01話 新しい世話係
教室の空気は、最初から死んでいた。
誰も騒がないわけじゃない。
笑い声もあるし、机を引く音もする。
でも全部、どこか一線引いた場所で鳴ってるみたいに遠い。
その中心に、そいつはいる。
窓際、一番後ろの席。
頬杖をついて、退屈そうに外を眺めているだけ。
それだけなのに——誰も近づかない。
名前を呼ぶやつも、ノートを見せるやつもいない。
教師ですら、視線を合わせる時間を最小限にしている。
知っているからだ。
あれが何なのか。
ただの高校生じゃない。
ただの不良でもない。
——壊す側の人間だ。
「……なぁ」
その空気を、平気で踏み抜く声があった。
教室の端で、何人かが一瞬だけ固まる。
あり得ない、とでも言いたげな顔で。
その声の主は、教室の入り口に立っていた。
新品のスーツはこの場に似つかわしくなく、
けれど立ち姿だけは妙に馴染んでいる。
場違いなのに、引いていない。
むしろ——踏み込んでいる。
「お前が、今日から面倒見るガキか」
ざわ、と空気が揺れる。
誰もが思う。
やめとけ、と。
そいつに話しかけるな、と。
でも男は気にしない。
視線の先にいる“それ”だけを見ている。
窓際のそいつは、ゆっくりと顔を向けた。
ほんの少しだけ目を細めて、
相手を値踏みするみたいに眺める。
数秒。
それだけの沈黙で、教室の温度が下がる。
「……へぇ」
小さく、笑った。
面白そうなものを見つけたみたいに。
「新しいやつ?」
軽い調子。
けれど、その声を聞いただけで、何人かが視線を逸らす。
関わるな、と本能が言っている。
男は一歩、教室の中に入る。
止めるやつはいない。
止められるやつもいない。
「世話係や。辞める気はあらへんから安心せぇ」
その言葉に、何人かが息を呑む。
——また一人、終わる。
そう思った。
今までがそうだったから。
けれど。
「あっそ」
そいつは、ただ興味なさそうに返した。
すぐに視線を外して、また窓の外へ。
まるでどうでもいいと言わんばかりに。
普通なら、それで終わりだ。
近づいた人間は、すぐに壊れる。
関わろうとした時点で、終わっている。
でも——
「こっち見ぃや」
男の声が、もう一度落ちた。
今度はさっきより、少しだけ強く。
命令に近い響きで。
教室の空気が、完全に止まる。
誰も動かない。
息をするのすら、ためらうみたいに。
窓際のそいつは。
ぴたりと、動きを止めた。
「......なんやねん、」
静かに、けれどどこか気に入らなさそうに
その日はそれで終わった
学校が終わり、少し歩いた場所、でかい屋敷、ここら一体にシマを持つ組
「南渕組」
その屋敷に先程の、窓際の"そいつ"、が、入っていった
「ただいまぁ〜」
間延びした声、玄関には先程のやつが仁王立ちで待っていた、先程と違うのは、服装が柄シャツなところくらいだろうか
「おい、お前名前なんや、さっきあれから無視したやろ」
新しい世話係、勝手に親父が呼んだのだろうか、頑丈で壊れにくそうだがめんどくさそうなやつだ
「名前も知らんと世話係になったんかいな、人の名前聞く時は自分から名乗るもんちゃうの?」
呆れながら靴を脱いで屋敷に入る、自室に向かうのだろうか仁王立ちしている隣をするっと通り過ぎて廊下を歩く
「生意気なガキやな、問題児っちゅうんは聞いとったけど」
イラッとしながら後ろを着いてくる、背中を追うように
「俺は東や、東 昂名乗ったで、お前は?」
東 昂、そう名乗った世話係は偉そうに聞いてくる
「遊
南渕組組長、南渕 遊造の息子 南渕 遊、」
そう言って部屋の扉を閉める荷物を置き着替えるその間も扉の前で東はずっと喋っていた
「遊か、あんなぁ組長の息子やからて甘やかしたりはせんで、さっきもそうやったけどなんやあの態度、そもそも歳上に対しての態度とちゃうやろが」
説教、世話係の業務は身の回りの世話だけだったはずだがこの男は偉そうに説教をしてくる。
扉を勢いよく開け父親がいる書斎へと、東には見向きもせず向かう
「おい、まてやガキ、無視しとんとちゃうぞ、!」
書斎のふすまを開け新聞を読みながら煎餅をかじる父親の正面まで歩く
「おい親父、なんやこいつ、新しい世話係なんはわかったけどこいつ偉そうに説教してくんで」
不満そうに抗議する、父親、遊造は新聞から顔を上げ遊を見る
「ええやんおもろそうなやつやろ?お前が頑丈なやつ言うとったから心も体も頑丈なやつ連れてきてん感謝しいや」
