第十二話
「……一つお聞き致します。
儂らが提出した書類以外に、儂らの不正とやらを示す確たる証拠は有りますかな?」
焦りと怒りに冷静さを失いかけていたナレッドとダリオ商会会長。
だが、ダリオ商会会長の方が腹の底で何か覚悟を決めたのか、低い声で問い掛けた。
ダリオ商会会長の目は、一瞬にして商人の冷徹な光を取り戻していた。
「エアリー商会さんにしても、フォルト子爵にしても、儂らをここまでコケにしたのです。
爵位を持たぬとは言え、己もまたこの国を支える大商人の一人と自負しております。
そんな儂らを事もあろうか、紙切れ上の数字という確たる証拠も無く王族の前で、寄ってたかって罠に嵌めるように糾弾するなど……決して許されることではない。」
今までの様子とは打って変わって、何十年も商人として酸いも甘いも噛み分け、大商人まで上り詰めた男の経験ゆえの切り替えだった。
ダリオ商会会長は、この状況を打破するための最後の手段を必死に考えていた。
「これは、言い訳になると思い……儂としては言いたくは有りませんでした。
実を言いますと、王女殿下に提出した書類の数々は私の直属の部下が準備したもの。
その者を信頼して提出した以上は儂自身の責任ではある。
だが、信頼していたからこそ、儂自身は書類の中身を確認しておりません。
……そして、儂の預かり知らぬ所で帳簿を改竄されてしまえば、誰の懐に金銭が転がり込んでも気が付けぬかと。」
ダリオ商会会長は苦渋の表情を作り、あくまで管理責任はあるが不正の意図はないという姿勢を崩さなかった。
「……!
儂も同じです!
商いとは一人ですべてをこなせるほど簡単な物ではございませぬ。
ここまで大きくした商会ならばなおのこと。
信頼に足る部下に任せることができる技量も大商人ならではかと。
此度はそれが裏目に出てしまった、その一言に尽きまする!」
ナレッド商会会長はダリオ商会会長の言葉に即座に同調し、二人の主張を統一することで、この場を乗り切ろうと試みた。
「確かに。
大商人ともなれば部下を信頼し、仕事を任せる器量も必要ですわ。
己の知らぬ所で紙面上の数字が改ざんされていた。
あなた方の知らぬ所で有ってはならない金銭の流れが出来ていた。
この書類だけでは、あなた方本人が不正を主導したとする確たる証拠など微塵もありませんわね。」
セレスティナは、にこやかにそう断言した。
その言葉は、二人の会長にとって一瞬の安堵をもたらす。
「でしょうな。
我らが信頼するほどの実力を持った部下が書き上げたものですから。
そう、高貴な皆様方の目を欺けるほどの内容で御座います。
大商人とはいえ、一介の平民でしかない儂如きが見破れるはずが御座いません。
故に、我らがエアリー商会さんのおっしゃる悪徳な商売や不正とやらを主導した証拠にはなりませんな。」
「そうで御座います!
儂らのような平民如きが高貴な皆様方が見破れぬ謀を、どうして見破ることができるのでしょう?
