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定跡の外  作者: 森扇
2/6

2話

「ここから苦しくなっちゃったかな」


そう対局者の織田先輩が指摘した局面はやはり、僕が折れた局面だった。

ただ、先輩の見解は僕と微妙に違う。

僕はあの局面にしてしまったのが悪かった、と思っている。

織田先輩はあの局面からの指し回しが悪かった、と言っている。


「気持ち悪いだろうけど、歩を打って謝るのが最善だったかな」

「はい。でも、そんな手を指させられている時点で悪かったと思っています。」

「まあ、そうかもね。指していてこっちも気分は良かったよ」


そう言って織田先輩は笑った。


感想戦を終えて時計を見ると、ちょうど活動終了時刻だった。


「じゃあ、みなさん。宴もたけなわですが、そろそろ片付けて出ましょう」


会長の大山先輩のいつもの一言で今日の活動が終了した。

会長にとっては毎日が宴らしい。


「じゃあ川瀬くん、鳥鶏行こっか」


駅で電車通学組を見送ってから織田先輩がそう提案した。

僕と織田先輩、それから今日は来なかったが顧問の佐藤さんは大学まで徒歩で通っている。三人とも家が近く、一緒に食事をすることは他の会員よりずっと多い。鳥鶏は三人でよく行く鳥肉が有名なお店だ。有線で各年代のヒットソングを流しているのが二人の心を掴んだらしい。


「ご一緒させていただきます」


鳥鶏までの道程を織田先輩の話を聞きながら歩く。

織田先輩はおもしろくて、優しい、振り飛車党の先輩だ。

いつも周囲に気を配って、場を和ませている。


たぶん今も、僕に気を使っているのだろう。


将棋に負けた直後の僕は自分でも分かるくらい面倒くさい。

高校時代から友達に言われ続けているが、未だに治っていない僕の悪い癖だ。

とにかく口数が減って、否定的になる。

そして、負けを引きずる。

我ながら最悪だと思う。大学生にもなったんだからいいかげん治さなくては、と思ってから既に三ヶ月が経ってしまった。


ちょうど織田先輩の話が終わる頃に鳥鶏に着いた。

テーブル席に案内され、小型のドラム缶を改造した椅子に座る。


「俺は生にするけど、どうする?」

「コーラにします」

「佐藤さんいないからお酒飲んでもいいよ?」

「・・・コーラで」

「ははは。OK。じゃああと適当に頼んで」


結局生ビールとコーラとサラダとせせりとハツを頼んだ。

織田先輩はせせりが好きなのを僕は知っていた。


「今日は何局指したの?」


乾杯して、一口飲んだところで先輩が訊いた。


「二局です」

「俺とあと誰と指したの?」

「麻倉くんです」


麻倉くんは僕と同じ1年生だ。力戦を好むオールラウンダーだ。

棋力は先輩方の見立てだと僕と同じくらいらしい。事実、戦績はかなり五分に近いが、最近は僕の負けが続いている。

今日も僕が負けた。


「どうだった?」

「負けました」

「どんな感じだった?」

「麻倉くんの石田流に居飛車左美濃で対向しました。麻倉くんがほとんど囲わずに攻めてきて、対応しきれずに負けました」


織田先輩はそこまで聞くと、なるほどねぇ、と一言呟いて少し黙った。それから、一口ビールを飲んで


「まあ、次は勝つよ」


と、まるで自分のことのように言った。

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