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魔王が人間の子供を拾ったようです

作者: 星川 佑太郎

5000文字程度の短編です


---魔界---


赤黒く染まった空。

焼け焦げ、ヒビ割れた大地。

降り積もる灰。

そしてその破壊の中心にはまるで世界の絶望と虚無を象徴するかのように1人の男が佇んでいた。


「ああ……。つまんねぇ……」


その男は怠そうな表情を浮かべながら、ボンヤリと川の流れを眺めていた。

男の背後には滅茶苦茶になった街並みが広がっていた。それは、まるでひっくり返されたおもちゃ箱のような光景だった。

時々瓦礫やらゴミやらが流れてはくるものの、川の流れは男の心境とは違い、穏やかだった。

おもむろに男は川縁にゴロリと寝そべった。


この魔界で知らぬ者は居ない、その男の名は魔王、サタン。

悪逆非道。暴虐の魔王。魔界の生ける天災。

サタンはこの様に、様々な二つ名で呼ばれている。


何故魔王ともあろうものがこの様な辺鄙な場所で1人寝そべっているのか。理由は簡単だった。


飽きたのだ。


何もかもがつまらない。全くもってつまらない。既に生きることすら退屈だった。


実際、先程もイラついたから自国の領地の街をぶっ壊したのだが、言い知れぬ虚脱感が身体を覆い尽くしただけで何も得られなかった。イラついた理由など既に本人にも分からなかった。

