気の弱い焼き栗屋
一月は町中の挨拶が「おめでとう」になる。
世界中の人が無事に一つ、年齢を重ねるのである。
教会は工事中で礼拝堂は小さいが、それでも人々は教会に行って、新しい年を始める。
教会は、応援の神官が派遣されて来ていたので、ダニエル様は早々に私を連れて逃げ出した。
「捕まったら、帰れなくなりますからね。サントには口止めをしておきました」
「どうして?」
「押し掛けられたら迷惑でしょう、私が」
私は笑顔のダニエル様を見て笑った。
私は正式に十歳になった。
今年は少し、自分の家事の分担を増やそうと決心した。
十歳は魔力測定があり、隣の家のルイスも測定を楽しみにしていた。
「ダニエル様。私の魔力測定は学校でするのでしょうか?」
「ベスは白の民で、十二歳までの教育と、魔力測定は終了済みの証明書が、本部から届いています。測定をしたいですか?」
学校はもういいが、魔力は少し気になる。
「自分の魔力量は知っているのが普通でしょ?」
「大騒ぎになりますから、我慢してくださいね。城や本部にある測定器じゃないと、ベスの場合は壊れてしまいます」
ダニエル様は少し困った顔で言った。
そんなにあるのなら、測定するのは諦めようと思った。
「騒がれるのは嫌です。でも知らないと困りませんか?」
「五段階くらいの測定です。それ以上の子は城で検査を受けて、登録されるだけです。十五歳で学園に入る時に、もう一度調べられますが、学園に行かない子供は魔法を職業に使わない子たちなので、必要ありません。そもそも魔力量を尋ねる人はいないでしょうね。失礼な事なので、聞かれても答えなくて良いですよ」
血圧を聞くより、デリケートな問題だと理解したが、いいのだろうか。
数日後、私は冒険者ギルドにやってきた。
冒険者への登録のためではない。登録は十五歳からである。
大きな町のギルドには、治療室があり、そこには治療師がいる。
治療師の資格は学園で学び、試験に合格すれば得られるが、光の魔法を使える者は少ない。
ギルドの治療室は毒やまひなどの体の異常は薬で治療する。
単純な骨折は骨を所定の位置に戻して、木や布で固定する。
それ以上は教会に任せるのである。
無料な事もあり、世話になるギルド員も多いようである。
ギルドは朝と夕暮れ時が忙しいようだが、今は昼過ぎで、それ程混んではいない。お使いで幾度か来ているが、十歳の子供に絡む犯罪者はいない。
ギルドに来たら、必ずカウンターに声を掛けるように言われている。
ちなみに、若い受付嬢はいない。元冒険者のおじさんとおばさんが、武器を横に置いて応対をしている。
「治療院から、頼まれた薬をお届けにあがりました」
「おう、ベス。ちょっと待て」
そうカウンターの奥から声がして、いつもの熊男が姿を現した。
「こんにちはギルド長」
この毛深くて見上げる程大きな人は、とても優しい目をしている。
このギルドで一番偉い、ギルド長なのである。
「来たらやろうと思って、取って置いたんだ。王都からの土産でもらった菓子なんだが、俺は甘いのは苦手でな」
渡されたのは、紙の箱。紙の箱に入っている物は、高級品である。
「ありがとうございます」
「ああ。二階の治療室に行ってやれ。待っているぞ」
ギルド長は優しく笑って言った。
「はい」
二階の治療室は、待合室と診察室がある。
「こんにちは」
私は戸を開けて声を掛けてから、待合室のベンチに腰掛けた。
お菓子はルベのバッグに入れて、中から薬のつぼを二つ出した。
診察室には患者がきているようで、少し待つ事になりそうである。
「ベスか?」
いつもの治療師の声だった。
「はい。治療が終わるまで、こちらで待っています」
「いや、入ってくれ」
はい? いやいや、治療中なのでは?
