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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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悲しいほどに優しい心

「十五歳で試練を受けさせられ、帰らなかったあなたがいたから、主神官としてダニエル様は、ご自分の人生の十八年を、本部から私を守るために使おうと、お決めになったのだと思いますよ。言葉で言うほど、短い時間ではありません」


「私が兄だと、いつお気付きになったのですか?」

 真顔で聞く風さんに、誰でも気が付くとは言いにくい。

「お会いしてすぐにでしょうか。そして、この草笛で確信しました。東の神社で、お婆さんが言っていたのです。十五歳の優しい流れ人が草笛を吹いていたと」


「エリザベス様は里の言葉がお分かりになるのですか?」

「ええ。完璧にね」

 日本語は前世の母国語ですと、言葉にはできませんが。


「それは、うかつでしたね。私は戻れないと知っていて、海を渡ったのですよ」

「海? お婆さんは渡り人は空間を渡って来ると言っていましたが」


「四区にある始祖の教会から、東の神社へは空間を渡って来ますが、このショウカ国はラベーナにあるのですよ」

「あっ! ここって船も通れない、神の領域?!」


「その通りですよ。この島がある場所には、魔素がありません。ですから、体に魔力が常に流れているものは、ここには近寄れないのです」


 ラベーナ神はこの世界を造る時に、ショウカ国も作ったと風さんは言った。

「なぜそんな事を?」

「魔力は何らかの要因で、大気中にとどまると、その濃度が増すらしいのです。そうなると、魔物は巨大化して、災害級の魔物に変化するようです」

 ラベーナ神は、それが原因で滅んだ世界を、数多く見てきたらしい。


「人の探究心って、侮れないと思いますよ。このショウカ国を、隠し通せるのでしょうか?」

 神の領域に挑んでいる人たちは、いつの時代にもいると聞いている。


「ラベーナ神は隠してはいませんよ。現にこの島国から事故で空間に流れた民が、今の四区の始祖と呼ばれる人たちなのですから」

「え? では四区の魔素が薄いのも? 彼らの中にはこの島を知っている人がいるのでしょうか?」


 四区の人たちの肌色と、米文化や低魔力はショウカ国の流れだと聞かされれば、納得ができる。

 だとしたらショウカ国の話が、昔話にでも残っていそうだと思ったのである。


「四区の魔素は、事故が原因だと聞いています。記憶については、エリザベス様も経験したでしょう?」

 風さんは、苦く笑った。


 記憶がなくなり、最悪、命を落とす事はお婆さんに聞かされた。

 それが、魔力を持つ者に現れる症状なのだろう。

 魔力の器を持っていない者は、魔力の吸収ができないので、生存は難しいと風さんは言った。


 四区の先祖たちは、偶然魔力の器ができた生き残りの者で、彼らはこの島の記憶を、子孫に残さなかったようである。


「それで? 大神官候補と獣神官候補が、試練を受ける場がどうして命懸けなんですか? 魔力の高い大切な逸材もいるでしょう?」

 風さんは、少し困ったように笑った。


「神や四神獣に正式に選ばれている者は、命を落とす事はありません。私のように陰謀により送られた者を、ラベーナ神は帰さないのです。そして、うぬぼれや悪意で送り神官を利用した者を、神は許しません」


「それを風さんは、知っていたのですか?」

「ええ。私の家は高魔力者を多数、輩出する家系ですからね」



 風さんは三兄弟だったようだ。

 風さんが十三歳も時、高魔力で主神官をしていた長男が、大神官となったようである。

 早くに亡くなった両親に代わって、年の離れた二人の弟を守ってくれる優しい兄だったと、風さんは懐かしむように言った。


「十五歳になった私はある日、幼い時から私と弟の面倒を見てくれていた、大好きな神官とその友人に大切な話があると呼ばれたのです」


 大神官になった者の家系に、高魔力者がいる場合、その家系が地位を独占する事を許さない派閥があると、その神官は言ったようだ。

 新しい大神官が就任する度に、ていの良い殺人が起こるのだと、風さんは聞かされたらしい。


 風さんはその年、学園の入試の魔力測定で、最高の魔力数値を出していたようで、風さんとその弟の命を狙う者の手から、すでにかばえる状況ではないと、神官たちはすまなそうに告げたと言う。。


