第九話
高くそびえる塀に囲われたベルフォード王国の王都の中心部にある白亜の王城。
その王城内にある謁見の間に幾人かの貴族達が集められていた。
謁見の間にある王座と王妃の席には瞑想するように閉眼した国王レオナルドと、セレスティナに瓜二つの儚げな月の女神の如き美貌に静かな微笑みを浮かべた王妃エリザベートが座っている。
そして、その背後には王と王妃を守るように第一騎士団長ランドルフと副騎士団長であるアスランが控えている。
騎士達に守られる王と王妃の前に並ぶように集められた貴族達は、誰しもが口を開くことなく沈黙を保っていた。
「父上!」
そんな沈黙に支配された謁見の間に一人の若者の声が響く。
「父上、お呼びとのことでライナス・フラン・ベルフォード、参上致しました!」
謁見の間の入り口である重厚な飾りが見事な扉が警護の兵達により開かれ、ライナスを筆頭に一人の令嬢と四人の若者達が続いた。
「……来たか。」
レオナルドは閉眼していた目を開き、感情を消し去った王としての眼差しをライナス達だけでなく、その場に集まった者達に向ける。
「父上!
早速ですが、昨夜の一件に関して改めてご報告を……」
すぐにでも自身の考えを父であり、王であるレオナルドへと伝え、同意して貰いたいのか、逸る気持ちを隠すことなく挨拶もそこそこにライナスは口を開こうとした。
「…………」
しかし、ライナスの言葉を遮るようにレオナルドの右手が上がり、静止の意を示した。
主張したくて堪らない言葉を途中で静止されたライナスは、一旦口を閉じて訝しげな視線をレオナルドへと向ける。
全く不満感を隠すことが出来ていないライナスへの失望感を強くしながらも、レオナルドは謁見の間に集まった貴族達一人一人へと確かめるように名前を呼び始めた。
「我が末の弟であると同時に、我が国の神官長にして第四王位継承権を持つ、クリストフ・ヴァン・ベルフォード。」
「はい、我が兄である偉大なる陛下。
クリストフ・ヴァン・ベルフォードはここに。」
黄金の髪に、青い眼、穏やかな雰囲気を纏い、華美ではない清廉な神官服に身を包んだ人物が礼をする。
「アーガスト侯爵家当主、ロナルド・アーガスト。」
「はい、陛下。」
亜麻色の髪に、青い瞳、無害で人に好かれそうな笑顔を浮かべ、特徴的な金縁の片眼鏡をかけたアーガスト侯爵家当主が礼節にのとった礼を返す。
「筆頭宮廷魔導師にして、賢者と名高き、サフィール・オリントス。」
「はいですじゃ、陛下。」
筆頭魔導師の証である山吹色のローブに身を包み、白髪を綺麗にまとめ、藍色の眼に好奇心と知性の輝きを宿し、長く豊かな髭が目を引く、生き抜いた年月を感じる皺の刻まれた顔に飄々とした笑顔を浮かべた老人。
「我が王国が誇る騎士団の第三騎士団長、ガノン・レパード。」
「はっ!」
生真面目だが、どこか人の良さそうな雰囲気を纏い、王国の騎士団長の証である騎士服に武人らしい体躯を包んだ茶色の短髪、青い瞳を持った騎士が素早い動きで最上級の礼をとる。
「伯爵家当主、ダニエル・リンジャー。」
「はい、陛下。」
居並ぶ貴族達の中で武人と言う訳では無いのに大柄な熊のような体躯、小麦色の髪に、茶色の瞳を持つ派手ではないが、品の良い貴族服に身を包んだ人物が答えた。
「フェイツ男爵家当主、エリック・フェイツ。」
「は、はい!」
茶色の髪の生え際に油汗を浮かべ、若草色の眼をソワソワと落ち着かない様子で動かす、やや小太りな体型の凡庸そうな人物が慌てた様子で答える。
「宰相であり、シェパール公爵家当主、グウェンダル・ロイド・シェパール。」
「ここに。」
そして、最後に呼ばれたのは普段以上に不機嫌そうな表情と冷え切った瞳のグウェンダルだった。
「……。」
己が呼び出した昨夜の一件に関わる者達の保護者達を前にレオナルドは静かに頷き、同時にジリジリとした眼差しを向けてくる息子の姿にため息をつきたくなる。
「……っ!」
そんな父親の心境など察することはないライナスは、口を開きたくて堪らない様子だった。
……さらに加えるならば、一応卒業の舞踏会の場でセレスティナに礼儀作法についてたしなめられたはずの男爵令嬢ステラも口を開きたい様子だった。
「……昨夜のシェパール公爵令嬢に対する一件に関し、様々な人物より報告を受けておる。
未だにその一件に付随する事実解明が足りぬ部分は多いが、シェパール公爵令嬢に対する謂れなき仕打ちについて第一王子を含む者達へ処罰を言い渡すこととした。」
ライナスより提出された報告書と決して言えない公正性に欠け、提出者の主観と感情にまみれた文章を読んだため、口頭で主張したい内容は推測できてしまう。
それゆえに、さっさとライナス達へと判決を言い渡し、レオナルドとしては笑えない一連の騒動に終止符を打ちたかったのだ。
「待ってください、父上っ!
