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脇役王女の王国奇譚〜乙女ゲーム? いいえ、現実(リアル)ですわ~  作者: ぶるどっく
*脇役王女始動編

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第七話

 

「……あのままフォルト子爵をお帰しになって良かったのですか~?

 セレスティナ様が一言お命じ下されば、ミオンちゃんが色々頑張っちゃいますよ~。」


 執務室での謁見が終わりアシュレイ・フォルト子爵が退室し、その気配が十分に遠退いてからミオンが冗談混じりに言葉を発した。

 ……だが、ミオンの目は決して笑っておらず、標的を虎視眈々と狙う暗殺者のようなどこか危険な光を宿している。


「心配してくれてありがとう、ミオン。

 ですが、フォルト子爵は大丈夫ですわ。

 ……少なくとも今は敵ではありませんもの。」


「セレスティナ様がよろしければ良いのです~。

 ですが、もしもお気持ちが変わったら、このミオンに何時でもお申し付けくださいね~。

 …………もっとも、セレスティナ様の害になりそうな(やから)はさっさと掃除するに限りますけれど。」


 己へと微笑を浮かべながら告げるセレスティナの言葉に、ミオンは不承不承といった様子で矛を納める。

 しかし、ミオンの瞳に浮かんだ酷薄な冷たい光は消えることは無かった。


「ふむ……かの御仁は敵では無いということは、味方でも無いということですか。」


 セレスティナの言葉の一部を抜き取って何故か一人で納得しているアレクシェル。


「……アレクシェルさん……」


 そんなアレクシェルへと微妙な視線を送るイザベラ。


「ふふ……その通りですわ、アレクシェル。

 今回の件での彼は積極的な敵にはならないと思います。」


 アレクシェルへと微笑を向け、セレスティナは何かを思い出すように目を細めた。


「元々、フォルト子爵が学院卒業と同時に継いだフォルト家は保守派に属しています。

 先代であった方は特に保守派的な思考の強い方でした。

 それゆえに、かの侯爵との繋がりも決して細くは無いと思いますわ。」


 改革派に属する(セレスティナ)と保守派に属する(アシュレイ)

 学院を卒業した二人は別々の道をそれぞれ選択していた。


「共に学んだかつての友が敵とは……やるせないものですね。」


 派閥を形成し、互いを牽制し合う貴族の宿命とはいえ、友人同士が政敵になることに、イザベラは少しだけ悲しげな表情を浮かべてしまう。


「……友人だったからこそ、フォルト子爵は積極的にセレスティナ様を攻撃することは無い、とでも?」


 頭では理解していても、年若いためか心では割り切れないイザベラとは対照的に、アレクシェルはセレスティナへと淡々とした口調で問い掛けた。

 アレクシェルさんっ!、と制止するようにイザベラが声を発し、セレスティナの様子を伺うように視線を向ける。


「ふふ……心配してくれてありがとう、イザベラ。

 ですが、フォルト子爵とのことは問題ありません。

 何時の日か対立するかもしれぬことは、お互いに分かっていたことですから。」


 心配するイザベラを安心させるように微笑を一度向けて、次にセレスティナはアレクシェルへと向き直る。


「フォルト子爵は友人だからと攻撃の手を緩め、矛を納めるような方では有りませんわ。

 ただ……フォルト子爵が本気で私を潰しに来るには今回の一件は小さく、軽過ぎるのです。

 彼が本気で来るならば、もっと謀略知略を張り巡らせ、敵が気が付かぬ内に喉元まで剣が迫っている……そんな性格ですもの。」


 ベルフィーユ学院時代、遊びの一貫として何度もチェスで対戦したセレスティナとアシュレイ。

 目立つことを良しとしなかった気弱なセレスティナは本気を出すことは無かったが、勝ったり、負けたりの互角の勝負を繰り広げた。


 ……只一度を除いて。


 その只の一度、卒業間近に対戦した最後の勝負(チェス)

 セレスティナが別人が打っているのではないと思ってしまうほどに、その時のアシュレイは鮮やかな盤上の運びだった。

 ……そう、気が付けばセレスティナの(キング)は喉元に剣を突きつけられていたのだから。


 だからこそ……、とアレクシェルだけでなく、イザベラやミオンへもセレスティナは艶やかな微笑を向ける。


「だからこそ……友として過ごした時間が有るから分かるのです。

 フォルト子爵が私を潰すための舞台にしては、この一件は華やかさも、役者も、何もかもが足りませんわ。」


 ベルフィーユ学院を卒業したあの日。

 袂を別つことになったあの日の情景が、セレスティナの脳裏に浮かぶ。


「……おそらく、嫌がらせ半分の様子見でしょう。」


 相反する派閥に属することになった友を想い、セレスティナは微かな悲しみを隠すように、いつもと変わらぬ微笑を浮かべるのだった。





 ※※※※※※※※※※





 燭台に灯った幾つかの蝋燭の炎が微かに揺れる薄暗い一室。


「……王女からの要求は以上です。」


 その一室には二人の人物の姿があった。


「……ふむ。」


 一人目は蝋燭の炎を反射する特徴的な金縁の片眼鏡をかけ、無害そうな笑みを消し去り、無表情な人物。


「やはり以前の王女の言動と比較しても、あの両親の手腕を思い起こさせる。

 あの夜を切っ掛けに、要らぬモノを目覚めさせおったようだ。」


 普段とは違い野心が燃えたぎる青い目を隠すこともない、アーガスト侯爵である。


 揺れる蝋燭の灯りに照らし出されるアーガスト侯爵の横顔は、無表情ながらも胸中では要らぬ敵を目覚めさせる切っ掛けを作った(ライナス)を罵倒し、忌々しいと舌打ちをしていた。


