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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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彼女が手に入れた物

 ゆっくり夜を過ごした翌朝。

 私は生まれて初めて、馬車の手綱を持った。


 少しの緊張と嬉しい気持ちが、馬車を引く馬にも伝わっているのかもしれない。

 まるで、任せろとでも言っているかのように、馬の背中がたくましく見える。


 アクセルもブレーキもないのだから、手綱を持つのに身長はいらない。

 車と違って馬には知能があるから、指示を出さなければ、道を外れてどこかに落ちるという事はない。


 手綱を持たせてもらったのは、拙いながらも馬の世話が、できるようになったからのようだ。

 村までは一本道で、めったに人が通らないというのも、理由の一つのようである。


 富裕層や仕事で馬を使う家以外は、馬は借りるのが普通だが、誰でも借りられる訳ではない。

 馬を弁償できるだけの、地位や財産の証明が必要なのである。


 馬はおとなしく従順だが、そのように訓練を受けた魔物で、当然だが安価ではないので、世話のできない者は、御者を雇わなければならない。


 私が将来、馬を借りられるようになるとは思えないが、ダニエル様と旅をするには、馬の扱いに慣れる必要がある。

 ルベに御者を頼めない以上、ダニエル様の負担を少しでも軽くするには、私が馬車の扱いを覚えた方が良いと思ったのだ。


「次の休憩までですよ。エブリンも待っているでしょうから、夕方までには村に入りたいですからね」

「はい。そう言えばダニエル様、エブリンの首輪が外れたのなら、生活魔法が使えるのですよね」


「ええ。十二歳までの四年間、首輪がありましたからね。魔力の測定もされていなかったのですよ。調べてみたのですが、平均値程度の魔力がありました。水の魔法が得意そうでしたね。練習次第でしょう」


「水は良いですね。重たいからエブリンが持つのは、大変そうです」

「エブリンは幸い、膝が無事でしたからね。もう少し訓練したら、両手で物を持てるでしょう」

 私は、杖を片手に何でもできるエブリンならば、訓練も頑張れるだろうと思っている。

 それよりも、心ない言葉や視線が減る方が嬉しいと思った。



 二回の休憩を挟み、馬車は日のある内にモンテナ村に到着した。

「ダニエル様、何があったのですか?」

「村の皆には、ベスが闇商人にさらわれて、親切な老人にかくまってもらったと、言ってあるのです」


『間違えてはいないだろう?』

 確かに正直に言ったら、大変な騒ぎになりそうだが、それにしても、村の人全員がいそうな出迎えである。


 馬が止まると、村長が寄ってきた。

「よく、無事で戻られた。皆も待っていたよ」

 村人たちが、次々に無事を喜ぶ言葉を掛けてくれる

「皆さん、お忙しいところを、わざわざありがとうございます」

 ダニエル様が村の人たちに礼を言ったのに、当の本人が黙っているのも変だと思い、慌ててダニエル様に続いた。


「ご心配をお掛けしました。この通り、けがもありません。ご心配をいただき、ありがとうございます」

 私はそう言って辺りを見回した。


「エブリン!」

「ベス!」

 隅の方にいるエブリンが、杖を使って歩いてきた。

 まだ、外では杖が必要だと聞いてはいたのだが、それでもスカートの下には、同じ靴を履いた足が二本、確かに見えているのは嬉しい。


「ベス、巻き込んでごめんね」

 抱き合った耳元で、エブリンが泣きそうな声で言った。

「気にしないで。この通り無事なのよ。話は後から、たくさんしましょう」

「そうね。ここではちょっとね」

 二人は肩をすくめて、そっと笑った。


 村の人たちが持ち寄った、肉や卵や野菜の料理が並び、村長の家の食事は賑やかで豪勢だった。

 村長の家は女手が、エブリンしかいないので、こんな時はいつも料理を持って集まるのだと、彼女が教えてくれた。


 私が戻ったお祝いという名目だが、きっとルベやダニエル様へのお礼だろう。

 大人たちは、お酒の時間に入ったので、私とエブリンは食事を終えて、先に席を立つ許可をもらった。

 女の子同士のおしゃべりの経験が少ない二人には、貴重な時間なのである。


 私たちは別れた後からの事を、互いに報告した。

 獣王の話はさすがにできないので、親切なおじいさんの家でお世話になっていたという、ダニエル様の設定は、そのまま使わせてもらった。


「ベスの言う通りだったわ。主神官様に父さんと二人で、全て話したのよ。主神官様は、闇商人の主が捕まったらすぐに、私の首輪を外してくれたわ。父さんが大泣きして、恥ずかしいくらいだった」

 本当はルベが外したのだが、それを言っても、信じてはもらえないだろう。


「なぜよ。それだけ、エブリンが大切で、首輪に心を痛めていたって事でしょう。良いお父さんだわ」

「ええ。私もそう思う」

 私たちは、そこで大笑いになった。

 ちぐはぐな会話ではあるが、思っている事が同じというのは心地よい。


「足はどう? 訓練は大変?」

「ちっとも。でも慣れていないから、長時間訓練をすると痛くなるの。訓練の時間が短いのが残念よ。早く歩けるようになるわ」


 木と革でできている義足は、足に布を幾重にも巻いて調節するようだが、体重を支えられる時間はまだ短いようである。

「慣れるまでの辛抱よ。でも、良かったわ。これで小さい子に、足の事を聞かれずに済むわね。エブリンが嫌な事を思い出さずにすむのね」


「なくなった足は戻らないけれど、諦めていたたくさんの事が、この足でできるのだと思うと、嬉しくて叫びたい気持ちになるわ。ベスのお陰よ」

「え? ダニエル様でしょう?」


 私は今日までこの村にはいなかったのだから。

 出会った時から、エブリンはつらい過去を背負ってもなお、前向きだった。

 そんな彼女の心から喜ぶ姿を見て、私は少し切なくて嬉しい感動を、初めて経験していた。


「主神官様は、私たちが気軽に話し掛けて、良い方ではないらしいわよ。近所のおばさんが教えてくれたわ。神官様よりずっと偉い方なんだって。でも、私はベスの言葉を先に聞いたから、父さんと主神官様に話をしたの。おばさんたちの話を先に聞いていたら、そばにも行けなくなっていたと思う」


