆け寄る。
「……大丈夫ですわ、ミオン。
心配してくれてありがとう。
予定外の出来ごとが多過ぎて、少しだけ気疲れしただけですわ。
今は少しでもシェパール公爵家に対して誠意を見せる必要が有りますし……あのような真似をされたルクレツィア嬢のことが心配なのです。」
それにこの機を逃せばシェパール公爵令嬢と話す機会が無くなるかもしれませんもの、とセレスティナは難しい表情を浮かべた。
今回の騒動でどのような結末を迎えるにしろ、公爵令嬢であるルクレツィアはしばらく社交界の表舞台に立つことは無い可能性があるのだ。
……それ以前に、セレスティナは父親であるシェパール公爵が色々な意味でルクレツィアを表舞台から隠す可能性が高いことを知っているのである。
「ミオン、ひーさまの意思は強いみたいだし、俺達でひーさまが無理しないように側に侍るのが一番だと思うけどなー。
そうじゃないと、今までよりも活発になったひーさまは一人でも行動しそうな気がするからさー。」
セレスティナの言動を観察していたランスロットは、苦笑しながらミオンへと告げる。
今までのセレスティナの考え方よりも、絶対に今のセレスティナは行動的な考え方を有している以上、ランスロットとミオンが制止しようとしても無駄な気がしたからだ。
そんな己の脳裏に浮かんだ考えを間違ってないだろうな、と思っているランスロットの言葉に、眉を寄せたミオンはムスッと唇を尖らせた。
「……私はセレスティナ様のお身体が心配なだけで、ご意思を無視するなんて絶対しないのですよっ!
それにぃ〜、お・れ・た・ち!、っていう表現は止めてくれますか〜!
ランちゃんとは公私の分別は付けて仕事上は組みますけど〜、セレスティナ様の一番の部下の座を争う好敵手でもあるんですからね!」
プイッと明後日の方向へ顔を背け、頬を膨らませるミオンにランスロットはククッと小さく笑い、セレスティナは微笑を浮かべる。
「心配してくれてありがとう、二人とも。
でも、私自身の身体のことだから、本当に無理な時は分かりますわ。
まだこれくらいならば大丈夫です。
ただ、シェパール公爵令嬢と話し終えた後は、すぐに王城に戻って休ませて頂くつもりです。」
ミオンとランスロットに大丈夫だと微笑みながら、セレスティナは再び立ち上がり歩き始める。
「セレスティナ様、シェパール公爵令嬢の休まれている部屋へはすでにセレスティナ様が訪れることは伝えていますぅ。
私が最短距離でバッチリ案内致しますので、大船に乗ったつもりでどうぞ〜!」
「ひーさま、道中でどんな危険が待ち受けているか分かりませんからねー。
しっかりお仕事させて頂きますよ〜。」
プシュウッと膨らませていた頬を戻して天真爛漫な笑顔を浮かべるミオン、ニヤッと唇の端を上げて笑うランスロット。
二人の言葉にセレスティナは嬉しそうに微笑むのだった。
※※※※※※※※※※
ミオンの案内でシェパール公爵令嬢の休む部屋の前へと移動したセレスティナは、入室の許可を得てから室内へと足を踏み入れた。
セレスティナの背後にはミオンだけが続き、ランスロットはシェパール公爵令嬢が怯える可能性もあったため扉の前で待機となった。
室内には寝台に横たわっていた身体を起こし、舞踏会の会場内で乱れていた髪やドレスを整えたルクレツィアと、その傍に付き添っていたアレクシェルがいた。
二人の令嬢はセレスティナの姿を視界に写すとすぐに立ち上がり、ゆっくりと頭を下げる。
「二人とも頭を上げてくださいませ。
公式の場ではないのですから、どうか普通にして欲しいのです。」
セレスティナはルクレツィアとアレクシェルに対して困ったように目尻を下げて微笑む。
「……かしこまりました、王女殿下。」
「……はい……。」
アレクシェルとルクレツィアはセレスティナの言葉に一瞬だけ躊躇い、ゆっくりと頭を上げたが二人の表情はどこか硬かった。
「……シェパール公爵令嬢、ライナスの貴女に対する愚か過ぎる行為の数々……本当にごめんなさい。」
「「……っ!?」」
そんなルクレツィアとアレクシェルの表情に、セレスティナ自身も真剣な表情を浮かべて謝罪の言葉と共に頭を下げる。
「いけません、王女殿下!