「失礼します」
そう言いながら、私は診察室に顔だけを先に入れた。
「ベス、悪いがそこのコップに、毒消しをスプーンに半分入れて混ぜてくれ」
急を要する事なのだろうと、私は机の上のコップを見た。中には薄茶色の液体が入っていたが、スプーンが見当たらない。
「スプーンはどこですか?」
「ティーカップの横だ。そのままでいいぞ、熱湯消毒はしてある」
嘘をつけ! お茶が残っていますが?
匙ではなくスプーンと言われた意味は分かった。
とりあえず、それで持って来た毒消しを半分すくったが、治療師は甘党のようで、薬がスプーンの裏にまで付いていた。
カップに入れた薬を、そのスプーンで混ぜて気が付いた。
中から酒の匂いがするのである。
患者をダニエル様のところに連れて行きたい気持ちになった。
「おう、ありがとう。ついでにこいつの腕を、押さえておいてくれ」
十歳の子供に、何を言っているのだとは思ったが、言われた通りにするしかない。
押さえている私も、押さえられている三十歳位の冒険者も、微妙な表情なのは仕方がないと思う。
治療師は、カップの中にある毒消し入りの酒を、ためらわずに口に運んだ。
『ルベ、あれ飲んで平気なの?!』
『死にはしない。だが、うまくはない』
私はその後、言葉を失い。まばたきも忘れた。
治療師はその口から、霧吹きのようにその液体を、患者の傷口に吹き掛けたのである。
「くうっ……。いてえ!」
患者の腕に力は入ったが、私を振り払う事はしなかった。
そりゃあ、痛いだろう。肘から手首までの前腕部が、十五センチほど裂けているのだから。
「これで、毒の心配もないし、適度にしびれただろう? 縫ってやる」
どんな罰ゲームですかね。
「いや、これで十分だ」
治療院に行くことを勧めたい。
「剣を握る度に傷口が開いて、涼しいだろうが、治りは三倍遅くなるぞ? おまけに菌が入って化膿したら、その腕は一生使えないな」
脅していますが……。菌とか化膿とかあんたが言うな。
「分かった、縫ってくれ」
嘘でしょ? 麻酔なしでその長さ?
見ていられないので、私は逃げる事に決めた。
「薬は置いて行きますね」
「おう、助かったぜ。こいつは子供が好きだからな」
診察室を出て、大きなため息をついた。
『野蛮な治療師だったね』
『ギルドの治療師は、腕が良い者が多いと聞いている。あのくらいでなければ、務まらないのだろう』
『そうかもね。でも私はダニエル様の治療の方がいいな』
私はギルドを出て、小さな屋台を見ながら帰る事にした。
ギルドは町の門の近くにある。
門から広場までの道には、食べ物の屋台が並んでいる。
ギルドの行き帰りの冒険者や、広場で休む人たちが立ち寄るのだ。
道行く人を呼び止めるために、どの店も活気がある。昼下がりは冒険者より、買い物客が狙いのようだ。子供を連れた主婦が多い。
私はそこで一軒の屋台が目に付いた。
どうやら、焼き栗を売っているようなのだが、その店主はただ座っているだけなのである。
五歳位だろうか、小さな女の子が話しかけているが、その男は、優しい顔で子供の頭をなでているだけで、返事をしているようすはない。
気になって近づいて、様子が少し分かった。
「父ちゃん、お客がこないね」
「父ちゃん、母ちゃんがいないと売れないね」
「母ちゃん、元気になる?」
そこまで聞いて、私はその子のそばに行った。
「ねえ。お母さんは病気なの?」
「違うよ。おなかの赤ちゃんが甘えて、動けないんだもん。スープも飲めないんだよ。私の時もそうだったんだって」
病気でなくて良かったと思った。あまりにも暗い雰囲気だったので、てっきり重病なのかと心配をしてしまったのだ。
「こらこら、すみませんね。ご心配かけて。この店は妻が売っているのですが、私は栗を焼くしかできないので」
