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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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迎えに行こう

「ダニエル様を、教会で待っていれば、良いのでしょうか?」

「この町の教会には、きっと行かないだろうな」


 この町にくる事以外、私は何も聞かされていなかった。

 急に、ダニエル様が離れたのは、ルベと私を守るためだと理解はしている。

「そう言えば、宿に泊まると聞いていた気がします。馬と馬車を替えるのが目的で、この町に寄るつもりでした」


「盗賊を捕まえたからな。この町の神官や領主が、ダニエル様を放ってはおかないだろうなあ」

 そうだろうと私も思うが、ダニエル様はその手の事が苦手なのである。

 きっと、逃げ出すだろうと思うと、思わず小さく笑ってしまった。


「しばらく、会えないのでしょうか?」

「それはないと思うが、今夜は無理だろうな。上等ではないが、安心できる場所がある。そこで待つとするか」


 上等ではないが安心できる場所と聞いて、ふと思い出して尋ねた。

「そこって、酒場ですか? 店の前の木箱に、馬の好きなおじいさんが座っているでしょうか? 酒場の二階が泊まれるようになっていて、店主が客を選ぶ宿ですか?」


「ジル……。ベスをなんて所に連れて行ったんだ、あいつは」

 ハーゲンは片手で額を押さえて、首を振った。

「二軒ともご飯がおいしかったですよ?」

「二軒だと?! 飯の問題ではない。女や子供が行く場所ではないだろうが」


 私は女で子供だが、どちらかというと快適な場所だったのだが。

 ルベとおいしいご飯が食べられて、眠る事ができれば十分なのだ。

 それに風呂などあれば上等の宿だと思う。

 私は宿に、それ以上を望んではいない。


 スプーンとフォークの看板がある店の前で、馬車は止まった。

「おう、ここだ」

 ハーゲンは馬車から私を降ろすと、その店の扉を開けた。


 古いが、手入れの行き届いた店内に、テーブルが八席。カウンターにも椅子があった。

 大きな窓から差し込む光の向こうには、庭があるようだ。

「いらっしゃいませ」


 その声がする方に顔を向けて、ハーゲンは表情をわずかに緩めた。

「アン、元気そうだな」

 アンと呼ばれた女性は、二十代の前半だろうか、濃い肌の色に明るい茶色の髪と目がとても映えている。

「あら? お子様連れとは珍しい。少しお待ちくださいね。父を呼んできます」


「ハーゲン。その様子だと人数は増えそうだな」

 先程の女性の両親だと、一目で分かる男女が、笑顔を浮かべて奥から現れた。

「ああ、ダニエル様をここで待たせてほしい」

「まあ。随分お会いしていませんが、寄ってくださるのかしら」

 ハーゲンの言葉に夫人らしい女性が、小さく笑った。


「この子を預かっているから、顔は見せると思うがな」

「それなら、広い方の部屋を使うと良い。飯はどっちにする?」

 ハーゲンは私の顔を見た。

「悪いが飯は部屋で頼む。俺は馬屋に行ってくる。馬車を店の前に止めたままだ。ベス、夕食までには戻るから、ゆっくりしていろ」


 店は表通りから少し入った、裏通りにあり、確かに道幅は狭い。

 急いで店をでるハーゲンを見送ったあと、アンさんが言った。

「母さん、私がこの子を部屋に案内するわ」

「そうね。頼むわ」


 私は紹介すらされていないと気が付いて、少し慌てた。

「ベスと申します。お世話になります」

「アンよ。さあ、行きましょう」

「はい」


 入り口の横にある扉を開くと、階段があった。

 アンさんは階段室に入ると、扉を閉めた。

「うちは宿屋じゃないから、二階に客は来ないのよ。安心していいわ」

「え? でもお客様がいました」


「うちは食堂だから、客がこなければ困るのよ」

「そうですよね。表の看板は確かに宿ではありませんでした」

「昔は祖父母が住んでいた部屋なのよ。今は私たちと裏の家で暮らしているの。階段はもう危ないから」


 店と住居を分けるための扉だったと知って、少し肩の力が抜けた。

 秘密の隠れ家を想像して、少し楽しくなっていたのは内緒にしておこう。

 さほど長くはない廊下の、左右と正面に部屋の扉があった。


「ここよ。鍵はテーブルの上にあるわ」

「鍵ですか?」

 祖父母が暮らしていたと聞いたばかりなので、私は首をかしげた。


「母さんはこの店の一人娘だったの。父さんは王都の店で働いていたから、友人が遊びにくるのよ。それで何組か泊まれるように鍵を付けたの」

 笑顔を向けられて、うなずいた。

 ここならばダニエル様も、人目を気にしなくて済むだろうと思った。


 空気を入れ替えるかのように、窓を開けたアンさんが身を乗り出した。

「あら? 明日から市場が開かれるようね」

「市場ですか?」

 私もアンさんの横で、窓から顔を出した。

 馬車で来た道の先にあるのは、広場のようで、人々が忙しそうに働いていた。


「盗賊が市場を荒らして、警備が追い付かなかったのよ。おまけに店の人や客がけがをして、人足が激減したの。それで皆、店を片付けてしまったのよ」

 市場はにぎわっていたのだろう。アンさんが寂しそうに言った。


「盗賊は人数が多かったようですから、食料が不足していたのでしょうか。村でも作って自分たちで作物を育てれば良かったのに」

 アンさんは楽しそうに声をだして笑うと、私を見た。