そして、壊した後に壊した事を激しく後悔した。

勿論、魔王が癇癪を起こした時は部下が事前に住民を避難させておく。既に扱いは二つ名の通り、天災である。人々はまるで嵐が過ぎ去るのを待つかの様に、耐え忍ぶのみだ。


サタンの圧倒的な力は多くの弱者を虐げ、多くの弱者を恐れ戦かせた。

そして、自分以外の全ての存在は弱者。それをサタンは身を以て実感していた。

既にこの世の中にサタンを恐れない生き物など殆どいない事は自明の理だった。


圧倒的な強さ、それは孤独を意味する。


サタンは孤独だった。


その孤独を紛らわせるように血で血を洗うような戦いを演じ、いつの間にか魔王にすらなり、更に戦いを重ねたが、もうそれにすら飽きてしまった。

確かにサタンには部下はいるが、それはただ力で支配した結果だ。真に心を許せる訳も無い。


この空虚な生をどう消費するか。サタンの目下の悩みはその一点のみだった。


「はぁ……」


溜息を一つ。

サタンは1人、ボンヤリと川を眺め続けていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

サタンの体感では半日ほどの時間が経過していた。


その時、


『どんぶらこ〜どんぶらこ〜』と、一曹の小舟がゆっくりと流れてきた。


「ああ……?」


サタンは一瞬それに気を取られたが、すぐに興味を無くし、視線を外した。


「ふえぇ〜ん!ふえぇ〜ん!」


と、赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。

小舟は『どんぶらこ〜どんぶらこ〜』と流れ、やがてサタンの目の前を素通りしていった。


「ふぇぇぇぇぇ!ふぇぇぇぇぇ!」


やはり、聞き違いでは無く、船からは赤ん坊の泣き声が聞こえて来る。

しかし、サタンは無慈悲にも無視。このまま無視し続ければいつかあの小舟は海へと流れ、赤ん坊はどう足掻いても死んでしまうだろう。


「ふぇぇぇぇぇん!ふぇぇぇぇぇん!」


無視。


「ふぇぇ!うえぇぇぇぇぇん!」

「うるせぇぇぇぇぇぇ‼︎」


サタンは我慢強いタイプでは無かったのですぐに痺れを切らした。地面を抉りながら跳躍し、船へと飛び乗る。


「うえぇぇん!ふぇぇぇん!」

「だぁぁぁ!泣くな‼︎うるせぇな‼︎」


サタンは怒鳴りながら赤ん坊を無造作に摘み上げた。

よく見たら悪魔では無く人間だ。

サタンは赤ん坊なんて殆ど見たことすら無い。ましてや人間の赤ん坊なぞ完全に都市伝説だ。

しかし、それも当然と言えば当然だ。

物心ついた時から気に入らないものを手当たり次第にぶっ壊していたら赤ん坊なんて見る事も無いだろう。

普通の親ならそんな奴に赤ん坊を近づかせたりしない。

そんな訳で、サタンは初めて見る全く理解できない生き物に当惑を隠せなかった。


「このガキ……、一体どうやったら泣き止むんだ……?いっそ殺すか……?」


実際この赤ん坊は人間だ。悪魔の王であるサタンが殺さない理由など全く無い。

サタンは鋭い鉤爪のついた手をグーパーさせながら殺意を漲らせた。

それに反応したのか、赤ん坊はまた大きく泣き出した。


「びええぇぇぇぇ‼︎」

「あああぁぁぁぁ!うるせぇぇぇぇぇぇ‼︎」


あまりにも煩かったのでサタンは本日出した中で1番大きな声で赤ん坊を怒鳴りつけた。

余りにもデカイ声で怒鳴ったので、それに反応して頭から角がズルッ!と生えてきた。


一部の悪魔は、感情が高ぶったりすると角が生えたり羽が生えたり尻尾が生えたりするのだ。そして、サタンは角が生えるタイプだ。

サタンのツノは頭の両側からクルリと一巻きして生えており、黒く鈍い光を放っている。


その時、赤ん坊はその黒く鋭い角の側面をペタクリ触りながらきゃっきゃと笑った。


「きゃはは!きゃー♪」

「な、何なんだ……?このガキは……」


サタンは困惑した。

悪魔が角を生やすという事は(イカ)って戦闘状態へ移行した事を意味する。普通の人間なら心停止してもおかしくは無い。

確かに赤ん坊だから物心はついていないだろうが、それにしても全く泣かないどころか喜ぶとはどういう事なのか。


「きゃっきゃっ!きゃははは!」


サタンはされるがままになりながら立ち尽くした。


---魔王城---


ここはサタンの自室である。

サタンは1日の大半をこの自室で一人で過ごすのだ。


「何やってんだ俺……」


そこには寝転がりながらサタンの衣服を弄ぶ赤ん坊。

そしてすぐそばで諦観の念を全身に滲ませるサタンの姿があった。

結局城まで連れて帰ってしまったのだ。


「何で連れてきちまったんだ……?今からでも捨ててくるか……?」


そう思いチラリと赤ん坊を振り返る。

自分でも既に半分諦めていたが、自問自答せずにはいられない気分だった。


「いや、でも、仕方無えよな……。だってお前が頭から離れなかったんだからな。悪いのは俺じゃ無いよな」

「うー?」


まるでサタンの言葉に返事をする様に、可愛らしく小首を傾げる赤ん坊。

しかし、サタンは少し力を入れれば頭から赤ん坊を引き剥がすことなど容易だったと言うのに無意味に自分に言い訳を始める。


「きゃー♪うー♪」


たいそうご機嫌な様子で赤ん坊はサタンのマントをぐいぐいと引っ張る。

遊べと主張しているのだろうか。

どうすれば良いのか分からずサタンは頭を抱えた。


そしてサタンはもう一度大きく溜息を吐きながら言った。


「ああ……マジで何やってんだ俺ぁ……」


赤ん坊は無邪気にサタンの服を引っ張り、向日葵のような笑顔を見せていた。


---その日の夜---


「ふぎゃあぁぁぁぁ!おぎゃあぁぁぁぁ!」

「うるせぇぇぇ‼︎なんで泣く⁉︎」


サタンがさっきからずっと抱き抱えて揺り動かしていると言うのに一向に泣き止まない。

大サービスでツノまで出したというのに。


「ふぎゃあぁぁぁぁ!うえぇぇぇぇえ!」

「泣くなぁぁぁぁ‼︎」


赤ん坊が泣く理由など殆ど、腹が減ったかお漏らししたか親がいないかの三択なのだが、そんなことサタンが知る筈も無く。


「ちょ、マジで!泣き止め!頼むから!」


泣き止まない赤ん坊にひたすら懇願しながら、抱っこしてゆらゆらするだけ。

こんなところ部下に見られたらサタンは間違いなく三途の川に身投げするだろう。


「よーしよしよし、泣き止めー、泣き止めー!」


泣き止む訳が無かった。


「ふぎゃあぁぁぁぁ!」

「あー……どうすりゃあ良いんだこりゃあ……」


サタンは半分諦め気味に赤ん坊の頭を撫でた。

勿論赤ん坊は泣き続ける。

その時、部屋の外からコンコンとノックの音が。


「サタン様?何やら騒がしいご様子ですが……?」


サタンの部下の女性の声だった。

声の主が誰かわかっているサタンは誤魔化すように大声で返した。


「な、何でもねえ!どっかいってろ!」

「分かりました」


ガチャ。

外から声の主がずけずけと入ってきた。


「分かってねえじゃねえか!ぶっ殺すぞ!レヴィアタン!」


サタンは急いで赤ん坊を自分のマントに隠しながら怒鳴り散らした。

レヴィアタンと呼ばれた女性はサタンの声をガン無視し、マントを一瞥した。完全にバレている。

赤ん坊の姿は隠せても泣き声まで隠せる訳も無いのだ。


「赤ん坊の泣き声が聞こえるのですけれど」

「気のせいだろ」


そう言ってサタンはそっぽを向く。

レヴィアタンはサタンへズイッと顔を寄せた。


「気の所為の訳無いですよね?」

「〜♪」


更にサタンはおもいっきり目を逸らしながら口笛を吹く。まるで「誤魔化してます」と全身で表現しているかのようだ。

サタンは隠し事が苦手なのだ。


結局隠しきれる訳も無く、サタンはマントから赤ん坊を差し出した。


「何で拾ってきたんです?」

「知るか」

「これからどうするつもりなんです?」

「知るか」

「ところで、何処で拾ってきたんです?」

「知るか」

「……あなたは誰ですか?」

「知るか」


イラっ。


「話を聞いて下さいね……?」


レヴィアタンは笑顔を引き攣らせながらサタンの頰を両手でギリギリとつねった。


「痛えな!はなせ!」

「じゃあ話を聞いて下さい」

「知るか」

「『ウォーターボール』」


ドゴォォン!


