表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
41/185

自首します

『ベス、よく聞け。結界の中から、一歩たりとも出てはならん。何があってもだ。怖ければ、馬車の中で毛布を被っていろ。馬は魔物だから、深く眠らせる事ができるが、この魔法は人には強くて使えん。いいな、動くなよ?』

「はい」


「ベス、大丈夫ですよ。すぐに戻ります」

 ダニエル様は優しく私の頭をなでたけれど、頰に触れたその指先は、私が気付くほど冷たかった。


 相手はどんな魔物なのだろう。

 私を結界に閉じ込めたという事は、魔物の数は多いのだろうか。

 ルベがいるから、弱い魔物は私たちには近づかないはずである。

 私は思わず、胸にある竜笛を握りしめた。


 結界の中に居るというのに、不安で胸が苦しくなる。

 結界からは、決して出たりはしない。

 それが何を招くかを、私は経験しているのだから。


 人の叫ぶ声や、怒鳴り散らす声が、だんだんと近付いてきた。

 私はそこで初めて、ダニエル様やルベが戦っているのは、魔物ではなく人間なのだと知った。


「やばい! 魔物と神官が組むなんて!」

「あんな化け物を相手にできるか!」

「あんなでかい魔物を、なぜ見張りが見逃したんだ?!」

「冗談じゃねえ。兄貴たちも無事じゃあ済まねえ。ずらかるぞ」


 どうしよう。こちらにくるようだけれど……。でかい魔物って何だろう。

 習っていないが、眠らせる魔法は何魔法?

 六人まとめては無理でしょ?


 ルベやダニエル様の姿は見えない。

 結界から一歩も出てはいけないのに。

 でも、逃げてしまう。逃がしておけば良いのかな?

 悪い人を逃がすのは、駄目でしょ!


 ルベとの約束は守る。

 一歩も結界から出たりはしない。

 私は結界から手だけを出した。

 少しインチキだろうか。


 ええと……。アローは単体だから駄目。範囲魔法を使うのよね。

 逃げてしまう!

 とっさに放ったのはウィンド・カッター。


「グガッ! くそ!」

「ギャー! 痛え!」


 足を押さえて転げまわる男たち

 しまった。一人残したか!

 その一人の男の足にアローを数発打ち込んだ。


 私はつまずきそうになりながら、馬車によじ登り、毛布を被った。

 震える自分の体を、両腕で押さえ込みながら、押し寄せる吐き気と戦っていた。

 魔法は剣より、はるかに危険で残酷だ。

 私は巨大な刃で、彼らの足を払ったのだと、ここで自覚する事になった。


 エブリンの義足に喜んだ日が、まだ過去になってはいないのに、私は誰かの足が体から離れるのを見てしまったのだ。

 彼は生きているだろうか……。


 何という事をしてしまったのだろう。

 早く止血をしなければ!

 だが、私の体は震えるばかりで、少しも動こうとはしなかった。

 ああ、息が苦しい。


「ルベ、ダニエル様……。あの人たちを助けて!」



 どのくらいの時間が過ぎたのだろう。

 静かに聞こえるのは心臓の音。

 優しいぬくもりと髪をなでる手。


『ベス! 気が付いたか』

「大丈夫ですよ。落ち着いてゆっくりと、呼吸をしてごらんなさい」

 私は抱いてくれているダニエル様に、慌ててしがみ付いた。


「ベスはいずれ、経験しなければならない事でした。自分を守るためですよ。少し早すぎたかもしれませんね。命を取るか、取られるかの瀬戸際でなかった事が救いです」

 私はダニエル様の顔を見た。


「私……。人を殺したのでしょうか?」

「ええ。一人」

「ごめんなさい。そんな言葉で許される事ではありませんが、罰は受けます」


「結界を出たのですか?」

「いいえ。手だけを出しました」

『お前は……。一歩もと言ったのは手も込みだ』


「だって、ずらかるって聞いたの。眠らせる魔法は知らなくて、足止めをしようと思ったら、切ってしまって……」

 もう、涙が次々に流れて、手が涙だらけになってしまった。

 ダニエル様が手拭いを魔法で濡らして、私の顔にあてた。


「人に魔法を向けてはいけません。ただ、例外があります。自分の命が危うい時と、人の命が危険にさらされた時です」

「私は……。警備隊に自首をします」


「今回は自首をすると、ご褒美がもらえるでしょうね。彼らは盗賊でした。それも大きな集団で、双方無傷で犠牲者すらもださないのは無理です。ベスを罰する人はいませんよ」


「他の盗賊は、ルベとダニエル様が殺したの?」

「不意に襲いかかってきた者は、仕方がありませんが、それ以外の者の命はありますよ。一カ所にまとめてあります。そのうちに警備兵や冒険者が、彼らを捕らえにくるでしょうね。連絡は入れましたから」


「私が傷を負わせた人たちは?」

『他のやつらと一緒にしてある。やつらは宝をある程度持ち出していたからな。ほら、ベスの物だ』


 差ほど大きくもない袋が六個。それは重い物だった。中を覗いて私は慌てて袋を閉じた。

「私の物ではありません! お金とかいろいろ入っています」

『あいつらが、人から奪った宝だからな。金や宝石類だろう』


「それを、取っては駄目でしょう? 持ち主が困っているでしょうから、警備兵に届けて、持ち主に返してもらいましょう」

『持ち主はほとんど、死んでるのにか? 金には名前は書いておらんぞ?』


 困った顔をしている私に、ダニエル様は水を手渡しながら言った。

「ゆっくりお飲みなさい」

 私の飲んでいる様子を見てから、ダニエル様は話を続けた。


「武器も持たずに歩ける世界を知っているベスには、少し残酷な話になるでしょうか。赤ん坊はただ、生まれてくるだけなのです。育つ環境や、生きる過程、知り合った仲間により、人の行く道を歩かない者がいるのです。人が努力して得た物を奪い、その命をも奪う。人は彼らを盗賊と呼びます」