店主である父親が小さな声で、そう言った。
「焼いた栗は売らないのですか?」
「いえ、買ってくれる人がいたら、売りますよ」
どんな殿様屋台なのだろう。
「父ちゃんは、大きい声が出ないんだよ。顔がすぐ赤くなっちゃうの」
屋台には向いていない気がする。
「一つどうぞ」
売れない店の売り物をいただく程、気が引ける事はないが、皮をむいてくれたので、素直に口に入れた。
それは甘い栗だった。
甘皮がきれいにむける甘い栗は、懐かしい味がした。
「奥さんはいつから働けるの?」
「あと、ひと月程だと思う。春には栗もなくなる。その頃は畑仕事が始まるからね。休ませてやれる。秋にはまた、大切に育てた栗が実をつける」
「そうなんだ。ひと月位。おじさん頑張ってよね」
私はおじさんの座っていた木箱を、焼き栗を焼いている大鍋の横に持って行って、その上に立った。
「いらっしゃい、いらっしゃい。甘くておいしい焼き栗はいかがですかぁ。ここの栗は幸せ栗だよ」
「あ、おじいちゃん! 幸せ栗を持って行ってよ。ポケットの中に入れると温かいよ。おうちに帰るまで口も温かいよ」
「おかあさん。幸せ栗はどう? 明日のパンに入れて焼いてよ。私の大好物だけどね。嫌い? 好きだと思ったよ。ありがとう」
「お兄さん、幸せ栗を持っていってよ。彼女は花も好きだけど、栗も好きだよ。本当だよ。待っても、待たされても幸せ栗があればうまくいくって!」
「お姉ちゃん。幸せ栗って何?」
店の女の子が聞いた。
「お父さんと、お母さんが、大切に育てている木からとれた栗でしょ? それをお父さんが大事に焼いたんだよ。幸せな栗でしょ? その栗を食べた人は、おいしくて幸せな気持ちになるのよ」
店主が困った顔で私を見た。
「おじさん、私は治療院の手伝いがあるから、毎日はここに来られないの。明日はその焼き栗と書いてある木の板に、幸せ栗と書いておいてね。焼き栗は見れば分かるわ。幸せ栗の意味を聞かれたら "皆さんの幸せを祈って焼いています" と答えるの。一言なら言えるでしょ? 奥さんと子供のためよ。それで売れたら、奥さんも安心でしょ? 売れる保証はないけど、今よりは良いはずよ」
私が子供である事も手伝って、栗は驚く程売れた。
寒い季節に売れない訳がない。
「威勢の良い子がいると思ったら、ベスじゃないか。どうしたのさ」
治療院にくる患者さんも、こうして何人もが声を掛けてくれた。
「ここの奥さんがつわりらしいの。ご主人は気が弱くてね。ちょっとお節介。木から育てている、おいしい栗なのよ。ひいきにしてあげて」
ここは主婦の情報網を利用させてもらおう。
「木からかい? そりゃおいしそうだね。もらっていくよ。皆にも教えてやるよ。幸せ栗とはいいね。子宝にも恵まれそうじゃないか」
「うん。よろしくお願いします」
すっかり日が暮れた……。
「ありがとうございます。お陰で全部売れました。明日は看板を書き換えてきます。これだけは、売らずにおきました。食べてください。売り上げの半分ですが」
そう言って栗とお金を渡そうとする店主に、私は首をかしげた。材料費も手間賃も考えていないのか、それとも完売が嬉しいのだろうか。
「お金は要りません。楽しかったですから。栗だけで十分です。ありがとうございます」
私はそう言って、その親子と別れた。
「ベス。お使いの帰りに、寄り道はいけませんね」
「ダニエル様! ごめんなさい」
「今回は良いですよ。事情は患者に聞きました。私も楽しく見学をさせてもらいましたよ。幸せ栗、一つください。心も体も温かくなるのでしょう?」
「はい」
ダニエル様とルベと一緒に食べた栗は、本当に幸せな味がした。
ちなみに、紙の箱に入っていたお菓子は、おいしくて幸せな気分になった。




