表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
45/185

砦の王都

 ダニエル様の得意料理であるクリームシチューは、ハーゲンたちの好物で、町で買ってきた、香ばしい黒いパンと共にだされた。

 シチューの鍋を囲むように、串で刺された魚は、塩のせいか所々に白い色を残しながら、おいしそうな焦げ色に変わっていった。

 私は皿に、ルベの魚の骨を丁寧に取って置いていく。


「あなたはいつから、人の子になったのです? ベス、魚はそのままでも、ルベは頭から食べる事ができますよ」

 ダニエル様はルベを見て言った。


「はい。でも、ダニエル様。ルベはこの食事ではどうせ足りないのです。皆が食べる物を同じように口にして、楽しみたいようですから、本当に人と同じように食べて、楽しんで欲しいと思うんです」

 小さく笑ってダニエル様はうなずいた。

「そうですね」


 ルベは何も言わずに、おいしそうに魚を食べた。

 それから、自分の手をなめて口の周りを拭った。

 汚れが軽いものはそうしてルベが拭うが、私はやはりそれでは落ちない汚れが気になって、手ぬぐいを使ってしまうのである。


 私は特別に母性が強い訳ではないと思う。

 小動物や小さな子供は、かわいいとは思うが、駆け寄って抱きしめたり、感嘆の声をあげたりする程好きではない。


 ルベは強い魔物で、私を無条件で守ってくれる。

 出会ってからのルベと私の中にある、信頼と愛情の深さは、日ごとに増すばかりだが、それをわずらわしいとは思わない。


 私の魔力など、どのような色で、どのような味をしているのか、分かりようもないが、その絆で結ばれている関係は、理屈ではなく心の奥が、理解している感じがする。

 血を分けた関係があるように、魔力を分けた関係は確かにあると、今は疑ってはいない。


 卵ソースに香草を少し入れて、ほぐした焼き魚をまぜてパンにはさむと、私はディランに差し出した。

「朝食にでる、焼いた魚を嫌わないでね」

 ディランは一口食べて笑った。

「嫌わないよ。夜、酒を飲みながら、朝の一品を作れそうだ。これはいけるね」


 ハーゲンはディランに一口もらって、目を細めた。

「エリーの味だね。うまい。彼女と違うのは骨が入っていないところだ」

「母さん、忙しいから……」

 皆の視線が“嘘をつけ”と言っているようで、いたたまれない。


 母さんは、何でもできる人だが、驚くほど大胆に手を抜くのである。

 小さい頃は、魚の骨と幾度戦っただろう、気が付けば不器用な父さんの骨まで、抜いていた記憶があった。

 皆はそんな母さんを、知っているようである。

 母さんがすみません……。



 盗賊を護送する集団を避けて、私たちは少し脇道を利用した。

 魔物も出没しやすく、少し遠回りになるので、あまり利用されないが、冒険者などは好んで利用する道らしい。


 ルベがいるので、ハーゲンたちは迷わず脇道を選択した。

 集団を追い抜くのは、いささか後ろめたいようだ。

 二人の無言の視線が、ダニエル様を責めていたが、ダニエル様は機嫌が良さそうにほほ笑みを浮かべていた。


「楽しいですね。出来上がりが楽しみです」

 馬車の荷台の天井から下がっているカゴには、果実を切って、ルベに軽く乾かしてもらったものが入っている。

 そうしないと、果汁が荷台を汚すからだ。

 この方法は、幌を上げて走る事ができる、この国以外では、難しいだろう。


『良い香りがする。自然の中にも、人の暮らす中にも、この香りの空間はない』

「そう言われると、そうですね。幌の中で果実を干すのは、ベスくらいでしょうからね。旅を楽しんでくれるので助かります」

 ルベの話しに、ダニエル様が笑顔で言った。