 四大陸で彼らを容認する国はなく、処罰は統一されているのだとダニエル様は言った。そうしなければ、盗賊が集まってくるらしい。

 盗賊の中には賞金が掛かっている者もいて、冒険者の中にはその首を狙っている者もいるらしい。


「賞金首だけを狙って、食べていけるのですか?」

「仲間と分けても、きっとおいしい話なのでしょう。盗賊の持っている金品や武器は発見者に権利があるのですよ」


「大切な物を盗まれた人たちは、泣き寝入りですか?」

「盗賊に遭遇して、命が助かる者はほとんどいません。遺族はオークションや貴金属店から売りに出された物を、買い取るしかないのですよ。それだって出回ればという話ですがね。盗品を安く買い取って、加工して売りだす商人もいるのです」


 ダニエル様は盗賊を見かけると、ギルドに知らせるらしい。

 冒険者やギルドの収益になるからだそうだ。


「町の警備兵や王都の警備隊は、それを領主や国に渡すので、個人に利益はないのです」

 それが普通だと思う私は、少しずれているのだろうか。

「神官様は? 盗賊の物は教会に渡すのですか?」


「神官補が最初に神官から習う、学園では教えない事があります。それは、盗賊を捕まえたら、金目の物はポケットに、武器等は地元に還元するようにと教えられます。それは神官にとっては、とても大事な教えなのですよ」

 そう言ってダニエル様は面白そうに笑った。


 神官は手当が少なく、そのくらいのうまみがなければ、巡回神官になる者はいなくなるとダニエル様は言った。

 確かに、お祈りにしろ、子供たちの教室にしろ、貧しい人たちから、お金を取ることはしない。

 治療は国や領主に請求されるが、安いのである。


「それにしても、神に仕える身でポケットって……」

「神官で裕福な者はほとんどいませんよ。自分の任せられている教会に、頼ってくる人たちを見捨てられませんからね。ポケットは大事な金庫なのです」

「本部は助けてくれないのですか?」


「災害や大きな事件だけですね。薬の材料や食料は、配布量が決まっていますからね。それで教会を運営できないのなら、できる者に替えると言われます。おまけに神は力を授けた者を見ていますからね。人々を見捨てたり私利私欲に走ったり、神官補を育てられない神官は、力を剝奪されたりするのです」


 バチか?! リアルでバチはあるのか……。

 力を剝奪されたら、治療ができない。神官の職も剝奪されたのと同じだ。

 ラベーナ神って結構、きつい神かもしれない。


 神って勝手に信じて、願ったり、頼ったりしている分にはいいけれど、実際にいて、その神に罰を与えられたら、自分が多少悪くても、立ち直れないだろう。

 その先の人生が真っ暗な気分になると思うが。


『金は人が持っていて困るものではない。取っておくがいい』

 確かにそうなのだろうが、欲しい物がない。

 旅を続けている今、困る事もないのである。

 宝石なんか、どうすれば良いのかも分からない。

 十一歳の私に、金や宝石を預ける大人は、何を考えているのだ。


 母の口紅を塗り、パンプスを履いて得意気な顔をしている写真があった。

 祖父母は孫がかわいくて、撮影をしたのだろうが、家族や来客たちに笑われた私にとっては、黒歴史以外の何物でもなかった。

 ドレスにも負けないこのケバケバしい宝石は、滑稽な私の演出道具にしかならないと思った。


「ダニエル様。このお宝で学園に行きます」

『ベスに必要な金は、本部から出るぞ。学園の資金もな』

「私が神官になれなければ、どうするのですか? お金が無駄になるでしょ?」


 ダニエル様が驚いたような顔で、私を見る。

 そんなに驚く事はないと思う。

 鈍い私にだって、そのくらいは想像は付くのだ。


「ベス、あなたに神官になれと言った人は誰ですか? 神官になったら、本部はさぞやがっかりするでしょうね。まあ、少しは見てみたいですが」


『手と足を間違えて着けそうなベスを、神官などにしたら、お目付役が何人必要になるのだ。考えただけでも、面白そうではあるがな』


「え? 神官にならなくてもいいの?」

 本部の目的は違うところにあるのだろうか。


「ええ。ベスから聞いて驚きました。まあ、私が後見人ですし、本部が後ろにいてはそう考えるのも自然でしょうか。どこの国の学園で、何を学びたいかはベスの自由で良いのです」


「あやふやにしないでください。本部は私に何をさせたいのですか」

 私はダニエル様を見つめた。


『教会本部と我は、将来、ベスが白の大地で暮らす事を望んでおる。できるなら白の学園で学び、その高い魔力で本部にいてほしいと思っておる。だが、他の学園を選び、自分で決めた道を歩くと言うならば、それはもちろん応援するぞ』

 ルベの言葉に、ダニエル様は少し困った顔で、ため息をついた。


「私は初めから、世界中を見てから好きな学園で、好きに学ぶように言ってありましたよ? それがあなたの祖父である、村長の望みでしたからね。今のところ、予定に変更はありませんが?」


 そう、ダニエル様の言葉の裏を、探っていたのは私だ。

 ルベの本心を知ろうとしたのも私なのだ。

 ダニエル様もルベも、ただ私の成長に寄り添ってくれているだけなのに。


「ごめんなさい。少し急ぎ過ぎたみたいです」

『なんでもそうして言葉にしろ。人間の子なのだから』

 ルベはそう言って、私の膝の上で丸くなった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