 主神官ってそんなに偉いのだろうか。多分おばさんの偏見だと思う。

「教会は神が一番偉いから、誰に話し掛けてもいいんじゃない? ダニエル様に話して良かったでしょ?」

 話し掛けられたくないなら、人のそばにはいないと思う。


「ええ。とても親身になって聞いてくれたの。父さんと私の将来も、相談にのってくれたのよ。あの闇商人も首輪も、そして足まで。私たちの諦めていたものが、全て解決したわ。それを教えてくれたのはベスだから、やはり感謝しているわ。ありがとう、ベス」


「どういたしまして?」

 取りあえずそう返事はしたが、どう考えても何もしてはいない。


「そう言えば、井戸の工事は? テントがなくなっていたよ」

 私は戻った時に、村の人たちがたくさんいるのに、広場が寂しく見えたのである。それがテントだと、ようやく分かったのだ。


「古井戸は主神官様が解毒をして、工事の人たちが奇麗に直したわ。あの井戸は人目に付かないから、女の人たちが体を洗ったりしていたらしいわ。村には共同の井戸がいくつかあるけど、人の目があるでしょ」


「お風呂は?」

「村長の家にはあるけど、共同風呂があるだけよ。入る時間が決まっているの」


 確かに皆が井戸を使っている中で、体は洗いにくいだろう。

 塀に囲われている村は、人目がどこにでもある。

 サイユ村を思い出して、私は納得した。


「今度はちゃんと、目隠しの塀まで作ってくれたから、皆喜んでいるわ」

 また塀なのか……。

 私は塀に偏見があるのかもしれない。


 サイユ村の塀は閉じ込めるためにあったが、モンテナ村の塀は守るためにある。

 双方の村人の塀に対する気持ちは、真逆なのだろうと思った。

 井戸を掘るためにきた人たちは、共同の井戸の手直しをして、帰って行ったようである。


 グイドさんが、エブリンを迎えにきて、私たちの楽しい時間が終わった。

 私はベッドで丸まって寝ているルベをなでた。

 邪魔にならないように、気を使ってくれていたのは、分かっていたのだ。


『服や食べ物の話は、しなかったのだな』

「え?」

『白の学園の女は、男と食い物と服の話が大好きだぞ。その話しかしない』


「多分ね、エブリンも私もそれを楽しむ生活は、してこなかったのよ。だから二人はお互いに話しやすかったのだと思うの」


『まあ、いろいろと背負ってしまったからな。あの娘は、強い意志を持っているから、きっと幸せをつかむだろう』

「つらい思いをしたのだから、誰よりも幸せになって欲しいと思うわ」


 私は久しぶりに、ルベとお風呂に入った。

 ルベはダニエル様とは入浴をしないようで、気持ち良さそうに目を細めて、私に洗われていた。

 おじいさんの家には、香油がなかったので、私は少しごわつく髪を丁寧に洗って、仕上げにダニエル様お手製の香油を使った。


 風呂上がりはいつものように、ルベが髪を乾かしてくれた。

「その魔法は火と風を使うのよね?」

『やめろ!』

「え?」


『一度、外で練習してからだ。特に火はいかん。ベスは頭に魔法を描くと、すぐに発動するからな。多少の火傷ならばダニエルが何とかするだろうが、髪はどうにもならぬ』


 過去の失敗があるから何も言えないが、ルベは少々失礼だと思う。

 だが、そろそろ基本の生活魔法を応用して、色々と試してみたいと考えたのは、首輪で魔法が使えなくなったせいだと思う。

 私は魔法から離れて初めて、魔法を身近に感じたのである。


 戦争経験もない、女子高生の前世の記憶で、役に立つものは少ない。

 そもそも、気楽に使っていた電化製品の、仕組みすら知らないのだ。

 スイッチを入れた後の結果が分かっていれば、ドライヤーのように魔法で再現できる物は、ありそうな気がする。基本の魔法を覚えて良かった。


 基本は大切だが、応用のない基本は、基本である必要がないと思うのだ。

『ベス、何か良からぬ事を考えてはいないか?』

「いいえ。全然。全く!」


『否定も重ねれば、肯定になる』

 なるほど、次回からは気をつけよう。


「ルベ、明日のために寝よう! お休み」

 肌触りの良いルベを抱きしめて、私は眠る事にした。

「ダニエル様。二日酔いにならないと良いけど……」


『あれは、飲みながら抜いているから、大丈夫だ』

「お酒って、酔うために飲む物じゃないの?」

『大人は大変らしい』

 ルベが言うな! 一番年上のくせに……。


 腕の中で、嬉しそうに目を細めているルベを見て、私は心が温かくなるのを感じて、目を閉じた。








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