第六話
皆さま、こんばんは。
いつも読んで頂き有り難うございます。
実は入院することになりまして、もしかしたら今後更新が遅くなってしまう可能性が有ります。
本当に申し訳ないのですが、どうぞよろしくお願いします。
「宣伝した甲斐もあってシャボンの売り上げは順調な様子ですわね。
宰相に相談して纏め直した公共事業の方も議会を通りましたから、これからもっと忙しくなりそうです。」
王女の執務室において微かな疲労感を感じながらも、シャボンや公共事業の案件が順調に進んでいることにセレスティナは安堵のため息を漏らす。
そんな安堵のため息を漏らしたセレスティナに答えるように、執務室内にいる三人の少女達がそれぞれに声を発する。
「セレスティナ様が無償で貴婦人方にシャボンをお贈りになった際は、勿体無いと思いましたけど〜、この宣伝効果を狙っていたのですねえ〜。」
セレスティナが捌く書類の山を各関係部署ごとに振り分けながら、滞りなく執務に専念出来るように整理整頓、インクや紙の補充などを行うミオン。
「最初は多少損をするかもしれないけれど、長い目で見ればそれを上回る利益を確保することに繋がる。
時間を費やして事細かに一人一人に百の言葉を尽くすよりも、実際に使用させる方が遥かにその品質の良さを実感させ、宣伝の時間を短縮することが出来る。
確かに口頭での宣伝も重要ですが、短期で結果を得ようとするならば、この手段を併用する方が遥かに良い。
もっとも、商品に自信が有るからこそ出来る一手という訳ですが……。」
護衛対象で有るセレスティナの側に侍り、周囲を警戒するアレクシェルは商品であるシャボンを周知・販売するための宣伝効果を見込んだその一手に純粋に感心する。
「……商売についてはあまり分かりませんが、このシャボンは私も購入しました。
今までに無かった淡い花の香りがとても気に入ってます。」
アレクシェルと同じく護衛対象の側に控え、周囲を探知する魔術を展開しながらも、書類整理が得意ということが判明したイザベラはセレスティナから問題ない範囲で任された書類を無表情で捌きつつ、淡々とシャボンの愛用者の一人だと告げた。
だが、シャボンについて話す時だけ無表情なのは変わらなかったが、花が綻んだように嬉しそうな雰囲気をイザベラは纏っていた。
「外見から既存のシャボンと違うと一目で分かるように致しましたが、香りや使い心地は実際に使用して頂いた方が分かりやすいですもの。
アレクシェルが言うように百の言葉を尽くすより、ですわね。
それに何よりも、その新しいシャボンの品質を体験して既存のシャボンに戻ったら、その違いをより鮮明に感じます。
その違いを感じて頂き、その上で話題性も上昇し、王妃や高位の貴婦人達がこぞって愛用しているとなれば、余計に気になり欲してしまうというものでしょう。」
ミオン達へ返答したセレスティナは、執務の手を止めて機嫌良さげに微笑む。
「(……何と言いますか……前世では新商品などの一部を宣伝用に使用する手段は結構有りましたから……。
それを真似してみましたが、ここまで良い反応が返ってくるとは正直思ってもみませんでした。
すでに無料配布した分の赤字は回収出来ておりますし、今後は新たな香りの商品開発や品質の向上などの研究に一部費用を費やしてもいいかもしれませんわね。)」
しかし、その内心では前世の世界で使用していた宣伝手法を取り入れたことで、想像以上の利益を得れた現状に驚いていた。
「力を貸して下さっているローゼンバーク嬢へのお礼も改めて考えなければなりませんわね。
シャボンでの収入の大半の使い道はすでに決めておりますから、それについても陛下や宰相と相談する必要が有ります。」
「せっかく沢山の収入を得たんですから、ご自分のドレスとかを一着くらいお作りになれば良いですのに〜。
まあ、そんなことをなさらないのがセレスティナ様らしいのですけれど〜。」
シャボンで得た収入の使い道を知っているミオンはセレスティナ様らしいと苦笑し、アレクシェルやイザベラも微笑を浮かべる。
そんなほんわかした雰囲気の中、ミオンが思い出したように声をあげた。
「……あ、セレスティナ様。
本日の午後に予定に入ってましたフォルト子爵との謁見……本当にこの執務室でよろしいのですか?
