第十一話
白亜の王城にある第一王女へと与えられた一角に、セレスティナの執務室はある。
伝統を感じる王の重厚な雰囲気の執務室とは違い、王女の執務室は瑞々しい朝摘みの花々が生けられ、柔らかな印象を受ける家具で揃えられている。
そんな王女の執務室には、病弱な王女へと割り振られた数少ない政務を捌き終え、別の書類と睨めっこするセレスティナの姿があった。
「ひーさま、あいつらの処分が告げられましたね。」
「私も同僚から話を聞きましたけど〜、最後まで色々やらかしちゃったみたいですねえ〜。」
麗らかな春の陽気に誘われて開かれた窓から爽やかな風が入ってくる。
セレスティナは己の白銀の髪を風がくすぐるのを感じながら、己の護衛でもあるランスロットとミオンの声に苦笑を浮かべてしまう。
「……私と同じようにライナスも王族の一人として厳しく躾けられていたはずなのに……。
本当に、恋は盲目とはよく言ったものですわね……。
お陰さまで、私の方も色々とお誘いの手紙が増えて困ってしまいますわ。」
やれやれ、といった口調で話す忠実な部下二人の言葉に、セレスティナはため息混じりに答える。
あのライナス達が起こした一件や、その一端の決着が付いた前後より、セレスティナへと様々な立場の者達からのお誘いの手紙が引っ切り無しに届いているのだ。
「ひーさま、ちょ〜人気者っすねぇ。
まさに引く手数多って感じじゃないですか。」
ヒュ〜、と飄々とした笑みを浮かべながら口笛を吹き、己の主へと手紙を送った貴族の名前を念入りに確認するランスロットの目は、肉食獣が獲物を狙っているかのように鋭かった。
「はんっ!
いやですよぉ〜、ミオンちゃんは!
散々あのアホ王子と仲良くしてたくせに、今更セレスティナ様に擦り寄ろうだなんて虫のいい奴は嫌いですぅ〜。
…………薄汚い真似をするネズミはさっさと処分したくなっちゃいます。」
ランスロットに続き不機嫌な表情で告げられたミオンの言葉は、どこか危険な気配を纏っている。
「ふふふ……」
第一王位継承者と交流を持ち、信用を得て、その権力を利用しようと企む者達。
もしくは、悪意を持ってセレスティナの失脚を虎視眈々と狙っている者達。
そんな悪意や罠を警戒してくれているミオンとランスロットの心がセレスティナは嬉しかった。
「二人とも、私のことを心配してくれてありがとう。
ミオンとランスロットが側にいつもいてくれるから、私は安心して過ごせていますわ。」
「セレスティナ様〜!
私がセレスティナ様のお側にいることも、お守りすることも、当たり前です〜!
セレスティナ様のためならば、頼れる侍女にも、優秀な暗殺しゃ……じゃなくてぇ、影の護衛にだってなりますよぉ!」
「ひーさまは俺が剣を捧げた唯一無二の主ですから。
忠誠を誓う主をお守りすることは騎士の誉れ。
……まあ、騎士がどうとか以前に、俺の趣味の理解者でもあるひーさまを失いたくありませんからね。」
本当にありがとう、と微笑むセレスティナに、ミオンとランスロットは嬉しそうに笑う。
「そう言えば、ひーさま。
王座についてひーさまはどう思ってるんすか?
今までのひーさまならば聞かなくても望まないって分かってましたけど、今のひーさまなら、ねえ?
ひーさまが王位を継ぐことを望まれるなら、俺達はひーさまの邪魔をする奴等を凪ぎ払ってでも、全力で応援しますよ?」
邪魔な二番手は勝手に自滅しましたしね、とニヤニヤと笑って問い掛けるランスロットへとセレスティナはにっこりと微笑む。
「昔も、今も、何一つ変わらないわ。
私が王位を望むなんてありえません。
病弱なこの身で王座などという重責は背負いきれませんもの。」
一寸の隙もない完璧な笑顔のセレスティナの言葉にミオンとランスロットは顔を一度見合わせ、セレスティナに負けない良い笑顔を浮かべる。
「「ひーさま(セレスティナ様)、本音は?」」
「王様業なんてお断りです。
……嫌ですよ、私は。
自分の判断一つで何百、何千、何万の命が消える責任を四六時中背負わなければならない職業なんて。
しかも、定年退職……退位出来るのは王位を任せることが出来る次の優秀な生け贄、もとい、次代の存在が産まれるまでなんて言う不明瞭な条件。
その上、王位を欲しがるアホに命を狙われ、魑魅魍魎のような貴族との駆け引き……心休まることのない針の筵に座るような生活をしたくありません。
私個人の意見ですが、王座も、王冠も、あんなものある意味タチの悪い呪いでしょうに。」
一寸も動かない完璧な笑顔で二人へと答えたセレスティナの言葉に、ランスロットは吹き出し、ミオンはポカンとした表情を浮かべてしまう。
「ぶふっ!
ひ、ひーさま、ははっ……王座が呪いって、ふっ、くくくくっ」
「……呪いの王座……。
一応なりとも、過去現在、たくさんの人間達が血で血を洗うような凄惨な骨肉の争いを繰り広げる、誰もが欲する王座がタチの悪い呪い……」
それぞれに反応を返すランスロットとミオンの姿にセレスティナは小さく微笑み、柔らかな日差しが入ってくる窓へと視線を向ける。
前世の記憶を得たセレスティナにとって、王位というモノは全くもって魅力的に映ることはなかった。
「(王位を継ぐなんて私には向きませんわ。
私が継がずとも優秀な第二王子がいますし、お父様だってまだまだ現役なんですもの。
焦って答えを出す必要は無いと思う私は、ゆっくりと考え過ぎなのかしら?)」
セレスティナにとっては、王位云々よりも先に今後起きるであろう神輿を失った派閥からの嫌がらせの方が気になっている。
「(王位には興味は有りませんけれど、降りかかる火の粉を排除するための“武器”は必要ですわね。
……それに、前世の記憶と比較すると、どうしても劣ってしまう生活環境を向上するために再現したい前世の知識も有りますし。
やりたいことを王女の立場の私が行うには、それなりの実績と発言力が必要ですわ。
……その結果、王位に近付くことになっても、他の候補者に押し付け、じゃなくて、譲れるように努力致しましょう。)」
今後の己のやりたいことを脳裏に思い浮かべ、同時にセレスティナは前世の記憶へと想いを馳せる。
「(やはり……ここは現実ですわ。
あの子の言っていた乙女ゲームに酷似している可能性は確かに有りますが、己で未来を選択し、切り開かねばならない現実であることは間違いありませんわ。
……彼女はその真実に果たして“いつ”気が付くのでしょう?)」
すでに決められた運命も、物語も有りはしない、今生きるこの世界も現実でしか無いと、主人公と自負する同郷であろう少女が気が付くのが、残酷な処刑台の上でないことをセレスティナは祈るのだった……。