 私たちの旅は、乾燥果実が出来上がった一週間ほどで、最後の夜を迎えていた。

 明日は王都に入るのである。

「王都はどの位滞在するのですか?」

 食後、たき火の前で銘々が好きな物を飲みながら、王都の話になった時に私はダニエル様に尋ねた。


「少々やらなくてはいけない事もありますので、数ヶ月は暮らすでしょう。どのみち、マニージュ国はこの時期に入国するのは避けたいですからね」

 小首をかしげる私に、ディランが笑う。

「ベスだと暑くて、体が持たない。馬も使えない国なんだ。見渡す限り砂しかない場所を通って、王都まで行く」


「教室で教わった砂漠?」

「ああ、そうだ。昼は暑いが、夜は驚くほど寒い。魔物も巨大だから、旅の者は旅団を組んで王都まで行くんだ。まあ、マニージュ国の連中は、そんな事を気にはしていないがな」

 私があまり驚かなかったので、ディランは少し残念そうに言った。


 数カ月となると、宿には泊まれない。ダニエル様は主神官なのだから、おそらく教会に泊まる事になる。

 ルベはまた、カバンの生活を強いられると思うと、気が重たくなる。


 ハーゲンが私の顔を見て、小さく笑った。

「心配するな。王都の教会は人の出入りが多い。そんなところにベスを置いたりしないからな」

「はい」

 私は少しほっとして、ハーゲンを見た。



 翌日、王都の門を抜けて、馬車は大通りを進んだ。

 王都は当然、王城のある大きな町だが、その国により、その様子は違う。

 王都ラバーブは、まるで太陽が嫌いなのかと思う程、どの建物も窓が小さい。


 土色の建物は、小さく見えるが、大きさは他の町の建物より大きい。

 看板はあるので、大通りに面した建物は何かしらの商いをしているようだが、中は暗くはないのだろうかと気になる。


「ラバーブ王は、あそこにいるのですよ」

 ダニエル様の指差す先にあるのは、山から浮き出たような城。いや、山に同化する手前の城と言うべきだろうか、木のない山肌に作られている城だった。


「この国は豊かな森があるのに、なぜこの場所が王都なのですか?」

 王都に着くまで、どこの町や村も木材や石が、ふんだんに使われていた。

 この王都だけが、重たい雰囲気なのである。


「ここから国境の町まで、歩いても二日で到着する。この王都は別名を砦の王都と言って、隣国との通り道を塞ぐ形で作られている」

 ハーゲンが荷台の幌に、入ってきて言った。

「ひどい戦争があったの?」

 名前はすごいが、逆に言えば砦が必要なほど、物騒だという事になる。


「あの山々を見ろ、ラバーブ国とマニージュ国は暑いが、その暑さの質が違う。過酷な労働で富を得るか、のんびり生活をして、飢えない程度の蓄えを持つか、ベスならどちらを選ぶ?」


 その二択は嫌だなと思った。

 大人が問う仮想の二択には、時々試しが入るのである。

 そんな風に試されるほど、私は怪しい者ではないのだが。


「富がお金や宝石を指すなら、私はいらないかな。飢えない程度に周りの人たちと生きていけたら。幸せだろうと思うわ」

 ダニエル様が、私の答えに笑顔でうなずいた。


「その両極端の国が、山をはさんで隣同士になったのです。国王同士は昔から仲が良く、助け合って暮らしていました。国民や産物の流失は国を衰退させますから、それを食い止めるための砦だったのです」


「国民は国王のものではないのに……」

 ハーゲンが小さく笑う。すみません子供のざれ言でしょうね。


「確かにそうだが、マニージュ国は一攫千金を狙える国だと世界中が知っている。世界共通金貨の製造国でもあり、王都には、各国の大使がいる。悪党にとっては見過ごす事ができない国なのだ。ラバーブ国としては、ならず者や盗賊が住み着いて、国を荒らされたくはないからな」