ベルフィーユ学院に在籍されていた頃のご学友のお一人では有りますが、一応なりとも異性で、お立場的な意味合いでも、人目の多い場所の方が良いかなあ、と思ったのですが〜?」
変な噂が立たないように今からなら場所を変更しても準備はバッチリ間に合いますよう〜、とミオンはセレスティナへと問い掛ける。
「……いえ、フォルト子爵とは執務室で会う方が良いでしょう。
あの彼が友人として単に世間話をするために来るはずが有りませんから。
それに、執務室の前には第二騎士団の護衛の方々が、そして側にはアレクシェルとイザベラの二人がいます。
アレクシェル達に席を外して頂くつもりは有りませんし、ミオンも居て下さいますから二人っきりになることは有り得ません。」
ミオンの問いかけに少しだけ逡巡したセレスティナだったが、予定通りに執務室で会うということを告げる。
「……分かりました〜、セレスティナ様。
余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。」
セレスティナの返答に叱られた子犬のように少しだけシュンとした様子のミオン。
「そんなことありませんわ、ミオン。
私の立場を考慮して仰って下さったのでしょう?
ミオンにはいつも助けられてますもの。
いつも本当にありがとう、ミオン。」
気まぐれな猫のような外見なのに、己にだけは忠犬の如く接してくるミオン。
そのミオンの言動や気持ちはセレスティナにとって擽ったく、そして嬉しいものだった。
クスクスと嬉しそうに笑みを零しながらセレスティナは心からの感謝をミオンへと伝える。
「はうっ……!
セレスティナ様の女神のような微笑みがミオンに向けられてるっ……!
不詳、このミオン!
セレスティナ様のためなら、どこまでもお伴しますっ!!」
己に向けられた笑みに頬を赤く染め、嬉しそうに悶えるミオンの姿にアレクシェルは苦笑し、イザベラは残念そうな眼差しを向ける。
ミオンの嬉しそうな姿にもう一度笑みを零し、セレスティナは久しぶりに会う狐色の髪の友の姿を思い浮かべるのだった。
その日の午後、謁見の予定通りの時刻。
「お久しぶりですね、殿下。
卒業から数年経ちますし、僕のことなんてもう忘れちゃってると思ってました。
だから、お会いして頂けると返事を貰って、凄く嬉しかったです。」
セレスティナの執務室には一人の青年の姿が有った。
「うふふ、わたくしがフォルト子爵のことを忘れる訳がありませんわ。
だって、貴方と知り合う切っ掛けとなったあの出来事。
忘れたくても、忘れられませんもの。
……未だに思い出すだけで笑ってしまいそうになりますから。」
堅苦しい挨拶もそこそこに、セレスティナは久しぶりに会った友人との会話を楽しんでいた。
ベルフィーユ学院を卒業後より互いの立場もあり、疎遠になりつつ有った目の前の友人。
護衛で有るアレクシェルやイザベラ、給仕をしている侍女のミオンが同席しているとは言え、セレスティナにとっては嬉しいものであった。
「(本当に懐かしい……。)」
セレスティナは応接用の机を挟んで反対側の長椅子に腰掛ける友の姿に微笑を浮かべる。
狐色の緩やかに波打つ肩より長い髪に、銀縁の丸眼鏡の奥に有る空色の狐目、緩く弧を描く口元、色白の整った顔立ち。
華美ではない清潔な貴族服で細身の身体を包み、何処か気が抜けるような胡散臭い雰囲気を纏った、記憶の中の姿よりも歳を重ねた青年、アシュレイ・フォルト。
「いやあ……それは言わないで下さい、殿下。
まさか自分が学院で昼食の時間帯の食堂にお見えになった殿下に驚いて、足が縺れて転んだ姿を披露するなんてことになるとは思っても見なかったんですから。」
あれは僕の人生の中で一二を争う恥ずかしい思い出の一つです、とアシュレイは後ろ頭を掻きながら苦笑する。
「ふふふ……わたくしも驚きましたわ。
食堂に入った途端に人が転んだ挙句、視界の中で食器が宙を舞い、そのまま倒れた貴方の頭に綺麗におかずごと着地を決めた光景は一種の喜劇を見ているようでした。」
クスクスと、当時のことを鮮明に思い出したのか笑い声を漏らすセレスティナに、アシュレイは力が抜けるような笑みを零す。
「ですが、そのお陰もあって殿下に顔と名前を覚えて頂いたばかりか、友人と呼んで頂けるようになりました。
だからこそ、今日もたかが子爵位の僕と普通に謁見して頂けたのでしょう?」
他の高位の貴族を優先して、子爵位の自分はもっと順番待ちをすることになると覚悟していたとアシュレイは困ったように笑う。
