第三話
「「失礼します。」」
王の言葉を合図に入室して来たのは二人の少女だった。
「第一騎士団長、ランドルフ・バッファムが娘、アレクシェル・バッファム、勅命により馳せ参じました。」
肩よりも少し長い位置で切り揃えられていた黄金の髪を一つに結び、強い意思と自信に満ちた紺碧色の瞳。
あの夜はドレスを着ていた細身だがしなやかな筋肉の付いた身体に、真紅の騎士服を身に纏い、細剣を腰に吊るした、アレクシェル・バッファム。
「恐れ多くも陛下より伯爵位を賜っております、ウォルター・グランドが娘、イザベラ・グランド。
同じく勅命により参上致しました。」
薄紫色の髪は肩よりも少し長く、ふんわりとした頭頂部から流れるように細くなる襟足が細い首をより強調し、知的な光を宿す蒼色の瞳。
無表情であるがゆえに人形めいた印象を受ける顔立ち、漆黒の宮廷魔導師のローブに小柄な身体を包んだ、イザベラ・グランド。
廊下に控えていた二人は執務室内へと入り、王だけでなく立ち並ぶ面々へと頭を下げた。
動と静、そんな対照的な雰囲気を纏う二人の少女に注目が集まる。
「うむ、アレクシェル・バッファム、イザベラ・グランド、面を上げよ。」
「「はっ」」
王は二人の少女へと頭を上げるように命じ、セレスティナへと視線を向けた。
「セレスティナよ、王妃エリザベートからの進言もあり、そなたへの護衛を増やす。
元々そなたの侍女であり、専属の影であるミオンに加え、この両名を専属の護衛として側に。
異性よりも、同性の者達の方が身近な護衛としては何かと良かろう。
アレクシェル・バッファムについては、そなたの祖父でもある王国騎士団元帥、エドワード・クルス・マキシミリアン侯爵の推薦であり、イザベラ・グランドはサフィール老師の推薦である。
彼女らはベルフィーユ学院を卒業したばかりではあるが、元々幼き頃より特別にそれぞれ騎士団や魔術師団に混じり、鍛え上げられた傑物でもある。
そなたの護衛としての人格、実力、後援、全てにおいて申し分なかろう。」
「……お心遣い頂き有難うございます、陛下。
世情に疎いわたくしでも、お二人の活躍は聞き及んでおりますわ。
その才能ゆえに特例的に騎士団や魔術師団への所属を認められた方々だと。
特に、バッファム嬢に関しては、我が祖父でもある……元帥がその才を見出し、幼少の頃より鍛え上げた鬼才だと。
それに、グランド嬢はオリントス老師の血縁の方で、十代半ばの身ですでに高位宮廷魔導師並の実力の持ち主だとわたくしも聞いております。」
セレスティナの護衛にと二人の少女を紹介する王へと、セレスティナは笑顔で答える。
「そなたの言う通り、あの……マキシミリアン元帥の本気の地獄の指導に死な無かっ……耐えることが出来た希少な才能の持ち主である。」
妻であり、王妃であるエリザベートの実父の姿を脳裏に思い浮かべた王は、ある意味伝説とも言うべきその武勇伝の数々に遠い目をしてしまう。
現在も王国騎士団を束ねる元帥であり、侯爵でもあるその人物は、王国最強の実力と容赦無い鍛錬で知られ、王国中の騎士達の憧れであると同時に畏怖の対象である。
「ひょっひょっひょっ。
イザベラは我が孫の一人で有り、儂が後継と認め、幼き頃より鍛え上げた二人のうちの一人。
儂にはまだまだ及ばぬ実力では有りますが、幼い頃より実戦を積ませておりますゆえ、そんじょそこらの魔導師よりもはるかに実力はありまする。」
遠い目をしてしまった王の言葉を引き継ぐように老師が、数人いる娘の一人が産んだ孫であるイザベラについて飄々と語り出した。
「アレクシェル嬢が騎士団の鍛錬に混じり始めたのは十歳頃からでしたか?
