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脇役王女の王国奇譚〜乙女ゲーム? いいえ、現実(リアル)ですわ~  作者: ぶるどっく
*脇役王女始動編

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第八話

 

 貴族の屋敷が立ち並ぶ、貴族街の一角に貴族の屋敷にしては装飾の少ない一軒の屋敷がある。


 広めの庭があることが一番特徴的なその屋敷の一室。


 テラスへと続く開け放たれた窓から入る心地の良い冷んやりとした早朝の風。


 そんな心地の良い風が部屋の主人であるアレクシェルの黄金の髪を揺らす。


「お嬢様、お手紙が届いております。」


 部屋の扉がノックされ、アレクシェルの入室を促す声を待ち、一人の女性が静かに現れた。


「ああ、ありがとう。

 そこに置いて貰っても良いかな?」


 己の母親ほどの年齢の己が生まれる前から仕えてくれている侍女頭の声に、一人掛けの柔らかな椅子に腰掛け、本を読んでいるアレクシェルが答える。


「僭越ながらお嬢様。

 此方の手紙の差し出し主に関しましては、早々に旦那様にご報告された方が宜しいかと。」


 一筋の乱れなく纏められた暗い茶色の髪に、能面のように感情を見せない表情を浮かべた侍女が手紙を後回しにしようとしたアレクシェルへと告げた。


「マーサがそこまで言ってくれると言うことは、相当に面倒な送り主らしいね。」


 アレクシェルの、主人一家の不況を買うことになっても、主のために必要な忠告を躊躇うこと無く告げるマーサ。

 マーサの忠誠心の高さと無駄な言動を謹んでいる性格ゆえに、決して悪戯に忠告めいた言葉を告げないことをアレクシェルは知っている。

 だからこそ、その意を汲んだアレクシェルは読みかけの本に栞を挟み、マーサの手より問題の手紙をすぐに受け取った。


「…………」


 そして、その手紙の封筒に書かれている送り主の名を確認する。

 手紙の送り主が誰かを理解したアレクシェルは盛大に眉を寄せ、困惑した表情を浮かべてしまう。

 そのようにアレクシェルが感情を(あらわ)にすることは、幼い頃より感情を制御する術を徹底的に叩き込まれている彼女にしては珍しいことだった。


「……マーサ、諫言をありがとう。

 確かにこれは僕だけの胸の内に留めておくには厄介な手紙だね。

 父上に報告した上で、彼方にも早急に伝えた方が良さそうだ。」


 己宛に送られて来た蝋封された手紙を開くことも無く、アレクシェルは無表情に弄ぶ。


「……今までの彼と僕の関係性を考えれば……普通は手紙など送って来ないと思うのは僕が彼を理解出来ていないからかな?

 ……と言うか、彼から直々に手紙を貰ったことすら初めての経験なんだけどね。

 ふふ……面倒ごとの気配しか感じ取れないのは、果たして僕が捻くれているだけだからなのかな?」


 ふふふ……、と誰に聞かせる訳でも無く呟き、笑うアレクシェルの両目は決して笑っておらず、冷めきっていた。


「マーサ、今すぐに父上へと連絡を取って貰えるかい?