私達を処罰するとはどういうことですかっ!?」
自分達の味方になると無条件で信じていた父親の言葉に驚愕し、ライナスは思わず責めるように大きな声で問いかけてしまう。
ライナスより背後にいるステラや側近候補の若者達も、驚いた様子で王と自分の親へと視線を忙しなく動かす。
「もしや、私が提出した報告書が届いていなかった……?
そうか、そうなんですね、父上っ!
私は昨夜の公爵令嬢に対する一件だけでなく、それに至るまでの諸々の出来事に関した事実を纏め上げ、今朝提出致しました!
それをお読み頂ければ私達の行動理由を理解して頂けていたはず!
そうでなければ、公爵令嬢の罪を正そうとした私達を処罰するなど……」
「発言させて頂いてもよろしいかしら、陛下?」
報告書を読んでいれば自分達を処罰しようとするのは可笑しい、とレオナルドへ詰め寄りそうな勢いで話すライナス。
自分の考えが正しいと疑わないライナスの言葉を遮り、穏やかだが凛とした響きを宿した声音が響いた。
「我が王妃よ、発言して構わぬ。」
己の言葉を遮る王妃へとライナスは苛立たしげな視線を送り、そんなライナスを無視してレオナルドは王妃エリザベートの声に耳を傾ける。
「ありがとうございます、陛下。
わたくし、思いますの。
どうして、陛下の許可を得ることなく第一王子は言葉を発しているのでしょう?
陛下が直々にお呼びになった、この一件に関わる貴族の皆様だけしかいないとは言え、陛下は私的な場とは一言もおっしゃておりませんわ。
それにずっと気になっていたのですが、私室ならば兎も角……謁見の間で陛下に対して父上呼びは如何なものでしょうか……?」
「っ!」
わたくし、不思議でなりませんの、と首をかしげるエリザベートの言葉に、ライナスは己の失態を悟り唇を噛みしめる。
「っっ!」
悔しげな様子のライナスを庇おうと背後にいるステラが勢い良く口を開こうとするが、それが音になる前に一番近くにいたルイスによって口を塞がれた。
「余は発言を許した覚えはないし、このような場で父と呼ばぬ分別程度はあると思っていたが、余の見込み違いであったようだ。」
エリザベートの言葉にレオナルドは同意を示し、冷たい眼差しを俯き押し黙ったライナスへと向ける。
「ふむ……礼儀作法について、この場でそなたに忠告する気にもなれぬ。
……何だったか……そう、そなたから提出された報告書だったか?
それならば安心するが良い、確かに我が元に届き、中身に眼を通した。」
レオナルドの己の報告書を読んだという言葉に、ライナスは俯いていた顔を勢い良くあげる。
そのライナスの表情には、希望か期待の感情が浮かんでいた。
「あのような物は報告書とは呼ばぬ。
一方的な己の主観と感情論で綴られただけの文章など信頼性に欠け、参考にする価値を見出せん。
第一、シェパール公爵令嬢の罪とは何を指す?
そこの男爵令嬢へ苦言を呈したことならば、婚約者の立場として当然のこと。
貴族の息女に似合わぬ言動を諌めたことも、決して行き過ぎた内容では無かったと実名付きで多くの証人が証言しておる。
……第一王子よ、何か反論はあるか?」
「わ、私の報告書が価値がない……。
しょうこ……証拠ならば有ります!
ステラの証言と、ステラが襲われた賊がシェパール公爵家の家紋が付いた剣を持っていました!」
レオナルドの言葉に衝撃を受け、傷付いた表情を浮かべたが、すぐに気を取り直してライナスは証拠はあると反論する。
ライナス達が保管していた方の証拠の剣をフレドリックから受け取り、謁見の間にいる貴族達にも見えるように掲げてみせる。
「片方の当事者の言葉が証拠になると?
その令嬢のベルフィーユ学院での素行を調査したが、余だけでなく調査書に眼を通した者すべてが眉をしかめる物だったのだがな。
それと、その剣が証拠だと?
シェパール公爵家の家紋は確かに“双頭の鷹と剣”。
だが、その証拠という双頭の鷹の足の指の数がそれは明らかに違う。
それがシェパール公爵家の家紋に似せた紛い物だと、第一王子であるそなたは見抜け無かったと?」
「まがいもの……そんなはずは……!?」
レオナルドの言葉が信じられないと言った様子で、ライナスは顔色を青ざめさせる。
「……もう良い、第一王子よ。
これ以上の発言は許さぬ。
昨夜の騒動の首謀者であるそなた達に処罰を申し渡す。
側近候補の立場で有りながら、シェパール公爵家令嬢への謂れなき責めを諌めることをしなかったサミュエル・ビルス・ベルフォード、ルイス・リンジャー、直接シェパール公爵令嬢に危害を加えたフレドリック・レパード、ダレン・オリントス。
リンジャー家当主からの提案を認め、ルイス・リンジャーは廃嫡。
サミュエル・ビルス・ベルフォードは王位継承権の剥奪。
フレドリック・レパード、ダレン・オリントスは、各両家からの除名。
ステラ・フェイツは生涯修道院へ入ることに加え、父親であるフェイツ男爵の爵位を一つ降格。
そして、第一王子ライナス・フラン・ベルフォードの王位継承権剥奪、及び王族からの除籍を命じる。」
絶句するライナスやその背後の若者達へ、様々な感情を抱いているであろう貴族達の前でレオナルドは淡々と判決を述べるのだった。