「それは良いわね。彼らが生まれ変わったら、そうするように言ってくれる人が、そばにいるように祈ってあげましょう」

「はい、そうですね」


 私はそんな事を言える立場ではない。

 人の命を奪っておいて、生まれ変わった後の幸せを祈るなど、おこがましいにも程がある。


『ベス、落ち着け! 大丈夫だ。ゆっくり息を吐け』

 私は呼吸を整えた。

『ごめんなさい。大丈夫』


 ルベとの会話が聞こえていないアンさんは、少し黙った私を気遣うように、優しい笑顔を向けた。


「あら、ごめんなさい。旅で疲れているでしょう。ゆっくりしていてね」

「いいえ、お話ができて楽しかった。ありがとうございます」

「私もよ。また後でね」

 アンさんはそう言うと、部屋をでて行った。


 ルベがカバンから獣の姿になって、テーブルに果実水の容器を置いた。

『飲むだろう?』

「うん。ありがとう」

『明日は市場があるのなら、ハーゲンと見に行くといい。部屋にこもっていては、退屈だろう。欲しい物があれば買うと良い。金は我から取り出せ』


 ルベがいるから一人でも良いのだろうが、私に何かがあると、守ろうと獣になったルベが人目に付いてしまう。

 私のせいではないが、二度もさらわれた身では、情けない事に説得力はない。


「うん。市場って何を売っているの?」

『ほとんど食い物だな。王都より安くて、新鮮な物が並ぶ。ダニエルはどうせ顔が知られているから、今回は買い物もできぬだろう』


「足りない食材とか、私には分からないよ。ルベは?」

『王都までなら、十分足りているだろう。ベスが食いたい物を買うといい。菓子も売っているからな』

「お菓子、おいしそうな物があるといいなあ」


 果実や木の実が好きな私は、おいしいが焼き菓子と飴は、毎日食べたいとは思わない。

 だが、おいしそうな物と出会えるのは楽しみだと思った。


 ハーゲンが戻ってきて、夕食になった。

 ラバーブ国は、ヨーグルトの種類も多く、それを使った料理も多い、

 何にでもトマトを使うので、料理の種類はあるが、味はどれもどこか似ている感じがする。


 まずくはないが、トマト料理はルベの口の周りを考えると、不安になる。

 ルベの口元の毛が変色するのではないかと、そればかりを心配していた。


「情報では、王宮から魔法師団が駆け付けるらしい。そうすればダニエル様も解放されるので、うまく逃げ出せると思う」

「この町に戻るには、まだ一週間くらい掛かりますか?」

「早くてその位だろう」


「この町を通り過ぎて、王都に向かっているのに、私を迎えにくるのは時間が無駄ですよね。こちらからダニエル様を迎えに行って、そのまま王都に向かえば、ダニエル様が面倒な思いをしなくても、良くなりませんか?」

「ベスをこの町に連れてくるように言われたのだが。ルベウス様もご一緒ならば、その方法も良いかもしれない」


『それは良いな。ダニエルも楽だろう』

『そうハーゲンに言ってもいい?』

『そうしてくれ』

 私はルベの言葉を、そのままハーゲンに伝えた。


「そうか。俺はここから仲間と、王都に戻るつもりだったんだ。ダニエル様の部下の一人だが、人がふえても構わないか?」

「ルベをご存じの方なら、私はかまいません」


 ハーゲンが部屋を出て、すぐに扉をたたく小さな音と、話し声が聞こえた。

 どうやら彼は隣の部屋で、ハーゲンを待っていたようである。


「ルベウス様、ご無沙汰しております。エリザベス様初めまして、ディランと申します」

 金色の髪と青い目の彼は、赤の大陸の人ではないのか、白い肌をしていた。


『ディランは、剣が強い。魔法は全然使えんがな』

「お世話になります。ベスとお呼びください、ディラン様」

「様は勘弁してください。どうかディランと」

「では、ディラン。よろしくお願いします」


「ベス、王都までの飯の心配はしなくていいぞ。ディランの飯はうまいからな」

「そうなの?! ルベはお肉が好きです」

 ハーゲンの言葉を聞いて、私はそう伝えたのだが、何がおかしいのだろう。

 二人は大笑いをしている。


 ディランは私の顔をのぞき込んで、優しく聞いた。

「では、肉を焼きましょう。それでベスは、どんな料理が好きかな?」

「何でも食べます。好き嫌いはしません。すごくからい食べ物は少し苦手」


 振り向いてディランは、ハーゲンに言った。

「明日は市場に寄ってからだな」

「ああ、俺はその間に馬車を用意しよう」



 次の日の朝。

 私はルベのカバンを持って、ディランと市場を歩いていた。

 知らない野菜や果実、木の実や香辛料を聞きながら、歩くのは楽しい。


 お菓子の新しい発見は、真っ黒なクレープだった。

「それは、赤の大陸に育つ実で作っているんだ」

 ディランはそれを買うと、私に食べてみろと手渡した。


「すごく香ばしい! おいしい」

「見た目は良くないが、パンもうまいぞ。焼きたてをパン屋で買って行こう」

「はい。楽しみです」


 ルベが肉や野菜を持っているので、足りない物だけを買い、私たちはパン屋に寄っていた。

 黒いパンをルベの言いなりに買ったが、多すぎると思う。

 

 広場の外で待っているハーゲンと合流して、私たちは町を後にした。

 人数が増えたので、久しぶりの幌馬車である。

 幌を半分上げると、こもっていた空気が散っていった。


 ディランが毛布をたたんで、私の座る場所を作ってくれた。

「ありがとうございます」

 私の膝の上で、ルベは丸くなって目を閉じた。








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