表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
64/185

ヒラリーの下宿屋

 久しぶりの馬車である。グープより馬は軽やかに走る。

 足元が砂ではないので、当たり前ではあるのだが。

 二人乗りの馬車が好きなのは、ダニエル様の横が、一番落ち着くからである。


「どうしたのですか?」

「うん。ダニエル様の横が、一番安心だなと思って」

「そうですね。私もベスがそばにいると、安心ですよ」


 私の安心と、ダニエル様の安心は、絶対に違うと思う。

 二人とも前を見たまま笑ったから、ダニエル様も同じ事を考えているのだろう。

 ルベはカーバンクルの姿で、私の膝で丸くなっている。


 第六区の港町を離れると、木々の中に、深い緑の針葉樹が混じっている事に気が付いた。

 ここは黒の大陸だと思うと、これからの旅も楽しみになってくる。


「ベス、寒くはないですか?」

「はい。マニージュ国が暑かったですから、こちらは過ごしやすいですよね。呼吸がとても楽です。今は春ですよね?」

 季節が春から夏に向かっているが、気温が低くなっていくので、思わず確認をしてしまった。


「もうじき夏がきますが、黒の大陸は夏でも、朝夕は過ごしやすいのですよ。四区、五区、六区は青の大陸のネガーラ国と、気候は似ていますからね」

 青の大陸で生まれ育った私には、それは嬉しい情報だが、気になる事がある。

「一区、二区、三区はどうなのですか?」


「青の大陸のバージムに、似ているでしょうね。ただ少し違うのは半年程、雪に覆われるところでしょうか」

「半年だけバージムに似ているのですね」

 それは似ていると、言わない気がする。


 バージムはサイユ村があった国。

 私は塀の中で暮らしていたので、広大な自然や、そこに流れる美しい山や川も知らずに育った。

 村長だった祖父や両親は、それでも外に出る機会はあっただろうが、双子の兄のウィリーは、それを見ることすら(かな)わなかったのだ。


『どうした?』

 ルベが私の手に、顔をすり寄せて聞いた。

 私の心が揺れると、ルベはすぐに察知してしまう。

「バージム国のサイユ村を少し、思い出していたの。ほら、逃げるように出てきたので、バージムの自然ってあまり覚えていないのよ」


「そうでしょうね。あの村にある自然は、とても不自然でしたからね」

「不自然?」

 サイユ村で育った私には、違和感はなかったのだが。


「サイユ村には、バージム国にはない植物や樹木があったのですよ。初代の村長のために、バージムの第一王子が、イーズリ国から取り寄せていたのです」

「後に初代の夫になった人ですよね?」

「サイユ村では、公然の秘密でしたけれどね」


 死んだ王子が塀の中にいるとは、誰も思わないだろう。

 城から派遣されていた警備の兵士は、それを口にする事は許されないのだから。


「今の私には、その二人の血が流れている?」

「ええ。ただ、前世の記憶を持つ人は皆、現世の親から何も受け継いでいない事は、判明されていますね。理由は分かっていませんが」


「ルベも分からないの?」

『それは……。ダニエル、ずるいであろう! 我は眠い』

 ルベはそう言うと、短い両手で頭を抱えるように、丸くなった。


 どうやら秘密ではなく、言いにくい事のようだ。

 親から何も受け継いでいなくても、母が産んでくれた瞬間の記憶がある私には、理由など急いで知りたい事ではない。


 六区を三日ほどで抜けて、二日前には五区に入ったが、国境がある訳ではなく、立て札があるだけだった。

 日本の県境みたいな物で、当然、景色が激変する事もなかった。


 素通りするには問題がないが、町や村に入る時には、お金が必要になる。

 それも十歳以上は、金貨一枚となれば高額である。

 素泊まりの宿なら、二日は泊まれる金額が一人分なのである。

 ただ一度払えば一月間、同じ区であれば、どこの村や町にも入る事ができる。


 もちろん、その区の住民と、その村や町に親族がいる場合、教会の神官は無料である。

 私が一人ならば、野宿を選択すると思うが、ダニエル様は私の分の金貨一枚を支払った。


「ルベがいるから、次からは外で待っています」

「それでは、私が寂しいでしょう? 付き合ってくださいね」

 私は呆れて横を向いた。

 そんな風に言われたら、無駄遣いをするなとは言えなくなる。


 五区の一番大きな町は、他の国の王都より小さいが、活気に溢れていた。

 大小の店が並ぶ大きな通りを抜けると、すぐに民家があり、どこの家の玄関脇にも花が咲いている。

 馬車は教会を通り過ぎてすぐの、一軒家の前に止まった。


 ダニエル様が馬車を下りて、私を馬車から下ろしたところで、家の中から年配の女性がでてきた。