豪快に笑う、昔から適当な父親だった、自分が面白ければそれでよし、親としてどうなのだろうか
「まぁせやけど、うるさいでこいつ」
この親あってこの子あり、遊自身も面白ければそれでいいのだ
「うるさいってなんやねん!!組長、こいつほんまに根元から腐ってます」
そう東は言うが遊造は知ったこっちゃ無さそうに笑う
「ええやん!ええやん!まぁ頑張ってな東!」
丸投げ、東は頭を抱える
「まぁええか、ほなよろしくな、まぁ耐えられたら....の話やけど」
そう言って書斎を後にする、東は理解できないといった顔で、
対して遊造は____
「せやなぁ、」
と楽しそうに喉の奥でくくっと笑う
_____翌日、今日は土曜日、学校がない日
「起きろやぁ!!」
朝からそんな怒声が屋敷に響く、その怒声を向けられている当の本人は、
「うるっさいのぉ、、朝っぱらから大声出すなや、休みやし、ええやろ」
欠伸をしながら部屋から出てくる、だるっと言いたげな表情で
「甘やかさへん言うたやろ!飯できとるからはよ来い!」
遊はまだ眠そうな顔で
「朝飯いらん、散歩行ってくるわ、」
そう言って一人で屋敷から出ていく、
「は?、アホちゃうかあいつ!組長の息子が一人でほっつき歩くとか!!」
だがとっくに姿はない、
気配も、もう消えていた、
朝の光が心地よい、南渕のシマは遊にとっては家の庭と同じ、慣れた足取りで街を歩き、
廃ビルの屋上へ行く、いつもの場所だ
横になり空を見上げる、街で東が大声で探し回ってる声が聞こえる
「あいつ近所迷惑っちゅう言葉知らんのかいな、、」
そう呟きながら体を起こし屋根から屋根へ、軽々と飛び移る
屋敷に戻り、置いてあった朝食を適当に済ませる
「あいつどこ行っとんねん、、」
息を切らし、汗だくになった東が帰ってくる
横から包丁が飛んでくる ヒュンッっと風を切る音
東の金髪が、数本だけ宙に舞った
「はっ、、、」
時が止まる
数秒でも遅ければ、目は潰れていた
____いや、命ごといかれていたかもしれない。
包丁が飛んできた方向へ顔を向ける
「おかえり〜。遅かったなぁ」
高い棚の上で足をぶらつかせるゆうの姿がそこにあった、手にはもう1本の包丁、
「お前っ、遅かったなぁやないねん!!死ぬとこやったろが!!」
冷や汗が首筋を伝う
遊を睨みつける
「生きとるやん。油断してる方が悪いねんで」
そういいながら、手にしていた包丁を、東の額___ど真ん中目掛けて放る
正面から来たそれを、さすがに身を引いて避ける
東のこめかみがピクリと引きつった
「お前、ええ加減にせえよ。ガキや思って許しとったけど....もう無理やわ、」
先程まであんなにうるさかった東が、静かに、押し殺した声で呟く
「ええやん」
遊は楽しそうに、口元を歪める
東が動く。最短距離、殴りかかる。
「なんや、わかりやすいやっちゃな、、」
遊はつまらなさそうに身を引いて避け、そのまま廊下の真ん中に立つ
東は止まらない。
二発、三発と拳を振るう。
だが——
全部、当たらない。
「遅いわ」
遊は最小限の動きでそれをいなす。
避けるたびに、ほんの少しだけ距離がずれる。
まるで、遊ばれているみたいに。
東の呼吸は荒い。
それでも、拳は止まらない
「頑張れ頑張れ〜」
そう笑いながら、息一つ乱さずいなし続ける
東は距離を詰める。
だが____届かない。
あと一歩のところで、遊の姿がズレる
「ほら、もうちょいやで」
軽い声。
まるで遊んでいるみたいに。
「鬼さんこちら〜。捕まえんと鬼の負けやで?鬼ごっこくらいルール知っとるやんな?」
東が声を上げながら、さらにスピードを上げて遊に向かう。
だが——
届かない。
何度踏み込んでも、その距離は埋まらない。
やがて、東の足がもつれる。
そのまま、膝から崩れ落ちた。
結局、一撃も当たることはなかった。
「なんや、もう終わりなんか?」
遊が、上から覗き込む。
立ち上がろうとして____力が抜ける
歯を食いしばるが、足は動かない
「もうええわ。いきなり貰ったおもちゃ壊したら親父に怒られるし、」
それだけ言って、遊は背を向ける。
足音が、遠ざかっていく。
その背中を見てる事しかできない東は、拳を握りしめた。
____一撃も、当たらなかった
「なんや、期待しすぎてもうたか」
小さく呟く。
それだけ言って、遊は歩き出した。




