閑話二
同じ大陸内にある他の国々に比べても、大国であるベルフォード王国。
そんな大国に相応しい広さと設備を誇る王立の学び舎、ベルフィーユ学院。
広大な敷地内の一角には立派な学生寮が建てられている。
「予定外の事柄は有ったが、あれ程の貴族達の前で婚約破棄を宣言したんだ。
すぐにでも、正式に私とあの女との婚約は破棄されることになるだろう。」
その学生寮の中でも特に豪華な部屋の主であり、第一王子であるライナスは大きく柔らかな椅子に座り、足を組み不遜な態度で笑う。
「……そうですね、殿下。」
自分の思い通りになると信じて疑わないライナスとは違い、机を挟んだ真向かいの椅子に座る人物は表情を曇らせている。
「サミュエル、姉上のことならば気にする必要は無い。」
「そうでしょうか……?」
ライナスがサミュエルと呼んだ、黄金の髪を持ち、若草色の瞳、少女のように優しげな美貌を持つその人物はまだ納得できていない様子で麗しい顔を曇らせ続けていた。
「私たちの従兄弟であるそなたならば知っているだろう?
昨夜の姉上は、精一杯の虚勢を張っていたに過ぎない。
今頃きっと自室で体調を崩しているか、私への不遜な言葉の数々を後悔しているだろうね。」
ふふん、と自信満々に答えるライナスの言葉にサミュエルの心が軽くなっていく。
「ふふ、確かにそうですね。
僕はあまり王女殿下と関わることは無かったですが、それでも彼の方が儚く繊細な心の持ち主だということは存じています。」
ライナスの頼もしい言葉に微笑を浮かべたサミュエル。
そんな彼は現王の弟である神官長を父を持つ王族の一員であり、第六王位継承権を持つ存在。
「もしかしたら、公爵令嬢に脅されていたのではないでしょうか……?
そうでなければ、あの気弱な王女殿下がライナス殿下に逆らうとは思えません。」
もし脅されていたなら可愛そうですね、と一度は微笑を浮かべた美少女のように綺麗な顔にもの憂げな表情を浮かべるのは、ライナスとセレスティナの従兄弟であるサミュエル・ビルス・ベルフォードだった。
「どこまで卑怯な真似をあの方はなされるのか。
そうやって、ステラのことも今まで脅してきたのでしょうか?」
サミュエルの言葉に賛同し、続けるように発言した、ライナスの寮内にある自室に集った最後の人物。
小麦色の髪に、青い瞳を持つ、華やかで整った甘い顔立ちの好青年。
「そうだとすれば、私はステラの幼馴染として……やはり公爵令嬢を許すことが出来ませんね。」
男爵令嬢であるステラの父親が懇意にしていた伯爵家の子息、ルイス・リンジャーが普段浮かべている女性受けする笑みを消し去り怒りを耐えるように呟く。
「本当に酷い話だよね。
何の罪もない人達を自分の意のままに従わせるために脅したり、傷付けたり……。
きっと神様はシェパール公爵令嬢の悪事も、ステラ嬢の善行も、全てを見ていたから僕達に気が付かせてくれたんだと思います。」
天へ感謝の心を伝えるようにサミュエルは目を伏せ、手を組んで祈りを捧げる。
父である神官長の跡を継ぐために、学院を卒業後は神官の一人になる予定のサミュエル。
今後の将来的にも神に仕えるという選択肢はない予定のライナスとルイスは、信仰深いサミュエルの真面目に祈る姿からなんとなく眼を逸らす。
サミュエルから眼を逸らしていたライナスだったが、己の婚約者だった公爵令嬢に対する苛立ちのために不快そうに眉を寄せる。
「ルイス、君の気持ちはよくわかる。
私も同じ気持ちだからな。」
許せないというルイスに同意の意を示し、決して短くは無い時間を共にしたはずの嘗ての婚約者だった公爵令嬢に対し、ライナスは忌々しいという感情を隠すことなく吐き捨てた。
「今思えば昔から彼女は己の評価を上げるために周囲の罪なき人々を踏み台にして来たのだろう。
