第三話
「貴方はその言葉の重さを理解しておっしゃていますのよね?
……貴方は第一王子ではあっても、“王太子”ではありません。
さらに言うならば、貴方の継承権は第二位であり、わたくしが第一位の継承権を持っております。
病弱な身であれど継承権を放棄した覚えはありませんわ。
そして……なによりも重要なのは、陛下より次期王位を継ぐ者は公式に発表されてはおりません。
……それを踏まえた上でなお……なお、己が王位を継ぐ者であると皆の前で宣言すると言うことは……陛下のご意思を恐れ多くも無視して王太子を詐称することになりますが?」
どういうおつもりなのかしら?、とセレスティナは眼を細めてライナスへ問い掛けた。
「……っ?!
そ、それは……そうだっ!
王位第一位継承権を持っているとはいえ……あ、姉上は病弱な身だから私がしっかりせねばと思ったがゆえに、誤解を招くようなことを言ってしまったに過ぎません!!」
セレスティナの言葉に己の発した言葉の意味と重さを理解して、ライナスは顔を青ざめさせて弁明を図ろうとした。
そんな狼狽えるライナスと、冷め切った表情を浮かべたセレスティナの遣り取りを貴族達は注視する。
しかし、そんな王位継承権を持つ者同士の会話を遮る者がいた。
「え、えっと!
ライナス様はちょっとだけ早とちりしてしまっただけで、悪気があった訳では無かったんです!
少しだけ間違ってしまっただけで……」
そんなセレスティナとライナスの間に漂う張り詰めた空気を変えようとしたのか、それともライナスの失言をなんとか挽回するつもりだったのか、オドオドとした様子でステラが声を発する。
「貴女は学習されない方ですね。
誰が発言を許しましたか?」
弟であるライナスの言動に頭が痛いのに、ヒロインの相手までしてられないとセレスティナは取りつく島もないように切り捨てた。
「あ、あうっ……でも、でもっ!
ライナス様は許してくださいました!」
両手を胸の前で握り締め、怯えた様子でステラはプルプルと震えながらセレスティナへ言い切る。
そんなステラ(ヒロイン)の姿は健気に見えるのか、ライナスやその取り巻き達だけは熱の籠った眼差しを向ける。
だが、セレスティナやその場にいる貴族達の眼にはマナーも、貴族の令嬢として最低限の知識もない質の悪い子供にしか見えなかった。
「貴族に名を連ねる者でありながら、貴女はわたくしが誰かを理解できていないのですね。」
セレスティナは目の前にいる貴族令嬢として違和感ばかりの少女へと呆れたように視線を向ける。
「わたくしは、このベルフォード王国の第一王女であり、王妃であるエリザベート様を生母に持ち、恐れ多くも国王陛下より第一王位継承権を与えられた者です。
例え異母弟であり、第二継承権を持っているライナスで有ろうとも、見下される筋合いはありませんし、彼が許可したからと言って、わたくしが許容する理由にはなりませんわ。
それに王族に名を連ねる者である以上は、己の言動に責を持たねばなりません。
ちょっとだけ早とちりや、少し間違えたなど許されぬ身なのです。」
はっきりとステラを見詰めながら告げられたセレスティナの言葉に、ステラは言い返そうとするが口を開閉するだけに終った。
そして、セレスティナの言葉にライナスは悔しげな面持ちで唇を噛み締める。
それでも、これ以上は大勢の貴族の前で恥をかかされて一矢報いることなく退場することはライナスの矜持が許さなかった。
少しでも何か言い返し、己の失態を挽回しようとライナスが再び口を開こうとした時、会場の煌びやかな扉が外側より開かれた。
「火急の用にて失礼する!
我らが陛下の命にて第一騎士団長、ランドルフ・バッファム馳せ参じた!!」
大きな音を立てて開かれた扉の先には騎士団長の名に恥じぬ頑強な身体に、赤銅色の髪と同じ色の太い眉を寄せ、鋭い眼光を持った騎士団長だった。
巨大な騎士団長の背後には一見分かりにくいが数人の騎士達の姿もある。
「バッファム騎士団長、お待ちしておりました。
此度の一件、わたくしに裁断する権限はありません。
どうか、陛下のご意思を教えてくださいませ。」
セレスティナは、やっと現れたこの騒動を押し付けられる相手……では無く、騒動を終わらせてくれるであろう人物の登場に心の中でだけ安堵のため息をつく。
「おおっ!
王女殿下っ! 此度の一件に関する迅速な報告と対応に陛下はお喜びであり、流石は第一王位継承者であると仰られておりました!」
そんなセレスティナの心中を知ってか知らずか、ランドルフは強面の顔を緩め、元々大きな地声を張り上げて王の漏らした言葉を口にする。
「……浅学の我が身には過ぎたるお言葉ですわ。」
褒め言葉は良いから早く国王の判断を教えて欲しいとセレスティナは思いながらも、態度に出すことなく粛々とランドルフの言葉を受け入れた。
「うおっほん!
では、改めて某は陛下の命を受けてこの場に参上つかまつった!
このベルフィーユ学院の卒業舞踏会においてのライナス殿下並びにシェパール公爵令嬢の婚約に関する騒動は陛下がお預かりになるとのことっ!
