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走れ飛脚  作者: 如月海月
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飛脚、野伏せりに遭う

 飛脚は奮起した。必ず、この古今無類の密書を届けねばならぬと決意した。飛脚は政治が分からぬ。けれども、その飛脚を以てしてもこの密書が大義なものだと言うことは理解できた。日本ひのもとの歴史は今、飛脚の手に委ねられているのだ。

 飛脚は武家に抱えられている人間であった。飛脚の出発地であった京は現在戦場となっており、飛脚の主家はその乱に関係している。飛脚はその戦場から脱出し、備中の国に滞在しているさるお方への密使として駆けているのであった。


 飛脚は京を脱し、野を越え、山に入り走り続けた。一刻も早く、誰よりも早くこの情報を相手に届けねばならぬ。そしてそれが成功した暁には、飛脚は法外な恩賞を貰えるに違いなかった。それだけこの手紙の価値は大きいのだ。

 しかし、ここにおいて飛脚に不幸が襲ってきた。野伏せりの一団と遭遇したのであった。

「待て!」

 野伏せりの群れは突如、山中の木々の間から飛脚の眼前へ踊り出た。

「持ち物を全て置いて行ってもらおうか」

 飛脚は息を整えながら必死にしゃべった。

「あっしはしがない飛脚でござる。目ぼしいものなどございませぬ。どうか見逃して頂きたい」

 野伏せりの頭と思われる人間が、飛脚を見てせせら笑った。

「あるではないか。お主が大事そうに懐に潜ませているものが」

 盗賊稼業だけあって、野伏せりは鋭かった。飛脚は咄嗟に密書を潜ませた懐を庇うような体勢を構え、警戒してしまっていた。もしこの密書を奪われたとあれば、自分はきっと打ち首を免れ得ぬだろう。

 飛脚は懇願した。

「お願いでございます。これは金品に替えられるようなものではございませぬ」

「ええい、黙れ。奪ってしまえ」

 たちまち飛脚は身ぐるみを剥がされ、密書も取り上げられてしまった。火急の用とは言え、然るべき相手への使いとして、飛脚は正装を施していた。山賊達にとって、それだけでも奪う価値があるのであった。


 その山賊の一人が、取り上げた密書を勝手に覗きこんで悲鳴を上げた。

「頭、こりゃとんでもないことでございますぜ」

「なに!?」

「将軍の名もみかどの名も知りませんが、こいつは知られてる名だ!」

 身ぐるみを剥がされた飛脚は、ここぞとばかりに力説した。

「これを境に、日本の歴史が変わりましょう。あっしを助けたとあらば、天下人から貴方達にも褒美が下りまする。どうか考え直してください」

「だが、その天下人が……」

 山賊の頭が何かを言いかけ、ふと考え込んだ。もちろん、飛脚も山賊も詳しい政治の事情は分からない。しかし、そんな庶民の枠を超えた大事が、この密書には記されているのであった。


「そいつに服と密書を返してやれ」

 おもむろに山賊の頭が言った。それから、

「この先の山を越えた街道の入り口で、密使を捉える関をやっている。恐らく、京の戦に関係することだろう。このままだとお前は捉えられ殺される」

 山賊の手下達は不満の声をあげた。

「頭、本当にこいつの言うことを呑み込むんですかい?」

「そうだ。世の中が変わるってのは本当のことだろう。世の中の変わり目に上手く乗じることができりゃ、一気に風雲に乗れる。今はそういう時代だ」

 そう言って、山賊達は飛脚に僧服と数珠を渡した。

「そいつは、この前旅の僧侶から奪った袈裟と道具だ。関所を越えるときは僧侶の格好をして通るといい」

「かしら!!」

 山賊達は大声をあげたが、山賊の頭は笑って飛脚に言った。

「その僧服が俺達がお前を助けた証だ。筑前の部下には、盗賊から成り上がった奴がいるらしいじゃないか。俺達も僧服一つであやかれると思えば、安いものだ」

『筑前』と言うのは、飛脚が密書を届ける相手方の名前である。

「へえ、恩に着まする」

 飛脚は再び駆けだした。

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