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全身をうつす鏡の前で、わたくしは左手を腰に、右手を口に元にあてた。
そして、ほんのすこし顎をあげ、
「おーほほほほほほほほほほほほ」
と高らかに笑う。
うん、完璧。
かんっぺきな悪役令嬢の嘲笑だわ。
わたくしは自分の完璧な悪役令嬢ぶりに満足して、うなずいた。
異世界で流行している小説に頻繁に登場する「悪役令嬢」たち。
彼女たちが、わたくしのお手本であり、目標だ。
去年、いろいろなことに行き詰っていたわたくしを慰めるために、婚約者のレオンが異世界の小説を貸してくれた。
それは真面目で努力家な「悪役令嬢」が、国家や家族、あるいは自分の未来のために奮闘するという物語だった。
主人公は明るくてかわいい少女であることが多かったけれど、わたくしの心をつかんだのはだんぜん「悪役令嬢」のほうだった。
だって彼女たちはとっても努力家で、勉学にもすぐれ、機知に富み、新しい技術にも精通しているうえ、社交術にも長けているという超人的な少女だったんだもの。
これで憧れるなっていうほうが、無理でしょう?
このカイザール国では身分制度はさほどうるさくなく、わたくしはこの国でもトップクラスの商人の娘とはいえ平民で、物語の悪役令嬢のような身分ではないけれど、多くの期待と責任を負っているという点では共感もあったし。
それでわたくしはさっそく物語の悪役令嬢たちの真似をすることにしたの。
中身はもちろん、まずは形からというわけで、わたくしは悪役令嬢の服装や髪形、仕草や言動を徹底的に考察し、真似をしているの。
だから、鏡にうつるわたくしは、はちみつ色の豪奢な金髪を見事な縦ロールに巻いている。
物語の悪役令嬢の髪形は、ほとんどみんなこの縦ロールなのだ。
悪役令嬢をこころざしてはや1年近く。毎朝せっせと縦ロールにセットしてきたおかげで、初めは3時間くらいかかったこの髪形も、今や20分でこのとおり完璧な縦ロールだ。
服装はアントワール学院の制服である膝丈の黒のワンピース、これは悪役令嬢としてはいまいちしっくりこないけれど、学生である以上仕方がない。
でも白い大きな襟と、襟元の大きな白いリボンが目立つアントワール学院の制服は、アントワール地方では垂涎のたまものだもの。
悪役令嬢にふさわしいと言えなくもない。
水色のあまったるい大きな目は、悪役令嬢としてはいまいちだけど、お母様によく似た面差しは生まれつきのものだし、これも仕方ないと思う。
わたくしはまだ15歳の学生だから、お化粧も禁止されているし。
大人になったら、改善の余地はあると思うの。
うーん、つまり。現段階でできる限り、わたくしは完璧な悪役令嬢らしい姿をしている。
「よし!今日もこれで勝てる!」
わたくしは鏡の中の自分を励ますように笑いかけ、こぶしを握り締めた。
本日は、学期最後の月のイベントのための予算折衝の日。
アントワール学院では、各自がグループや派閥をつくって、様々なイベントを開催する。
そこでの動員数やイベントの成功度が、のちのちの就職や人脈づくりに大きく影響するので、学生たちはこぞって力の入ったイベントを企画する。
でも、そのすべてのイベントを開催する予算も時間も学院側にはない。
それらのイベント開催の可否や予算を調整するのが、わたくしも副会長として所属している生徒会。
本日行われる予算折衝では、多くのイベントを却下、あるいは予算減を通達するのだ。
そこで巻き起こる反感は、生易しい物じゃないということは、生徒会に入って1年以上も役員として働いているので、身に染みている。
特に学期最後の月は、卒業式関係など、保護者も参加するイベントも多く企画されている。
大人たちにアピールする場はめったにないので、イベント開催の権利の争奪も特に激しい。
がんばるぞー。
わたくしは握りしめたこぶしを頭上にふりあげ、それからもう一度悪役令嬢笑いをして気合を入れた。