「ダニエル様、お待ちしておりましたよ。まあ、ルベウス様が、抱かれていらっしゃるとは。では、そちらがエリザベス様でしょうか? とにかく中へどうぞ」


 女性は先に中へと入って行った。

 玄関横に階段があり、真っすぐな廊下の左右に扉はある。正面の部屋は広く、片面には台所があった。

 部屋の真ん中にあるテーブルには、十二脚の椅子がある。

 大家族なのだろうか。


「懐かしいですね。変わっていませんね、ヒラリー」

 それは家の事だろうか。それとも女性の事だろうか。

「家も私も若くはありませんよ」

 両方の事だったようだ。


「ご挨拶が遅れました。初めましてエリザベスと申します。どうぞベスとお呼びください」

「ご丁寧に、ありがとうございます。私はヒラリー。ご覧の通り小さな下宿屋をやっています」

 大きなテーブルは、大家族用ではなかったようだ。


 大きめのカップに、ミルクティーが注がれ、蜂蜜がテーブルの上に置かれた。

「好きなだけ入れてくださいね。五区自慢の蜂蜜です」

「はい、ありがとうございます」


 ミルクの香りにかすかに残っていた茶葉の香りは、蜂蜜を入れた途端に消えてしまったが、その代わりに甘い花の香りが広がった。

 この大量のミルクに、茶葉は必要なのだろうか。確かにおいしいが。


「ベスと一週間ほど、お世話になります。私は教会の仕事がありますから、日中はこの子を頼めるでしょうか」

「ええ、ええ。喜んで。女の子のお世話なんて、めったにできませんからね」

「いつも、むさ苦しい男ばかりですみません」


 私は下宿屋の知識がない。

 食事付きのアパートと考えていたが、違うのだろうか。

 大人の会話が続いているので、ルベに聞いてみようか。


『ルベ、この下宿屋って、宿屋じゃないのに、突然きても泊まれるの?』

『ああ、ここは一部の主神官だけが、自由に使えるのだ』


 ヒラリーさんの父親は、教会の管理人をされていた方で、最後の勤め先が五区の教会だったのだとルベは言った。

 とても信頼されていた方だったらしく、退職後、この下宿屋を建てた時に、ある主神官が専属の契約をしたようである。


 ヒラリーさんが、ご両親からこの下宿屋を継いだ後も、その主神官やダニエル様の部下たちが、この下宿を利用しているらしい。


「ダニエル様がお見えになったのなら、ジョンにも会えるのでしょうかね。ここ一年位、顔を見ていませんが」

「ええ。ジョンは二区からここに向かってますから、五日程で着くでしょう。私が任務中ですから、無理をさせています」


「ダニエル様の元で働く方たちは、それを意気に感じる人ばかりですから、見ていてこちらも、気持ちが良いですよ」

「私は手がかかりますから、それなりに大変なようですがね」

 どうやらジョンさんとは、各大陸で会った部下さんたちの仲間のようである。


 ダニエル様と私に与えられた部屋は、二階の一番奥にあった。

「私が丁度ベスの年頃に、この部屋をよく使わせてもらいました」

 懐かしそうに、部屋を見回しているが、ヒラリーさんはこの下宿で一番大きな部屋だと言っていたのだ。

「一人でですか?」


「いいえ、私の師と一緒でした」

「師って、師匠の事ですよね。勉強とか魔法を習っていたのですか?」

 ダニエル様が白の学園に入る前の事だろうか。

「特に何も教えてくださいませんでした。ただ、ともに息をしていなさいとおっしゃった。師のおかげで今の私はあると思っています」


 悪いが、その手の話は苦手である。

 山寺の和尚にも、仙人にも会った事はないが、もし、出会っても会話が成立するとは思えない。

 彼らの望む答えを、私はきっと持ってはいないと思うのだ。


 私の頭の中には、長い杖を持ち、白い髪と髭を長く伸ばして、雲に乗って飛び回る陽気なおじいさんがいる。


 私の師は生まれた時から、ダニエル様なのである。

 父さんと母さん以外で、私が信じていたのはダニエル様だけで、それは今でも変わってはいない。


 ルベは私にとって師ではない。

 守り神みたいな存在で、全幅の信頼を置いていると言っても過言ではない。


「ダニエル様の師匠は、今もお元気なのですか?」

「ええ。四区で神官をしていますよ。ベスにも紹介しますね」

「怖い方ですか?」

「いいえ。私は声を荒げた姿を、目にした事もありませんよ」


 四区は隣の区である。そして、ルベが私に見せたいと言った場所でもある。

 ここには、七日間お世話になるので、きっとその後で、向かうのだろう。

 これから初めて見るであろう風景と、既に私の脳内で仙人になってしまった、ダニエル様の師匠。


 しまった。わくわくが止まりそうにもない。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