此度の一件は儂らの目を欺き、全ては部下が行ったことでございます。」
一部の非を認めつつも致命傷は避け、己の命を守り、この場をしのぐことを優先とした立ち回り。
「誠に……」
商会の会長達の言葉にセレスティナは、静かな声で応じた。
「流石は王国を支える大商会の会長様方ですわね。
確かに、書類の細部に至るまで全てを会長が目を通し、隠された謀を見破ることが出来ると確約など誰にも出来ませんわ。」
セレスティナはそう言いながら、机の上に置かれた分厚い書類の束に視線を落とす。
「……ですが、ダリオ商会会長。
あなた方が提出したシャボンの売り上げに関する書類。
あなた方の言葉を信じるならば、この書類を書いた人物を特定し確保したとしても、あくまであなた方の管理不行き届きを示す証拠にしかならない。
そう、あなた方の商売に関して無罪放免という確固たる証拠とはなりませんわね。」
論点をずらさないで下さいませ、と微笑むセレスティナ。
その口から紡がれた言葉に、二人の会長の顔色が一変する。
セレスティナは、彼らの最も都合の良い言い訳を認め、同時にその先の道筋を絶った。
彼らが責任を押し付けようとした『信頼すべき部下』の存在は、もはや関係ないのだと。
セレスティナは、静かにアシュレイ・フォルト子爵へ視線を送った。
「さて、フォルト子爵。
昨日、貴方から私へと突如提出された一冊の手帳。
それに関してお話をしたいのだけど、宜しいかしら?」
セレスティナの問いかけに、アシュレイは心から困ったような表情を浮かべた。
「はい……そのことに関して、私も覚悟を決めて参りました。
そうですね……勇気ある彼のためにも私が語るべきでしょう。
私の父が過去に親交のあったとある男爵から、託された一冊の手帳。
彼は王国への忠誠心から長年罪の意識に苛まれていました。
そして、己の死期を悟ったが故に覚悟を決めて、親しかった父の息子である私へとこの手帳を託したのです。
中身を拝見したところ、お二人の商会から多額の金銭が彼へと渡され、彼を起点として幾人かの貴族へと定期的に金銭が流れていたことを示す詳細な記録が残されておりました。」
アシュレイは大商人たちへ視線を向け、悲しげに首を振る。
「彼は、その男爵は大変残念なことに……この一件の審議が始まる数日前に、病で急逝されてしまいました……。
ですが、彼が命を懸けて残した賄賂の裏帳簿となる直筆の手帳。
この手帳の内容が示す物は、単純な管理不行き届きでは済まされ無いと思いませんか、会長方?」
その言葉とともに、アシュレイは懐から小さな革表紙の手帳を取り出し、セレスティナへと献上した。
手帳の存在が示された瞬間、ダリオとナレッドの顔は血の気という血の気を失い、土気色へと変わった。
貴族への贈賄という王家への直接的な反逆の証拠。
それが、所詮は使いっ走りと侮っていたアシュレイの手によって白日の下に晒された。
「ぐっ……」
「そ、そんな……馬鹿な……!」
裏帳簿という決定的な証拠が突きつけられ、全身から力を失った商会会長の二人。
「もう一つ、ご報告を致します」
力なく俯いた会長二人を一瞥することなく、オリヴィアは静かに一歩前に進み出る。
「先ほど彼らが責任を負わせようとしました、彼らが信頼しているという部下。
その方は、先ほど王城の衛兵によって身柄を確保された報告が有ったそうです。
どつやら、私達が王女殿下に呼び出される前にダリオ商会とナレッド商会には陛下の勅命にて監査が入ったみたいですわ。
ふふふ……不正に関わった者達は全てを洗いざらい話している頃合いではないかしら?」
オリヴィアの言葉は、まるで冷たい氷を叩きつけるように響いた。
ナレッドとダリオ商会会長の全身から、今度こそ完全に力が抜け落ちる。
「まさか……この謁見は……」
「さあねえ?
アタシ達がお上の考えなど分かるはずがないだろう?」
意味有りげにチラリとセレスティナへと視線を向けたジャスミン。
しかし、それ以上はセレスティナへと問い掛けることなく満足そうな笑みを浮かべ、二人の会長をあざ笑うかのように見下ろした。
「テメエらが今まで絞り取ってきた金額から考えれば、部下一人に罪を被せて済むはずも無し。
ま、十倍にして返す準備は整ったってことだ。」
ジャスミンはそう吐き捨てると、セレスティナの方へと向き直り、深く一礼をした。
「殿下、わたくし共の調査は、これにて完了いたしました。」
ジャスミンとオリヴィアは、セレスティナへと向けて恭しく一礼するのだった。




