国境の町
青の大陸には三つの国がある。
ここバージム国の南にあるネガーラ国。その二つの国の東側に添うように細長いベルラーダ国がある。
「ダニエル様、ネガーラの港町はきっとどこも、大変ですよ。この国とベルラーダ国は互いに王女を嫁がせていますからね。今回亡くなった王妃は、ベルラーダ国王の妹君。どうなるんですかねぇ」
大変そうな話しだと思うが、ジルは呑気にそう話す。
「友好国でしたからね。不安な国民はネガーラに流出するでしょう。受け入れに制限が掛かるでしょうね。謀反と違って戦争は命の危機感が違います」
神官様は少し暗い表情で、前を見つめている。
「港では待たされそうですね」
「でしょうね。バージムさえ出る事ができたら、そう急ぐ必要もないのですよ。ゆっくり船を待ちます」
私は御者台で神官様とジルの間に座らされている。国境の町に入る門までは、まだ、しばらくはかかりそうだ。
門までの行列は、ゆっくり進むので、幌の中は危険らしい。
荷物を奪う者や、荷物に隠れて門に入る者がでてくるのは、国境の町ならではだという。
門では札を改めるだけではなく、荷物の検査まであるらしい。
時期が時期なので、仕方がない。
ルベは幌の中にいる。
時々、後ろの方で人がはじき飛ばされているようだが、神官様が見てはいけないと言うから、気にはなるが退屈な前の景色を見ている。
「ベス、国境の町には屋台や露店があるぞ。行こうな?」
「屋台?」
「ああ。道の左右にずらっと並んでいるんだ」
「楽しみ!」
「もうすぐ門だからな。退屈だろうが、我慢しな」
「はい」
日本のお祭りのあれだろうか?
そう言えば、風邪をひいてお祭りに行けないので、兄にイカ焼きを頼んだら、タコ焼きを買って来た事があった。名前が似ているだけで、全く別物のそれを見て、二人で大笑いした記憶がある。
タコ焼きはないだろうが、イカ焼きはあるだろうか?
ようやく門に着いてほっとしたが、門番の兵士たちの鋭い視線に、思わず神官様の腕に抱き付いた。
「大丈夫ですよ」
神官様にそう言われたが、私はいろいろとやましかったり、後ろめたかったりするのである。私のせいではないが。
門では札を見せて、兵士が荷物をさっと見るだけで、通る事ができた。
「ベス、あなたの出生届は私が提出したのですよ? 言いましたよね?」
「はい」
確かに聞いたが、重要な事だったのだろうか。
「ベスは白の大陸の民です。それは、教会本部にエリザベスの籍があるという事なのですよ? ベスが罪を犯していなければ、あなたを無闇に拘束する事は、できないのですよ」
「でも、魔力が高いと捕まるのでしょう? ルベの餌にしかならないのに……」
横でジルは吹き出しているが、本当に今のところは、それが事実なのである。
「白の民に魔力の低い者はおりません。罪を犯さない限り、魔力を測定される事はありませんよ。魔力は生まれてすぐに名前とともに届けられます。二人と同じ魔力を持つ者はいませんからね。十歳で魔力量をはかりますが、特別な量でなければそれも届けられません」
魔力は指紋扱いのようだ。異世界は不思議だ。取りあえず鼻紋でなくて良かったと思う事にした。鼻紋測定などされるのは嫌過ぎる。
「神官様、ところで白の民って何ですか? この国の人は青の民ですか? 私の国籍はどこになるのでしょう?」
「この大陸の親から生まれた子供は青の民ですが、それは国籍がなかった時代の話ですよ。今は国籍がありますからね。ただ白の大陸には、国がありません。一年中、雪に覆われていますからね。白の大陸は教会本部が国であり町なのです。ですから白の大陸に籍のある者は、白の民と昔から変わらず呼ばれています」
見た事もない祖国は、随分と寒そうだと思った。頭の中では南極基地とイヌイットのドキュメンタリー番組が交互に浮かんでいた。
神官様のアザラシ料理……。いつかは私も食べるのだろうか?
「ダニエル様、教会が見えましたよ」
「それでは、この辺りで降りましょう。この姿で教会にはいけません。明日の手続きはしておきますから、二人で出国してください。ジル、ベスを頼みましたよ」
「お任せください」
神官様は私たちを見送ると、脇の道に消えていった。
平民姿でも十分神官としての品位はあると思うのだが。
「さて、馬車を取り換えて、宿を探すか。この町は宿も多いからな」
ジムは住み慣れた町を行くように、馬車が通る事のできる裏道を進んだ。
馬車の止まった場所には、まるで、瞬間移動でもしたかのように、見覚えのある酒場があり、木箱にお爺さんが腰を下ろしていた。
少しだけ違うのは、お爺さんがほんの少し若い気がするところだろうか?
「そろそろだと思って、待っていたぞ」
「すまないな。馬はあるか?」
馬好きのあのお爺さん? いや、少し若いだろうか。
「出るばかりで、入ってこないからなぁ。品薄だが、訳ありの良いのがいる。ネガーラの国境の町まで持っていってくれるなら、金は手数料だけで良いがどうする? 向こうはこっちと違って馬は余っているから安いぞ?」
ジルは少し声を潜めて言った。
「やばい話か?」
「いや。貴族様だ。箱馬車だが、家紋はねえ。平民の馬車で王都に向かった」
「なんで、そんなもんがこの裏道にあるんだ?」
第三者の私には、やばそうな話ですが……。
「持ってきたのがグドーだったと言えば分かるか?」
「あいつのなら大丈夫だろうな。分かった。見せてくれ」
「ところで宿はどうするんだ? 主は一等を用意しているぞ?」
前の宿なら、煮込みに注意するだけだと思った。
ルベもカバンでいる必要がないし、一緒に食事ができるのである。
「どうする?」
私が拒否をしないと、知っているからだろう。ジルが笑顔で尋ねる。
「ここなら安心ですから、お願いしましょうよ。探す時間で、屋台が見られるでしょう?」
「ああ。俺も楽ができる」
ジルは数分で戻ってきた。
馬車と部屋の確保はできたようだが、看板もないこの酒場や、裏で馬や馬車を用意している彼らは何者なのだろう。
父さんの仲間だと言っていたが、ジルって何者?
