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第二回:平等という名の抑圧。

第二回:平等という名の抑圧 というお題です。


今回は、共産主義が何故に抑圧される社会構造になるのかを

考えてみたいと思います。

ども、柗本保羽です。


小生柗本保羽が気になったことをボヤくこのエッセイ……なんてほどの大したものではない能書きコーナー、

『ぼくのかんがえたさいきょうのよろん』第二回。


今回は、『平等』という恐ろしい単語について考えてみたいと思います。


さて、この単語、よく耳にするところでは、『法の下の平等』とか、そんなあたりでよく耳にしますね?

まあパっと聞いた言葉の意味。それは言わずもがな『均等な配分』『均等な権利』を意味する言葉です。

日本国憲法では、第一四条に定められた、社会通念上の権利を意味する言葉で、貴族階級の禁止といった、主に『差別』の反意語として使われています。


 つまり現在、主にこの『平等』という言葉は、言い換えれば『差別しないで』という意味で多用される言葉であるわけです。

 元々、この言葉の語源は、仏教用語で、仏教における最終到達点である『真理』の前には、俗世の事はすべて同じようなもの、平らである。という意味で使われているものでした。

 それが転じて、均等な分配を意味する言葉になるわけです。


 で、この言葉、所謂『左巻き』の方々や、『社会主義・共産主義者』が大好きな言葉で、それ以外には、『自分が抑圧されてきた』と思っている方々が多用したがる概念で有名です。


 特に社会主義・共産主義では、労働者階級の開放と、プロレタリアート独裁を掲げて国家独立や、組織の旗揚げをする際に、まあほぼ一〇〇%間違いなく、この『平等』という言葉を使います。


 嗚呼素晴らしいですね。平等。何事にも差別される事のない国。そして社会! 理想郷!

 運動会でも差別があってはいけない! なので、みんなで仲良く、トップもビリも、かけっこでお手手つないでゴールをしよう! テストで頑張った順位を張り出したりなんぞすりゃ、勉強のできない子がかわいそうではないか! これすべて平等の精神に反する! 日○組バンザイ!


 ……みたいな。


 まあ……なんと言いますか……齢を経て、世の中の道理がわかってくると、この『平等』を声たかだかに叫ぶ方々を見ると、正直『頭おかしい』のではないかと最近思うわけであります。

 なぜなら、『お前らに必要なのは、【平等】ではなく【公平】だろ』と……。


 公平というものは、基本その前提になる状況において、全てか『均等』な状況ではありません。即ち個々の『差異』『個性』というものは容認されるという前提があります。

 そこで各個がとある事象や現象を享受しようとする際、その立場の上下、貧富はあるにせよ、その機会に偏りがあってはいけない。つまり依怙贔屓や、特権優先があってはいけない。仮に特権優先事項があった場合は、正しく事前に告知する、といった『偏りがあってはいけない状況』を公平と言います。


 なので、私はこの『平等』と言う言葉をあまり好んで使いません。

 それこそ本当にこの『平等』という言葉が正しく使われる状況というものは、拙作『銀河連合日本』でのティエルクマスカ連合のような、全てに満ち足りた万能社会にでもなった状態でなければ本来使ってはいけない言葉ではないかと、昨今思うようになってきました。


 まず、社会主義・共産主義者(以降めんどいので共産主義者で統一)がなぜこの言葉を好んで使うか? それは『平等』という名の『強制』を、国民に体よく強いることができるからであります。


 みなさん、不思議に思ったことはありませんか?


 共産主義とは、労働者階級がみな平等で、開放された素晴らしい楽園、そしてそんな国、社会体制であるはずでしたよね?

 そらもうみんな『平等』に働いて、『平等』の賃金をもらい『平等』の配給制度で生活が保証され、『平等』な年金生活が保証される社会。


 で、そんな夢のような政治体制を標榜した地球上の国家がどんな国かと言えば……


○ソビエト社会主義連邦共和国

○中華人民共和国

○朝鮮民主主義人民共和国

○キューバ共和国

○ベトナム社会主義共和国

            ……etc


 まあ他諸々ございますが、大体ろくでもない国ばっかりというのが第一印象です。

 で、なぜかこれらの国々に必ず100パーセント存在するのが……


『秘密警察』


 というもの。

 そうです、この秘密警察の存在こそが、共産主義の『平等』を担保する源泉であるという事があまり知られていません。


 例えば、共産主義は『平等』でなくてはいけませんから、もしお隣さんが、コッソリと配給品を売って商売で儲けていたりなんかすれば、『平等』を脅かす一大事です! なので国民は秘密警察へチクることで、『平等』を守り、国家に貢献するのです! めでたくお隣さんはチェーカーにしよっぴかれ、拷問収容所送りで再教育。平等の尊い価値をおもいしることになります。


 その他、共産主義国では、国民のファッションも、みなが統一して楽しめるように、国家が『平等に』統一して決めます! なので、誰かが国家の決めた流行を無視したファッションをキメた日にゃ、国民の受ける『平等』を脅かす一大事です! 正義の秘密警察にチクって再教育しましょう!


 ……と、これが共産主義的、もしくはそれに順じた左翼的『平等』の源泉なのです。

 従って左翼革新系が『平等』を口にした場合、彼らの意味する『平等』とは、まあ大体上記のようなものを意味するものと思ってください。

 なので私はもう最近迂闊に『平等』という言葉をあまり言わなくなりました。もし同じような意味で、今の日本で使うなら『公平』ですよね。


 なので、知り合いに友人などを観察すると、この『平等、平等、平等~!』という言葉を使う輩というのは、みな決まって……よくよく聞くと、


『自分基準で統一しろ』


 という意味で使っている場合が多いという現実に行き当たります……早い話が『自分のエゴ基準』=『平等』なわけですよ。

 それは『公平』というものとは、全く異なるものなのです。


 そう考えると、この『努力した人』も、『怠け者』も、強制的に誰かの基準に強制させられる『平等』という言葉は、自由や博愛と相容れない概念なのではないかとさえ最近思ったりします。

 確かに『自由』は平等を強制しませんものね。従って自由の機会は『公平』であるべきです。


 みなさんは、どう思いますか?




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