 どんな内容にしろ、この手紙は父上と共に開封した方が良いだろうしね。」


「はい、お嬢様。

 そろそろ使いの者が旦那様へと接触しているかと。

 私めの勝手な判断で命を待つこと無く行動してしまい、申し訳ありません。」


 声を荒げている訳では無いが強い意志の宿ったアレクシェルの言葉に、マーサは淡々と表情を変えること無く答える。


「謝る必要は無いよ。

 やっぱり流石だね、マーサ。」


「恐れ入ります。」


 手紙の送り主を把握した己の行動を的確に読み取り、先回りして指示を出すマーサの優秀さにアレクシェルは尊敬の念を抱く。

 冷めきったアレクシェルの両目に温もりが戻り、頭を下げるマーサへと微笑みを向けるのだった。






 ※※※※※※※※※※







 アシュレイ・フォルト子爵がセレスティナへと謁見して数日後。


「やはり……予想を裏切らぬ“モノ”を提出してきましたわね。

 ……この方々は王族を、王家を侮っているとしか思えませんわ。」


 己の執務室でアシュレイを通して提出されて来た“モノ”、即ちセレスティナが提出するように求めた資料の束に眼を通しながら呟く。

 ため息の理由を付け加えるならば、資料とは別に送られてきた一通の手紙の存在も有ったが…………。


「セレスティナ様……?」


 眉間に皺を寄せ、美しい(かんばせ)を歪ませるセレスティナの反応に、イザベラが困惑した声音で名を呼ぶ。


「ふふふ…………(くだん)のフォルト子爵にすがり付いているという方々のことですわ。」


 呆れたようにため息をつくセレスティナは、困惑した様子のイザベラへと元凶である資料を渡す。


「これは……」


「ありゃ~、こんなのよく提出できましたねぇ~。」


「ふむ……どうやら色々と思い違いをしている方々のようですね。」


 イザベラは手元に来た資料に眼を向ける。

 そんなイザベラの左右の肩越しにミオンとアレクシェルも興味津々といった様子で、(くだん)の資料を覗き見た。

 そして、読み進めていく内にそれぞれに呆れたような、何とも言えない表情を浮かべてしまう。


「……王族の、しかも第一王位継承者たる王女殿下が謁見すると正式に認めた案件で、此方側が全く調査をしないと思っているのでしょうか……?」


 信じられないと苦い表情を浮かべたイザベラの言葉に、セレスティナも再度ため息をつく。


「ミオン……恐らく罠では無いとは思いますが、もう一度フォルト子爵の周囲と、この資料を提出してきた商人達のことを徹底的に洗い直して下さい。

 どんな些細なことでも報告をよろしくお願いします。」


「は~い、セレスティナ様!

 このミオンにお任せくださいっ!」


 呆れまじりに呟かれたセレスティナの命令にミオンは明るい笑顔で答え、何もないはずの虚空へと視線をチラリと向ける。

 その視線の先で何かを確認したミオンは、そのままセレスティナの執務の補助に戻った。


「……流石ですね……」


「ふふ……」


 ミオンの一連の行動を見ていたイザベラとアレクシェルは、それぞれ何かに感心したように呟く。

 イザベラとアレクシェルの二人とも、ミオンがただの侍女では無いことなど、とうの昔に理解していた。

 ミオンが“王家の影”と呼ばれる存在であり、その手合いの中でも上位の実力者であることも把握している。

 その部下と思われる存在を影の訓練を受けていない人物には分からない方法で呼び出し、視線一つで指示を出すミオンの姿に、その実力の片鱗を垣間見たのだ。


 ……もっとも、その実力の一部を垣間見たことでイザベラは兎も角、アレクシェルに手合わせを繰り返し強請られるようになり、ミオンが辟易するという弊害が起こってしまうこととなる。


 ミオンへと再調査の指示を出し、執務にも一旦きりが付いたセレスティナ。

 小さなため息とともに硬くなった身体を伸ばし、思考を次に気になっていることへと向ければ、自然とその視線は壁際で微笑むアレクシェルへと向かった。


「(勘違いかもしれないのですが……なんだか苛立っている気が致します。)」


 ここ数日間ずっと感じている微かな違和感。

 病弱ゆえに周囲の意思を伺い、毒にも薬にもならぬように気を付けながら生きてきたセレスティナ。

 そんなセレスティナが感じ取ったアレクシェルの勘違いだと思ってしまいそうな微かな違和感。


「……?