ルベも神官様も信頼しているが、良く考えるとジルの事を全く知らない自分に驚いた。同じ部屋で寝ているのに……。
馬車が行き交う、石が敷き詰められている大きな道。大きな店や、宿が建ち並ぶその脇道にそれはあった。どこからこれだけの人が湧いたのかと思うほどの混雑だった。
「手をつなぐぞ? 迷子になったらこの赤い柱を目指して来い。逆の入り口は青い柱が立っている」
「何を支えるためにあるの?」
「ん? 迷子を支えるためだな」
嘘をつけ。心の中で悪態をついて、ジルを見上げた。
「本当だって。そんな目をするな。屋台はな、許可を取ってやっているんだ。そこの店を見て見ろ。木札が下がっているだろう? あれは赤の右一番と書いてあるんだ。赤と青の柱が基準だから、店を探す目印になる。親子連れはここで、俺たちみたいに、はぐれた時の約束をするんだ。いろんな意味で支えているだろう?」
「うん」
確かに迷子放送はないだろうから、賢明な方法だと思う。
子供になると、人混みは大人の体で視界がきかない。十歳の私ですらそうなのだから、小さな子供はどれほど不安だろうか。
親から離れた心細さと、大人のお尻しか見えない世界。
あれほどの高さがあるなら、人混みから店の方によれば柱は見える。大人も方向を教えるだけで済むのである。
大小のテントがずらりと並んでいる。
売っているのは生鮮食品や日用雑貨や衣類だ。
日本の縁日が頭にあったので、少し驚いたが、これは市場に近い気がした。
その隙間に、木箱や敷物の上に商品を並べている人たちがいる。
「あれが露店だ。彼らは横の屋台に許可をもらってはいるが、登録はしていない。例えば、あの屋台は衣類を売っている。横の露店では手作りのアクセサリーを売っている。どうだ? うまくできているだろう」
この世界は村でもそうだが、平民は新品の服などは着ない。古着を染めたり、手直しをしたりして着るのである。
子供は皆、お下がりをきている。それは第一子でも同じで、近所の子供のお下がりもあるのだ。親の服を仕立て直して着る事もある。最後の雑巾になるまで、布は無駄なく使われる。
「何か欲しい物はあるか?」
「見てるだけでも十分楽しい」
「何も買わなきゃ、つまらないだろう?」
「だって……。お金を持った事がないの」
「金の心配をしていたのかぁ? 持っていないのは知っているさ。ベスの分は、ダニエル様からもらっている。あの宿は普通の宿の半分で泊まれる。おまけに、今回は馬車もタダだしな」
「おねだりしてもいいの?」
「ああ。任せろ」
私は本当に、欲しい物がある。それはきっとここにあると思ったから、勇気を出して言ってみる事にした。
「男の子の服が欲しい」
「あん? なんでだ?」
「ズボンをはいてみたい」
「変わったやつだな。まぁ初めてのお願いだしな。買いに行こう」
この世界の女性はスカートしかはかない。大人は足首までの長さで、子供は膝と足首の間。膝は見せないのである。
十年も暮らせば慣れはするが、電化製品のない世界で、一日中スカートで家事をこなすのは大変だと思っていたのだ。
旅に出ると、スカートが一層、邪魔になった。
ジルは大きなテントの衣類店に、私を連れて行ってくれた。
「この子にあう男物を見せてくれ」
「いらっしゃい。うちは試着室があるんですよ。中にどうぞ」
その女性は中に入ると、大きな衣類の山から、私の体に合いそうな物を、取り出してきた。
「こんな組み合わせはどうかしら?」
「足首をひもで縛るズボンはありませんか?」
「ああ、なるほど。ちょっと待ってね」
彼女はまた、その山から服を取り出した。
「これはどう?」
「それがいいです」
「男物は初めて?」
「はい」
「じゃあ。下着がいるわね。膝下まである下着じゃ、着られないでしょ? 男の子用で、少し長いのがいいわね」
「はい。ありがとうございます」
この世界の女性は、薄い木綿の下着を着る。
タンクトップの下にスカートが付いたようなもので、大人は上下が別々だが、子供はワンピース型なのである。長さが膝下まであり、夜はそれだけで寝る。
村では寝る時用の衣類を見た事がない。
赤みの強い茶色のズボンと、少し赤みのある薄い灰色のチュニックを、試着させてもらった。
「ジル、どうかなぁ?」
彼は目を大きくして、うなずいてくれた。
「おお、似合うじゃねぇか。姉さん、もうひと組、かわいいのを選んでくれ」
「お嬢さんは何を着ても、きっとお似合いですよ。お顔立ちがかわいらしい方ですからね」
「だよなぁ」
「ジル! 真に受けないで……」
私は恥ずかしくて、大慌てでジルの袖を引いた。
その店の女性が、楽しそうに笑った。
二セットの服を買ってもらい、その横の露店でズボンと同じ色の、髪用のひもを買ってもらった。
髪を束ねるゴムがないこの世界は、少し伸び縮みするように編んだひもか、革ひもを使うのだ。
ジルは、小さな子供にするように、それから、お菓子をたくさん買ってくれた。
旅先で食べるフルーツを買って、私たちは今夜の宿に向かった。