此度の一件の当事者であるライナス殿下、フェイツ男爵令嬢、並びにシェパール公爵令嬢の身を拘束した二名は学生寮の自室にて謹慎せよっ!!
事実確認を行なった上で陛下より追って沙汰が申し渡されるとのことっ!
以上が陛下よりの勅命であるっっ!!!」
咳払いをしたランドルフは、懐より取り出した羊皮紙を広げて恭しく記されている内容を読み上げ始めた。
「「「「「……っ!?」」」」」
恭しくランドルフにより読み上げられた勅命の内容にライナス達は顔色を変えていく。
「待ってくれ、バッファム騎士団長!
諸悪の根源はルクレツィア・メイ・シェパールだ!
その悪事を暴くためとはいえ、騒動を起こしてしまったことは遺憾に思っている!
しかし、少なくともステラには何の落ち度もないっ!
彼女は被害者でしかないっ、彼女まで謹慎というのは何かの間違いではないのか?!」
厳しい表情を浮かべたランドルフに対してライナスが抗議の声をあげ、騎士団長の子息達も言葉には出さないが拒絶を含んだ眼差しを向けている。
「(陛下の御慈悲にも気付かぬとは情けないことですな……!)
……陛下よりの勅命でございます!
殿下は陛下の勅命に逆らうおつもりでございますか?
それに、その令嬢が何の落ち度もないと仰られるならば、多少謹慎しているだけで終わるだけの話でございますぞ?
騒動の中心であったことで沙汰を受けることは有りましょうが、重い罰を受けることはありませんな!」
その令嬢が何の罪も犯していなければの話ですがな、という言葉は口にすることなく、ランドルフは鋭い眼差しをライナスの背後に隠れているステラへと向けた。
ランドルフの鋭い眼光に貫かれたステラは、ひっ!と小さな悲鳴をあげて体を硬くする。
己の視線から逃げるように身体を竦ませるステラから早々に視線を逸らしたランドルフ。
ライナスの己の言動の愚かさを理解していない言葉に、ランドルフは苛立ちを感じずにはいられなかった。
次にランドルフが視線を向けたのは、王子の取り巻きの子息達の中でも特に怒りを覚えている者だった。
その者はランドルフの同僚の倅であり、己と同じ騎士を志していると聞いているルクレツィアを押さえつけていた騎士団長の子息、フレドリック・レパードだった。
「……っ」
「…………」
しかし、ランドルフはジッとフレドリックをモノ言いたげな目で見つめるだけで、何かを口にすることは無かった。
何も告げることなく再び逸らされたランドルフの視線は、 静かにことの成り行きを見守っていたセレスティナへと向けられる。
「……陛下よりの勅命をお聞きになりましたわね?
陛下の勅命に従いライナスは退席なさい。
他の者達も速やかに勅命に従う方が賢明でしょう。」
この場での最高位であるセレスティナは己が最後は締める必要がありますわよね、とランドルフの視線を受けてライナス達へ勅命に従うことを促す。
「………っ。
失礼いたします。」
セレスティナの言葉に何か言いたげな様子で唇を噛み締めたライナスだったが、これ以上はまずいと判断した。
取り巻きの子息達やステラも不承不承と言った様子ではあるが、退室するライナスに従うように会場を後にする。
そんなライナス達がしっかりと寮の自室へと戻るのを確認するためか、それとも護衛のつもりなのか、ランドルフ達が続いていくのだった。
そして、ライナス達やランドルフ達が退室したことで、会場に残されたセレスティナや貴族達は暫しの静寂に包まれてしまう。
その場に残る以外に道の無かったセレスティナは、ライナス……愚弟の後始末を王女としてつけねばならないことに苛立ち、大きなため息をつきたい気持ちを耐える。
「……さて、ベルフォード王国の誇り高き貴族の皆様方。
そして、ベルフォード王国の未来を担う希望と才能に満ち溢れた子息、令嬢の皆様方、卒業おめでとうございます。
この度は思いがけず嵐に巻き込まれてしまい、折角の卒業の舞踏会が台無しになってしまい申し訳無く思っておりますわ。
後ほど、わたくしから皆様に心ばかりの贈り物をさせて頂きますわ。
ですが、まだ夜は始まったばかりです。
折角のこのめでたき夜を祝うために集まったのですもの。
少しでも舞踏会を楽しんで頂ければと思いますの。」
美しい微笑を浮かべたセレスティナは会場にいる貴族達に向けて静かに語りかける。
場の雰囲気を変えるように、己の纏う空気に巻き込むようにセレスティナは美しく、気品に満ちた淑女の礼をとった。
美しく、完璧な淑女の礼を終えてセレスティナが頭を上げれば、それを合図にしたように優雅な音楽が流れ始める。
そうすれば、海千山千の貴族達は何事もなかったようにさえずり、フロアの中心でダンスを始めるのだった。
そして、滅多に現れることのない王女であり、ライナスという対抗馬が勝手に自滅しかけているこの状況。
少しでもセレスティナと縁を結ぼうとする有象無象の貴族達へ愛想笑いを返しながら、ライナス達への愚痴を心の中で漏らすのだった。