幼く未熟だったといえ、私も一時はアレのことを幼馴染のような関係であり、未来の花嫁と思っていた。
だが……成長するにつれて、アレは特に何の努力もしていないくせに周囲に王妃に相応しいと囃し立てられ、慢心していったのだろうな。」
初めて出会った幼い頃、ライナスは決して婚約者のことが嫌いでは無かった。
しかし、成長に伴って始まった王や王妃として必要な勉学の多くでライナスはルクレツィアに劣る状況が続いたのだ。
教師達よりルクレツィアと比較され、たしなめられることが多くなり、その存在自体が徐々に目障りになったのかもしれない。
「私がもっとしっかりしていれば、防げた悲劇もあったかもしれない。
……そう、悲しい思いをさせてしまったステラのように……」
一応なりとも自国で一、二を争う公爵家の令嬢が相手であるゆえに表面上は気にしないふりをして日々を過ごしていたライナス。
そんなライナスは王国の貴族や王族の子息令嬢達が一定の年齢になれば通うことを義務付けられている学び舎の一つで、まさに運命のような出逢いを果たした。
忌まわしい婚約者と真逆の素直で天真爛漫、優しく、思いやりがある己の庇護が必要な少女。
ステラのことを知れば知るほどに、ライナスは惹かれていく自分を止めることが出来なかった。
そして、野に咲く花のように可憐なステラは王子という立場など関係なくライナスという人間が好きなのだと頬を染めて告げてくれたのだ。
「必ず……必ず、私達でステラを守ろう!
父上にはすでに昨夜の騒動についての経緯を纏めた報告書を提出した。
第一騎士団長に渡した証拠の剣は、此方側にもう一振りある。
アレが決定的証拠である家紋の付いた証拠の剣に小細工しようとしても、此方側のものにまで手は出せない。」
決して公爵令嬢の好きにはさせぬ、と強い思いを宿した瞳でサミュエルとルイスへ視線を向ける。
「此処にはいないが、フレドリックとダレンとも密に連携を取らねばならない。
きっと彼らも私たちと同じ気持ちだろう。」
ライナスは謹慎を申し渡されているがゆえに、この場に来ることが叶わなかった二人の仲間を脳裏に思い浮かべる。
第三騎士団長の三男であり、焦げ茶色の髪に、青色の瞳を持つ精悍で、生真面目な雰囲気を纏った、高潔な騎士を目指す将来有望な頼りになる己の右腕、フレドリック・レパード。
賢者と称えられる筆頭宮廷魔道士の孫であり、その後継者であると噂されている濃紺色の髪に、藍色の瞳を持つ美しくも、妖しい、毒を含んだ花のような魅力を宿した知的な人物、ダレン・オリントス。
可憐で、優しいステラという少女を中心として、強固な絆を結んだライナスの頼もしい側近達。
「その通りですね、殿下。
私も必ず健気で優しいステラを守りますよ。」
「僕も同じ気持ちです、殿下。
心優しく、清らかなステラ嬢には必ずや神のご加護があるでしょう。」
ひたすら真っ直ぐにステラのことを信じ、守ると宣言するライナスの言葉に賛同し、サミュエルとルイスは一点の曇りのない笑顔を浮かべて頷くのだった。
……だが、ライナスは知らなかった。
ルクレツィアは婚約者だけでなく、周囲の者に決して努力する姿を見せないようにしていたことを……。
未来の王妃という重責を担うために難しい学問にも、厳しい礼儀作法にも、唇をかみしめて耐え続けていたことを……。
だが、ルクレツィア自身は隠しているつもりでも、血の滲むような努力に周囲の者達が気付かない訳がない。
そうして見つめれば、どうしても側室に甘やかされ、本人だけが努力しているつもりのどこか甘いライナスが見劣りするのはしょうがないことだったのかもしれない……。
「絶対にステラは私が守ってみせる……!」
大切な存在を守ると心に誓う覚悟を宿したライナスの言葉は、広い部屋の中に響いて消えるのだった…………。