サタンの素気無い態度にイラついたレヴィアタンは反射的に水魔法をぶっ放した。

部屋の中が滅茶苦茶になってしまった。


「あ」


しかし、赤ん坊がいた事を失念していた。サタンがどうなろうとどの道死ぬ訳が無いのでレヴィアタンにとっては知ったことでは無いのだが、赤ん坊に何かあった場合、下手をすれば死んでしまう。


「てんめぇ……何しやがる!危ねえな!」


サタンは爆煙の中から赤ん坊を抱き抱えて姿を現した。赤ん坊はきゃっきゃと嬉しそうに部屋中に飛び散った水滴を指差しながらサタンの角にじゃれついている。

この様子なら怪我は無いだろう。

勿論サタンに怪我などあろうはずも無い。そっちの心配は毛ほどもしていないレヴィアタンであった。


「で、その子はどうするんです?育てるのか捨てて来るのかどちらかにして下さいね?」

「……く、……」

「はい?何ですか?」

「そ……てる……」

「聞こえません。もっとはっきり仰って下さい」

「そ、育てるって言ってんだろーが!分かったらどっか行け!バーカ!」


顔を真っ赤にしながらそう言ってサタンはレヴィアタンを部屋から締め出した。まるで子供のようだ。


(しかし、あの暴虐の魔王と呼ばれしサタン様が人間の子供を育てると宣言するとは……頭でも打ったのだろうか?)


そう思わずにはいられないレヴィアタンであった。


程なくして赤ん坊の泣き声が再度聞こえてくる。

レヴィアタンはやれやれと嘆息しながら部屋のドアをまたしても無断で開けて言った。


「お腹が空いているのではありませんか?」


サタンが拾ってきてから赤ん坊は何も口にしていなかったのだ。


「成る程な。じゃあレヴィアタン、乳出せ」

「ぶっ殺しますよ?」


レヴィアタンは本日一番に怖い目つきでサタンを睨みつけた。

あまりの剣幕にサタンは不覚にも少し引いてしまった。


「じょ、冗談だろーが。まぁ、適当に頼むわ。ガキの事は他のやつにバレねえように頼むぞ」

「分かりました」


そう言うと、レヴィアタンは赤ん坊を抱き上げた。


「あー、う〜」


その時、赤ん坊はサタンに向かって手を差し伸べた。

少し目元が潤んでいるのは先ほど泣いたからだろうか。


「じゃあなガキ。後でな」


と、サタンはそっぽを向いた。顔が真っ赤である。


「サタン様。『ガキ』では不便ですし、名前をつけてあげてはいかがですか?」

「ああん?名前ぇ?あー、名前か……」

「しかし、サタン様は犬に『ワン助』と名付ける様なネーミングセンスの持ち主ですし……。些か不安ですね……」

「んだとテメエ……?見てろよ……。あー、そうだな……じゃあ……」


サタンは少し間を置いて言った。


「『リリン』なんて、どうだ?」


言った後、サタンは評価を伺うようにレヴィアタンの顔を見た。実に不安そうな顔だ。

その顔を見たレヴィアタンはフッと笑うと赤ん坊を抱き直してドアを開けた。


「『リリン』ですか。サタン様がつけたにしては良い名前ですね。リリン、あなたの名前はリリンですよ?」

「お前は一言余計なんだよ。素直に褒めろよ」


サタンはレヴィアタンの態度に安堵した様に息を吐いて言った。

リリンは先程まで大泣きしていたというのに、きゃっきゃと嬉しそうに笑い始めた。

それを見たレヴィアタンは満足げに柔らかく微笑みながらリリンと共に部屋の外へと出て行った。


直後、部屋の外からテンパったレヴィアタンの声が。


「サタン様ー!リリンがお漏らししましたー!タオルタオル!」

「馬鹿野郎!デケエ声出してんじゃねぇ‼︎」


何だか大変な日常が始まりそうな予感がするサタンであった。

さて、魔王はこれから頑張ってリリンを立派な女性に育てることができるのでしょうか⁉︎

まぁ、それは分かりませんが、この3人の今後を妄想して一人ニヤニヤしている毎日です。

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