 セレスティナ様、僕の顔に何か付いていますか?」


「……いえ」


 セレスティナの視線に気が付いたアレクシェルがいつもと変わらぬ様子で首を傾げる。

 正直にアレクシェルへと問い掛けた方が良いのか迷い、セレスティナは言葉を濁してしまう。


「……アレクシェル、勘違いならばごめんなさい。

 ここ数日の間、少しだけピリピリしておりませんか?」


 しかし、やはりどうしても気になったセレスティナは申し訳無さそうにアレクシェルへと問い掛けた。


「…………」


 おずおずといった様子でセレスティナに問い掛けられたアレクシェルは驚きに微かに目を瞬かせる。


「……驚きましたね。

 普段と変わらぬように過ごしていたつもりだったのですが……どうしてお分かりになったのですか?」


 一瞬の間を置いてアレクシェルは苦笑混じりに肯定を示し、セレスティナへと問い返す。


 二人の会話にイザベラは元々他者の感情の機微を察することは得意では無い方とはいえ、全くもって気が付かなかった、と視線をアレクシェルへと向ける。

 ミオンの方はと言えば、アレクシェルの纏う微妙な気の乱れは感じ取っていたが、セレスティナの害にならなければ問題ないと我関せずを貫いていたのだった。


「確証は有りませんでしたわ。

 ただ何となくと言いますか……もしくは、勘としか言いようがありません。」


「なるほど、まさかの勘ですか!

 ふふふ……感情を常に平静に保ち、制御する修業を積み重ねて来ましたが、やはり僕はまだまだ未熟者ですね。」


 確証など無かったと苦笑するセレスティナに対し、アレクシェルは予想外に己の感情の機微を言い当てられたことが面白かったのか笑みをこぼす。


「ふふふ……御前を騒がせてしまい申し訳ありません、セレスティナさま。

 お言葉の通り、数日前より任務に支障をきたさぬように平静を装っておりましたが……他家を巻き込む、と言うよりはこちら側が巻き込まれた面倒な事柄が発生致しまして。」


「騎士の一人として己を律するアレクシェルが微かでも感情を乱すほどの出来事なのですね。」


 溢れてくる笑いを抑え込み、謝罪の言葉を発し、事情を濁しながら説明するアレクシェルへと、セレスティナは意外だと首を傾げてしまう。


「おそらく近いうちに陛下の御耳にも入る……いえ、既に父を通して報告がされているでしょう。」


 王の耳にも入る出来事だと言うアレクシェルの言葉に、セレスティナは困惑と同時にアレクシェル自身の身の心配をしてしまう。


「御気にかけて頂けて光栄です、セレスティナ様。

 僕や僕の家族の身に直接的な影響は余り無いと思います。」


 そんなセレスティナの心配する感情が視線に現れていたのか、アレクシェルは己や自身の一族の身は大丈夫だと答える。


「アレクシェルの身が、バッファム家の皆様の身の安全が心配でしたが、影響が無いのならば少し安心致しました。」


 アレクシェルの答えに一部安堵するセレスティナだが、王の耳に入るような案件を無理に聞き出すことは出来ないと判断し、それ以上踏み込まないこととした。

 だが、そんなセレスティナの胸中を知ってか知らずか、アレクシェルが言葉を続けた。


「……ただし、彼には積み重なった十年分の“貸し”があるのです。

 何事もなく無関係になるならば“お返し”をする時期を逃しましたし、致し方無いと思っていたのですが……自らの意思で今更関わって来るとは予想外でした。

 自ら進んで飛び込んで来て下さったのですし、これを機に改めて関係を清算するにあたって、その積み重なった“貸し”を、ほんの一握りでも“お返し”しても良いと思うのです。

 ふふふ……既にあちら側の関係者の方々からしっかりとお許しは頂いていますしね。」


「「「…………」」」


 ふふふ……、と低い声で何かを想像して笑うアレクシェル。

 近いうちに訪れる嵐の予感を感じ取り、セレスティナ達は詳しい事情を暗雲を纏ったアレクシェルへとさらに聞くことも出来ず、頬を痙攣らせてしまうのだった。





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