「そんなことはありませんわ。
わたくしに謁見を申し込む者は陛下達と比較すれば少ないですし、何よりもフォルト子爵がつまらない理由で謁見を申し込む筈がありませんもの。」
「……些か殿下は僕のことを買い被り過ぎですよ。
僕なんて狭い領地をやっと納めることで手一杯のしがない子爵にしか過ぎませんから。」
ニッコリと微笑むセレスティナに対し、アシュレイは頬を掻きながら苦笑する。
しかし、アシュレイが微かに下を向きながら小さく息を吐き、再び顔を上げると独特の困ったような笑みは掻き消えていた。
「……申し訳ないのですが、早速本題に入らせて頂きます。
確かにご推察の通り、昔話では無くて本日は殿下の進めていらっしゃる事業の一つについてご相談が有って参りました。
……実は、殿下が最近ローゼンバーク侯爵令嬢を通して流通させている例の新しいシャボンに関することです。」
つい先程まで浮かべていたはずの困ったような笑みを消し去り、真面目な表情を浮かべたアシュレイの言葉にセレスティナは首を傾げてしまう。
「例のシャボンが貴婦人方の間で流行したことで困っている方達が、有る筋を頼って殿下と面識のある僕の元に相談に来まして……。
彼らが言うには自分達の売り上げが低迷したことで、善意で雇っていた豊かとは言えない民を養えなくなってしまう、と。
このままでは近い将来、彼らが雇っていた大半の者達が職を失いかねないので、どうか殿下にご相談して欲しい、と頼られてしまい……ただの友人でしかない僕が出来ることでは無いと繰り返し言っているんですが……。」
「…………」
それでもっ……と縋り付かれまして、と神妙な表情で語るアシュレイの言葉にセレスティナの中で合点がいく。
「その方々が取り扱っている既存のシャボンと新しいシャボンとの住み分けは十分に出来ていると思うのですけれど……?
わたくしが取り扱う新しいシャボンは王侯貴族向けの物、彼らが扱うのは一般大衆向けといったように。
第一、わたくしが取り扱うシャボンはとある条件を含めた上で販売しておりますので、決して安い値段ではありません。
ゆえに、その縋り付いて来たという方々が現状の雇用を維持するだけの売り上げの大半は十分に残っていると思いますわ。」
違いますか?、と華美では無い青いドレスに合わせた濃紺の扇で口元を隠したセレスティナは、スウッと紫苑の瞳を細めてアシュレイへと問いかける。
「殿下のお言葉はご尤もです。
ただ、一部の貴族のご婦人方が離れたことで売り上げが低迷しているのも事実。
相談に来た彼らが憂うのは自分達の売り上げでは無く、路頭に迷うかもしれない憐れな民のこと。
……どうか、それだけは信じて頂きたいのです。」
アシュレイは申し訳なさそうな表情を浮かべ、静かに頭を下げた。
暫し考えを纏めるように逡巡したセレスティナはパタン、と音を立てて扇を閉じる。
「……当事者を含めずにこれ以上言葉を交わしても得るものは無いかと思います。
フォルト子爵、後日改めて当事者の方々を含めて話し合う場を設けましょう。
円滑に話を進めるためにも、既存のシャボンの売り上げ、わたくしが関わりだしてからの売り上げの推移、人件費などを含んだ必要経費を纏めて事前提出を求めます。」
「……格別のご厚意を賜り、有り難う御座います。
必ず当事者達に伝え、速やかに提出するように働きかけます。」
当事者を含めて話そう、と提案したセレスティナへ、感謝の言葉と共に深々と頭を下げたアシュレイ。
「いやあ、安心しました。
僕としては、こんな案件を持ち込んだら殿下のご機嫌を損ねてしまい、怒りを買ってしまうのでは無いかと戦々恐々でしたから。」
頭を上げたアシュレイの顔には再び困ったような笑みと独特の飄々とした雰囲気が戻っていた。
「わたくしはそのようなことを致しませんわ。
それとも、フォルト子爵はわたくしがそのように狭い了見の持ち主だと?」
「いえいえっ、滅相もありません!
殿下は相変わらずお優しくて、お綺麗で……ただ、少しだけお変わりになったかなあ、と思いましたけれど……」
他意は無いんですよっ、と慌てた様子で胸の前で両手を振るアシュレイの姿に、セレスティナはクスクスと笑みを漏らしてしまう。
「ふふ……では、フォルト子爵。
後日改めてお会い出来ることを楽しみにしておりますわ。」
真面目な雰囲気を霧散させ、アシュレイへとセレスティナは微笑を浮かべるのだった。