「砂漠では暮らせないけれど、この国は、どこでも水や食べ物に困らないから、悪い人たちが隠れるには、良い場所になるのですね?」

 私は確かめるように、ハーゲンを見る。

「そう言うこった。それでな。ベスはルベウス様がそばにいらしても、本部としては心配らしい」


 ハーゲンはそう言うと、後はダニエル様に聞けと目配せをして、取りに来た荷物を持って御者台に戻って行った。

 どういう事だろうと、ダニエル様に続きが聞きたくて、顔を見た。


「マニージュ国には各国の大使が住む、家があるのですが、教会本部は教会だけを置いて、住居を持っておりません。本部は各大陸の有事に備えて、拠点となる家を持っているのです。青の大陸はネガーラに、そして赤の大陸はこのマニージュにあります」

 拠点のなる家はいるのだろうか、王都の教会などは、かなり大きいと思うが。


「使用するのには、本部の許可が必要という、全く使えない代物なのです。ですが、今回は悪乗りした兄のお節介が、珍しく、本当に珍しく役に立ちました。いつもこうだと良いのですが、兄に期待はできません」


 相変わらずの兄弟仲に、笑う事も出来ず、ルベを抱きしめた。

『お兄様が大好きだと、言っているように聞こえるの』

『あの兄弟の愛は(いびつ)で、楽しいぞ』

『分かるような気がする』


「ダニエル様、本部の家は皆で泊まれるの?」

「ええ。もちろん。ハーゲンもディランも初めて中に入るのですよ」

「ダニエル様は?」


「私の家は昔から、教会本部のそれなりの地位にいたのです。それで小さな頃から幾度か、この国にはきているのです」

 私は驚いてダニエル様を見た。

「主神官とは、継承できる仕事なのですか?」


「それは絶対にありません。ただ、主神官を輩出する家は、高魔力を有する者が生まれやすいのです。それでそのような誤解もあるのです」

 一瞬、ダニエル様は白の大陸の貴族なのかと思った。

 貴族だと言われれば、納得しそうな雰囲気の人である。


『白の大陸で生まれ育った者は、四神獣の力を自然に受け止める心も育っておるからな』

「すごいね。四神獣になんて会ったらどうすれば良いの? 死んだ振りとか? 真っすぐ走って直角に曲がるとか? 食べられない自信がないわ。ルベその時は、しっかり守ってね」


『四神獣は人を食ったりはせん』

 ルベは私を見上げた。

『ルベも見たでしょう? 空にいた三体を。大きな翼があって四本足の生き物よ。逆光で黒く見えただけだけど。神獣と言われているから強いと思うの! でも、大丈夫、いざとなったら、私がルベを抱えて逃げるわ!』


 ダニエル様が大笑いをしている。

「ベス、四神獣に会える人はわずかです。直接話せる人もほとんどいません。そして、四神獣全てと交流できる人は今、この世界にはいないのですよ」

「え? 人が人以外と交流する事の方が不自然でしょう?」

 ダニエル様は、時々、変な事を真顔で言うから困る。


「四神獣は基本の魔法以外の魔法を、管理されているのだとしたら?」

「怖さが倍増! 逃げるが勝ち。君主、危うきに近寄らず!」

 ダニエル様はガックリと肩の力を落とした。

 もっと良い言葉があったのだろうか。

 あまり賢くなくて、すみません。


「ベス、前を見てみろ。あの丘の家だぜ」

 ハーゲンの声に幌の前部を開けて、私は顔をだした。

「うわあ。貴族の家だね。それで私たちの暮らす家はどこ?」

 ハーゲンが風を切る音がしそうな勢いで、振り返った。


「素直にあの家だと思わないのはなぜだ?」

「ダニエル様のせいだろうね」

「……だな」

 ディランとハーゲンの会話は、穏やかな馬の足音に消されていった。


「ルベ、どんな家かなあ。皆で暮らせるって嬉しいね」

 私はルベを持ち上げて、顔をこすりつけた。

『そうか、嬉しいのなら良かったな』

「うん」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