「……元々持っていた素養を露にしただけかもしれません。

 王女はあの夜の騒動が無ければ、その才を示すこと無く生涯を終えるつもりだったように僕は感じましたから。」


 薄暗い一室で革張りの黒い椅子に座るアーガスト侯爵に向き合い、己の推論を返すのは二人目の狐色の髪の人物。


「アシュレイよ、それはあの王女と学院生活を友として過ごした結論か?」


 アーガスト侯爵の問い掛けに銀縁の眼鏡の奥にある空色の瞳が弧を描き、うっすらと微笑みを浮かべたアシュレイ・フォルト子爵。


「ええ……その通りです、アーガスト侯爵。

 僕は王女について知るためにわざと切っ掛けを作り、誼を結び、友となりましたから。」


 クスクスと何かを思い出したのか、アシュレイは微笑みを深める。


「僕としては学院時代の砂糖菓子のように甘くて脆い王女も好きでしたよ。

 ……哀しみに耐える泣き出しそうな顔が特に、ね。

 ですが、今の気丈な王女の泣き出しそうな顔は、きっと格別なものでしょうね。」


「…………」


 何を想像したのか嬉しそうにニコニコと笑うアシュレイへと、アーガスト侯爵は目を細めて無言を返す。


「あはは……心配しないでくださいよ、アーガスト侯爵。

 アーガスト侯爵の駒の一つとして余計な真似はしませんから。

 僕は忠実にアーガスト侯爵からのお仕事(めいれい)を実行する駒。

 ちゃんと(ライナス)らとは違い、身の程は弁えております。」


 ニコニコと笑いながら告げるアシュレイへと、アーガスト侯爵は冷めた眼差しを向ける。


「……まあ良い。

 私の指示通りにことを運べ。

 そろそろ切り捨てる頃合いの駒の処分に調度良い。

 私はそちら側の一件に関わるつもりは無い。

 ……あの特別扱いに慣れた小僧の対応が有るからな。」


 楽しげに笑うアシュレイへと向けていた視線を外し、アーガスト侯爵は眉間に皺を寄せながら呟く。


「現実も、己の立場の危うさも理解するだけの知能を持たぬ(やから)ほど面倒なものは無い。

 私に責が及ぶことが無いように思考を誘導するしかあるまいて。」


「…………」


 全くもって面倒極まりない、と嫌悪感を全面に出したアーガスト侯爵に対し、アシュレイは無言で微笑みだけを返す。


「ふん……用件は以上だ。

 下がるが良い、アシュレイ。」


 もう用は無くなったと退室を求めるアーガスト侯爵へと、アシュレイは一礼を返し、くるりと背を向け、扉に向けて歩き出す。


「……最後に一つだけ宜しいですか、アーガスト侯爵?」


 しかし、アシュレイは扉の前で立ち止まり、アーガスト侯爵へ視線を向けること無く問い掛けた。


「……なんだ?」


 退室を求めた己の言葉に速やかに従わぬアシュレイに対し、アーガスト侯爵の片眉がピクリと動く。


「……彼女は……あの子は息災ですか?」


 背を向けたまま問われたアーガスト侯爵は、アシュレイの背中へと視線を向けることは無かった。


「あやつのことならば心配はいらん。

 死なれる訳にはいかぬ以上、我が領地にて療養させておる。

 ……お前達は定期的に手紙のやり取りをしていると報告を受けておるが?」


「……あはは、手紙のやり取りくらい多目にみて頂けると幸いです。

 あの子は僕に心配を掛けないようにしているのではないかと不安で、ついついアーガスト侯爵へ問い掛けてしまうのです。」


 興味など無いとばかりのアーガスト侯爵へと微かに振り返り、アシュレイはもう一度浅く礼をして今度こそ退室した。


「…………ふん」


 そのアシュレイの出て行った扉の方へ冷えきった眼差しを向け、アーガスト侯爵は詰まらなさそうに微かに鼻を鳴らすのだった。





 幾つかの蝋燭の炎が揺れる薄暗い一室を退室したアシュレイは、月明かりだけが照らす屋敷の廊下を玄関に向けて歩いていた。


「…………」


 夜の帳に包まれた廊下の静寂を壊すこと無く、無言を貫くアシュレイの顔には飄々とした胡散臭い笑みが浮かんでいる。

 そんなアシュレイがふと廊下の窓の一つへと視線を向けると、足音も発することが無かった歩みが止まった。


「……今日はいつもより明るいと思ったら……満月でしたか。」


 窓の外に広がる夜空には、煌々と輝く満月が浮かんでいた。


「……貴女は……どこまで……理解されているのでしょうね……?」


 夜空に浮かぶ満月に誰かの姿を重ねたのか、アシュレイは自嘲するかのようにか細い声で呟く。


「…………」


 満月に向かって片腕を伸ばし、視界の先にある満月を掴むようにギュッと手を閉じる。

 そんなアシュレイの表情には哀しいとも、愛しげとも、嘲るとも、何とも言い難い、様々な感情が混じったものが浮かんでいた。


「…………」


 しかし、その複雑な感情は一瞬で消え失せ、すぐに普段と変わらぬ胡散臭い笑みに変わった。

 そして、アシュレイは再び満月に視線を向けること無く歩みを再開する。


 立ち去ったアシュレイが一瞬だけ見せた表情を知るのは、窓の外から夜の世界を照らす輝く満月だけだった……。




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