元帥閣下だけでなく、当時の騎士団長達が面白がっ……その才能に目を掛けて幼き頃より鍛え上げていました。
それと……あまり前例のない話ですが、その頃には身体強化も容易く習得して見せたとか。
その上、騎士としての戦い方だけでなく、それ以外の様々な戦い方を学ばせるために武者修行のようなこともされていましたね。」
まさに元帥に並ぶ規格外の例外中の例外の人物ですよ、とアスランは苦笑してしまう。
「(騎士や宮廷魔導師を普通に目指すならば、ベルフィーユ学院を卒業後にそれぞれの学院にさらに通うか、才能があればそのまま入団という流れです。
それをベルフィーユ学院に入学する前から、それぞれ騎士団や魔導師団に関われるなど余程のこと。
こういう方々を俗に言う“チート”と言うのでしょうか……?)」
老師やアスランの言葉を聞きながら、セレスティナは取り止めのないことを考える。
セレスティナにとって重要な今後増える可能性が高い命の危険に対する防衛力の強化は素直に有り難かった。
誰かを盾にしたり、犠牲にしたい訳では無いが、セレスティナとて死にたい訳では無い。
自己防衛のために自身を鍛えるという選択肢も選ぶつもりだが、どうしても病弱な身体では時間も、体力も、何もかもが足りなかったのだ。
「……うむ。
バッファム嬢、グランド嬢にとって、此度の命は青天の霹靂だったやもしれぬ。
おそらく聡明なそなた達は、この命に含ませておる複数の意味合いにも気付いておろう。
だが、我らがそなた達の実力を認めていることには事実で有る。
ゆえに、第一王女という重要な存在の護衛を任せる意味を違えることは許さぬ。
若きそなた達に重責を背負わせることは忍びないが……勅命で有る。
第一王位継承者たる第一王女、セレスティナ・スノウ・ベルフォードを命を賭して必ずや守り抜け。」
遠い目をしていた王が気持ちを切り替えたのか、居住まいを正してアレクシェルとイザベラへと威厳に満ちた言葉をかける。
そんな王の強く、覇気に満ちた姿に自然と頭を下げ、アレクシェルとイザベラは最高位への礼の形をとった。
「ご心配には及びませぬ、陛下。
私のような未熟者を王女殿下の護衛に選んで頂き光栄にございます。
我が剣にかけて必ずや王女殿下の御身をお守り致します。」
「……私も、バッファム嬢と同じ気持ちで御座います。
……浅学の身ゆえ……至らぬ点も有るかと思いますが、誠心誠意、王女殿下の護衛を務めて参ります……」
己の言葉に礼を返すアレクシェルとイザベラへと王は満足げに深く頷く。
そして、二人に向けていた視線を再びセレスティナへと向けた王は、微妙に納得出来ていないような表情で嫌そうに口を開いた。
「…………加えて、そなた専属の近衛であるランスロットは此度の一件の汚名を返上するためにも、すでにアスランの指揮の元で任せた案件もある。
それゆえに……多少思うところはあるが第二騎士団長にそなたの警護の責任者を任せようと考えておる。」
セレスティナは内心を隠すつもりの無い苦虫を噛み潰したような表情の王の様子に目を瞬かせる。
「……本来、王族の近衛の役目を背負っているのは第一騎士団なのだが……王妃よりのたっての希望にて第二騎士団長を護衛の責任者とすることとしたのだ。」
どこか納得のいかないような顔の王の言葉に周囲の側近達も苦笑してしまう。
側近達の中でも、神官長であり、王弟であるクリストフは視線を王とセレスティナから外し、遠い目をしていた。
「……陛下、それはもしや……」
数年以上前からセレスティナ専属の近衛騎士であるランスロットの名誉回復のため、を口実にした王妃の思惑が透けて見える人事に、セレスティナは頬だけでなく声もが引きつりそうになる。
脳裏に人畜無害な淑女の仮面を被った王妃の微笑が浮かぶが、セレスティナはその仮面の下の策士な笑みを垣間見た気持ちだった。
……なぜならば、王妃がもう少し己の動向や資質を見て決めると考えていた一つの“未来”を叶えようと画策し、セレスティナの逃げ道を塞ぎ初めていると強く感じたのだ。
王妃が王に進言したのは、ただ単にセレスティナの護衛の強化だけでなく、第一王位継承権を持つ病弱な王女が女王となるための一つの布石…………
「失礼する」
セレスティナが王妃の思惑を感じ取り、回避を試みようと王へ発言しようとした時を狙ったかのように、執務室の扉が開かれる。
「第二騎士団長、ジェダイト・ヴォルフ・ベルフォード。」
開かれた扉の先にいた人物、それは王弟クリストフ・ヴァン・ベルフォードの第一子であり、第四王位継承権の持ち主である王族の一人。
「勅命により参じました。」
艶やかな黒髪の間から覗く氷のように冷たいアイスブルーの瞳と怜悧さが漂う端正な顔立ち。
冷ややかな鋭い刃の切っ先にも似た雰囲気を纏い、漆黒の騎士団の正装に包まれた細身だが鍛え上げられた身体。
「…………」
切れ長の鋭い眼が一瞬だけセレスティナへと向けられた気がしたが、王へと頭を下げるジェダイトの視線を確かめる術は無かった。
「うむ……面を上げよ。
すでに聞き及んでいると思うが、そなたにセレスティナの護衛の指揮を任せることとなった。
加えて……そなたとセレスティナの婚約が正式に決まったことも存じておるな。」
「把握しています。」
感情を抑えた王の言葉に対し、頭を上げたジェダイトは淡々とした声音で返す。
「そうか……。
急な婚約にお互い戸惑っているとは思うが、少しずつ互いのことを知っていけば良かろう。
……なに、焦ることは無いのだ。
成人しているとはいえ、まだまだセレスティナは異性との関係に疎い面もある。
そう……全くもって焦る必要はないのだから、そこら辺の事情を十分に、十・分・にっ!
理解した上で、清く、正しい、順番と礼節に則った交際を続けてゆくのだぞ!」
『…………』
まずは交換日記から始めると良いぞ!、と真剣な表情で王はジェダイトへと訴える。
その王としてではなく、目に入れても痛くないと断言出来る愛娘を嫁に出したくない父親の本音をふんだんに盛り込んだ言葉に、部屋にいた全員が本音を押し込め無言を返した。
「正式な婚礼の時期は決めてはおらぬが、第二王子……いや、すでに第一王子とあの子はなるのだったな。
レグルス第一王子に帰国するように一報も入れておる。
王子の帰国に合わせて様々なことが動き出すだろう。
ゆえに、決して、けっ・し・てっ!
慌てず、騒がず、ゆっくりとっ、お互いの理解に努めていくように!」
「……御意」
これでもか、と念を押す王の言葉を受け入れ、ジェダイトは感情を表すこと無く“是”と答える。
「…………」
そんな感情を見せないジェダイトの横顔をセレスティナは静かに見つめるのだった。
……そして、乙女ゲームの知識のないセレスティナの預かり知らぬことだが、主人公が期待している新たな三人の攻略者が遠くない未来に揃おうとしているのだった……。