たかが貴族の令嬢ごときに王族の一人である貴女様が謝罪の言葉を口にした上に、頭を下げるなど有ってはならぬことですっ!!」
セレスティナに謝罪された側であるルクレツィアの方が、元々悪かった顔色をさらに青ざめさせる。
ルクレツィアの隣にいたアレクシェルも、驚いた表情を浮かべて眼を瞬かせていた。
「シェパール公爵令嬢、貴女へのライナスの仕打ちを思えば……このくらい当然ですわ。
もっとも、貴女に謝罪できるのは非公式の場だからこそです。
申し訳ないのですが、正式には王家からはっきりとした謝罪をすることは難しいでしょう。
ですから、非公式の場でくらい貴女に謝らせてくださいませ。」
下げていた頭を上げて、心から申し訳ないといった表情を浮かべたセレスティナは一応なりとも弟であるライナスの酷い仕打ちを正式に謝罪できない己の立場に表情を曇らせる。
「王女殿下……。
貴女様は何も悪くありませんのに……。
王女殿下のその尊いお心遣いだけで未熟な我が身には十分でございます。
……それに此度の一件はライナス様、いえ第一王子殿下のせいばかりではありません。
私自身にも責任があるのです。」
セレスティナの真摯な言葉に瞳を潤ませ、ルクレツィアは横になっていた寝台へ力が抜けたようにストンと座ってしまう。
「ルクレツィア嬢……それは……」
急に力が抜けたように座ったルクレツィアを思わず支えようとアレクシェルが手を伸ばす。
アレクシェルが伸ばした手はそのままルクレツィアの背中をさすり始め、呟かれた言葉に微かに眉を寄せる。
「シェパール公爵令嬢……」
「王女殿下、私は第一王子殿下の婚約者として、シェパール公爵家の令嬢として、そして王国に仕える家臣の一人として、第一王子殿下をお諌めするべきでした……!
私の言葉が届かぬならば、第一王子殿下のお心が男爵令嬢へと向き始める前に父である公爵に現状を報告すべきだったのです!
ですがっ……ですが、私は……ライナス様を信じたかった……!
決して恋い慕っていた訳では有りませんが……共に過ごした穏やかだった時間を信じたかったのです!」
幼い頃より多少の交流はあったとはいえ、特別に親しかった訳ではないセレスティナとルクレツィア。
だが、婚約者というよりも幼馴染のようにルクレツィアと親しくしていたはずのライナスに裏切られ、身に覚えのない罪で責められようとしたあの時……。
公爵令嬢としての矜持だけで、裏切られた悲しみにより傷付き血を流していた心を奮い立たせるルクレツィアを守ってくれようとしたのは、ほとんど交流のなかった病弱で気弱なはずのセレスティナだった。
ルクレツィアの声を無視し、その身を押さえつけていた元凶の者達を正論で蹴散らし、優しい言葉と眼差しでセレスティナは助けてくれた。
「……わたしは……!」
公爵令嬢であり、第二王位継承者の婚約者であるため王妃教育を受けた者であろうとも、ルクレツィアはまだ十六の経験が少ない少女だった。
声が詰まり続けることが出来なかったルクレツィアの言葉は、音の変わりに熱い雫となって黄金の両目から流れ落ちる。
「シェパール公爵令嬢……確かに貴女の言う通り、このようなことになる前にライナスの言動を公爵を通して陛下に報告すべきだったかもしれません。
……ですが、幼い頃から共に過ごした相手を信じたいというその心は尊いものだと思います。
どうか、貴女自身を責めないでくださいませ。
この一件は、年若いライナス達から目を離してしまったわたくし達にも責任の一端がありますわ。」
アレクシェルやミオンが言葉を発することなく沈痛な表情を浮かべる二人の言葉も背負うように、悲しげだが何処かに優しさも含んだ微笑を浮かべたセレスティナが、ルクレツィアの雫を指先で拭った。
「シェパール公爵令嬢、貴女が男爵令嬢に対してライナスが言っていた襲撃などということをしていないと知っています。
愚かな弟のことを信じようとしてくれた貴女のことは、わたくしが、セレスティナ・スノウ・ベルフォードが守ります。」
ルクレツィアの涙を拭っていたはずの白いセレスティナの手は、涙の跡が残る頬を包み込んだ。
「だから、どうか泣かないでくださいませ。」
真正面からルクレツィアのためだけに儚くも美しい、セレスティナのまさに女神の微笑みと言うべき微笑を向けるのだった。