 風さんは、他国に行っている兄を待つ余裕もなく、弟であるダニエル様を連れて、神官たちと逃げたらしい。

 しかし、本部から神官に送られてきたのは、学園に入る時の魔力検査の数値と、本部が発行した獣神官候補の、試練決行日通知だったと言う。


「獣神官は四神獣に認められた者と聞いていますが、なぜ本部が?」

「ラベーナ神が大神官にお告げになる事が最優先です。本部にいないはずの兄が発行した、試練決行日の書類でした」


 神官たちに、兄弟で初の大神官と獣神官になれば、誰にも手出しはできないから、十二歳の弟を守るためにも、試練に挑めと説き伏せられたようである。

 だがすでに、兄から試練の話を聞かされていた風さんは、そこで初めて、祖父の友人でもあったその神官たちが、既に味方ではない事を知ったのだと言う。


 試練から逃げても、子供二人の始末には困らないだろうと考えた風さんは、弟を守る事にしたようである。

 試練までは、二人の安全は確保されているのだ。

 風さんは、二人に見つからないように、兄に真相を書いた手紙を出したが、試練の日がきてしまったようだ。


 風さんは送られる日、ようやく二人っきりになれたドナート様に、訳を話してダニエル様を託し、ドナート様はそれを引き受けたと言う。

 全てを聞かされていないダニエル様は、風さんが無事に戻ると、疑ってはいなかったようだ。


「待ってください。神の山にいるっていう事は、許しがあったのですよね?」

「ええ。確かに額に赤いアザがでました。ですが……」

 それは全てを知った、大神官である長男の悲しみを、神が聞き届けたようだ。


「私はここで聞かれたのです。全てを忘れてこの国の民として生きるか、それとも、全ての思い出を持ったまま、この山と神殿のために尽くすかと……」


 生きて帰る選択肢はなかったのだ。

 覚悟を決めていたとはいえ、それはどんなにつらい選択だっただろう。


「忘れる方が楽だったでしょう?」


「兄と弟が、あの海の向こうにいるのです。二人の幸せを祈る事が許された身の上に、不服などはありません。こうして、ダニエルの大切なエリザベス様にも、お会いできました」


 風さんは私を通して、今のダニエル様を知る事ができたが、ダニエル様にとっては十五歳で死んだ、悲運の兄のままなのだ。


「私は風さんの事を、ダニエル様に言っても良いのでしょうか?」

 風さんは、少し寂しそうに笑った。


「諦めていた者が、生きていては、また心が騒ぐでしょう。私の事が傷になっているのでしたら、エリザベス様が元気に戻ってやってください。私の話はダニエルの傷を広げるだけです。それに話す事は、おそらくできないでしょうね」


「どう言う事ですか?」

「このショウカ国での時間は、全て記憶に残らないのだと聞いています。ここから無事に戻る事が試練に合格した、証しなのですよ」


「ここでの思い出を消すなんてひどい。東の神社でも、とても良くしてもらったの。初めて一人で登山もしたのよ。風さんとも知り合えた。それを全部忘れるなんて嫌よ、絶対!」


 風さんは、まるでダニエル様のように、困った顔で優しく私をみつめた。

「きっと、おなかがすいているのでしょう」

 その言葉を、私は幾度聞いただろうか。

「ダニエル様と同じ事を言うのですね?」


「あの子はおとなしい子でしたが、おなかがすくと、とても悲しい顔をしましたからね。私はオムレツ位しか作れませんでしたが、それでもいつも笑顔になってくれました」

 懐かしそうに、風さんはそう言った。


「私にも作ってください。風さんのオムレツ」

「そんな物で良いのでしたら、作って差し上げますよ」

 私たちは、庭から神殿の奥に移動した。


 風さんは、料理人たちに何かを話した後、手早く料理を始めた。

 出来上がったオムレツを食べた私は、涙を堪えたくて、きつく目を閉じた。

 ダニエル様のフワトロのオムレツは、私の小さい時からの大好物で、その味は、この優しいお兄さんの味だったのだ。


「どうしました?」

「これと同じオムレツを、食べて育ちました。だからこそ、私には分かる事があるんです。ダニエル様はこのオムレツから感じる、お兄さんの気持ちが大好物だったんですよ」


「そうなのでしょうか。そうでしたら嬉しいですね」

 風さんにとって、ダニエル様はたった一人の、守るべき存在だったのだろう。

 そんな兄の気持ちを、分からないダニエル様ではない。



 四区の教会に向かう部屋は、床だけが石で、壁がないかのようだった。

 ただ、その風景が異様に見える大きな要因は、四つの色違いの鳥居だと思う。

 ご丁寧にこま犬までいるのである。こま犬とは認めたくないが……。


 青い鳥居にはカメとトラ。赤い鳥居にはトリとライオン。黒の鳥居にはヘビとゾウ。白い鳥居にはキツネとオオカミである。悪ふざけだろうか。


「それでは、エリザベス様。お好きな鳥居からお戻り下さい。ちなみにどの鳥居を選ばれても、安全に戻る事ができます」

 風さんは、本気で言っているのだろうか。

 しばらく風さんを見ていたら、そっと微妙な表情をして笑った


「それなら、四つも鳥居はいらないですよね? どう見ても、鳥居は大陸の色のようですが」

「ラベーナ神からのお祝いが違うのだと聞いております。私には戻った経験がありませんので、分かりかねます」

 風さんはズルイ……。


 鳥居の前のこま犬が違っているが、その祝いが何かが分からなければ、選びようがない。

 そう言えば、ルベの会話が途切れた最後の言葉が“オオ”だった気がする。

 私はオオカミとキツネのこま犬がある、白い鳥居を指差した。


「あの白い鳥居にします」


 私はそれから、振り向いて風さんに抱き付いた。

「風さんを忘れたくない。ダニエル様も私も、風さんが大好きよ」

「良い獣神官になってください。あなたにお会いできて良かった」


「私のためにあの曲をお願いしても良いですか?」

「ええ。喜んで」


 私は風さんから目を離さずに、後ろ向きに歩いた。


 草笛に歌詞はない。

 美しい旋律を、少し高い声で草笛がうたっている。


 悲しいほどに優しい風さんの心が、いつか優しさに包まれますように……。









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