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アランがとうとうと手元の資料を読み上げる。
そのたびにイベント企画者たちからは悲鳴や怨嗟の声があがった。
なかには喜びの声もあるけれど、今月はイベント企画自体が多いこともあって、却下されるイベントも多い。
企画者といっても代表者のみがこの会議室に来ているわけで、彼らは自分たちの友人や派閥の人間に「却下」という結果をもって帰らなくてはいけないわけで、泣き声があがるのも仕方ないんだろうと思う。
……それにしは、予算案なんかがあまい企画が多かったけどね。
高等部1年生の子たちが提出した企画があまいのは、仕方ないと思う。
1年生のだしたイベントがあっさりと承認されることは、ほとんどない。
彼らにとって企画提出は、来年のための力試し。
もちろん彼らなりに全力をつくしているんだろうけど、上級生の目からみるとあちこちがあまく、このままイベントを行えば破たんするぞーという企画が多い。
わたくしたち生徒会の役目は、そんな彼らに指導することでもある。
とはいえ2年生や3年生以上の学生たちが入っている企画でも、めまいがするほどいい加減なものも多い。
こちらに関しては、わたくしたちは基本的に指導は行わない。
過去のイベントの企画書や結果はデータにして公表しているし、2年生以上の生徒ならそれを自分で調べ、学ぶことも勉強の一貫だからだ。
ただ特にあまい企画を出しているグループは、友達通しで夜中にノリで企画書を書いて提出しました、なんてのも多い。
それでも企画書として提出された以上、生徒会は厳密にチェックしなければなならないので、反省を促す意味でも厳しめの指導が入ることもある。
そこから意外によい企画が生み出され、次年度に立派なイベントが開催されることも多いので、こちらも一概に却下はしにくいのだけど。
アランのお達しを聞いたイベント企画者たちの顔色や言動を簡単にメモしながら、わたくしは他の生徒会メンバーにも目を配った。
今期の生徒会のメンバーは、会長がアラン、副会長がわたくし、書記が4年生のロバート・ヘイデン、会計がわたくしと同じ3年生のヒュー・カッツェとシュー・カッツェという双子の兄弟。
総勢5名だ。
わたくし以外全員男子生徒であることと、彼らがそれぞれ人気のある生徒だということで、昨年度のわたくしは女学生には嫉妬から嫌われていた。
では男子学生からは特に嫌われていなかったかということ、こちらはきらきらしい生徒会メンバーの中で唯一の女子であり、かつ当時は大人しそうに見られていたわたくしは、あまく見られ、つけいりやすそうだということで脅迫されたり、嫌がらせを受けていた。
たとえば今日のような予算折衝の前に呼び出され、暴力を示唆されたり……ね。
幸い、この学院の治安はかなり厳格に守られているため、実際に暴力を振るわれることはなかった。
けれど当時から勝気だったとはいえ、ごく普通の女の子であるわたくしにとって、上級生の男子に囲まれ、大人しくイベント企画を通さなければ殴る云々と言われるだけでも、すごく怖かった。
けれど脅しに屈してイベントを通すなんて論外だし、役職を返上するのも悔しくて、ストレスから過呼吸になりそうだった時、レオンが悪役令嬢の物語を貸してくれたのだ。
レオンのことを思うだけで、胸がほっこりとする。
レオン・ライツェンは貴族ではないけれど、ジェントリー階級の子息で、わたくしのお父様とレオンのお父様が学友ということもあり、小さいころからよく顔をあわせた。
さらさらの金の髪に、高貴な紫の瞳をしたレオンは小さなころから女の子が夢見る王子さまそのもので、いつも穏やかで寛容で、わたくしを優しく導いてくれた。
わたくしたちの婚約は親が決めたものだけれど、婚約なんて話がでる前からわたくしはレオンに夢中だった。
わたくしたちが5歳のとき、レオンはわたくしを「お嫁さんにしてあげる」とか「僕が君を幸せにしてあげる」なんて甘い言葉をいっぱいくれたし、実際にわたくしにたくさんの幸せをくれた。
今回の悪役令嬢の物語にしても、そう。
レオンはわたくしを励ますために楽しい読み物をと思っただけだよなんていうけれど、わたくしにはわかる。
レオンはわたくしに「悪役令嬢」というスタイルを紹介し、ただ真面目に人に抗するのではなく、自ら他人に恐れられるような外面を作り出すことで敵に「あの人に逆らってはいけない」というイメージをつくることを勧めてくれたのだと。
物語を読みながら、そのことに気づいた時、わたくしはもう一度レオンを好きになった。
確かな洞察力と、解決案を知りながら、わたくしが自分で気づくよう示唆するにとどめてくれた包容力。
わたくしならば立派な悪役令嬢を演じられると信頼してくれたこと、そのすべてが嬉しかった。
だからわたくしは立派な悪役令嬢を目指し、1年たった今はわたくしを甘く見て脅す生徒なんていなくなったというわけ。
ほんとうにレオンはすごいと思う。