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6 十二歳2

 我が国を含む大国七か国の初代国王達は魔王による世界規模の壊滅的な被害から死に物狂いで人類の生活を立て直した、正真正銘の英雄たちだ。

 なにせなにもかもが失われた状況から始めなければならなかったのだ。その道のりが多大なる苦難と共にあっただろうことは想像に難くない。多くの命が消え、文明の根幹たる知識や技術の殆どが失われた状態での再建だ。その道のりがどれほど苦しく辛く、惨めなものだったか、今を生きる者達には到底理解などできないだろう。それでも初代国王達は手を取り合い、情報共有を徹底し、資源を分配し、とにかく人類が人類としての尊厳を保てる環境を整えることに力を尽くした。被害の規模が目に見えて酷かったためか、この建国時代、王とそれを支えた者達は本当に優秀な人間ばっかりだったと歴史は評価している。無論、貧困や誤情報の拡散などによる暴動のようなものはいくつか発生していたようだが、それでも最善を尽くしたことを疑う者はいない。

 とはいえ、そうして立て直しに成功した後の時代。かつての滅びを全く知らない世代が権力を持つようになれば、どうしたって一定数愚かな人間は出てくるだろうに、何故か我が国の国王はなんだかんだと愚王が立ったことはない。建国からもう五百七十六年も経つというのにだ。だって人間という生き物はそこまで賢くはなれず、過去が風化すれば、どうしたって驕りや慢心から欲に溺れる者は出るだろうし、権力欲に囚われる人も出るだろう。性に奔放な人がいてもおかしくない。

 歴史で習う王の系譜は、常に優秀な者が選ばれている。時には第二王子や第三王子が王位についたし、女王もたくさんいる。どころか十三代目国王は、十代目国王の末妹のひ孫というのだからその徹底された判断基準には驚かされる(そして実際その女王陛下はとても優秀だった)。為政者としての才が正しく選択の基準になっているのは国民としては安心できることではあるが、本当にそんな理想論が成り立つのだろうか? とリゼッタが疑わしく思ってしまうのも、おかしなことではないだろう。

 勿論、魔王の映像とやらが【そうしなければならない】【でなければまた世界が滅ぶかもしれない】という危機感の要になっているのは想像できていた。文字で読むよりも映像で見た方が信憑性も実感もわくだろうとは思う。

 とはいえ、ねえ。本当に?


 そんな疑いを抱いていたリゼッタ自身が、誰よりも奢っていたし慢心していたのだとここにきてハッキリと自覚した。

 いや、言い訳をさせてもらえばある程度の覚悟はしているつもりだったのだ。前世の情報もあるし、習った滅びと再建の歴史が事実だろうことも書物から理解していた。魔王が恐ろしい生き物だということも認識していた。つもりだった。

「リゼッタ、大丈夫か?」

 見せられたのはほんの十五分ほどの映像だった。淡々とした、ただ事実を残しただけの記録。ホラーのように計算された恐怖なんてひとつもなかったのに、なかっただけに、恐ろしかった。

 そっと手を握り、肩を抱くように引き寄せてくれた姉の言葉とその暖かな体温に、ハッと意識が引き戻される。次いで、忘れていた呼吸と、バクバクとうるさい心臓の音が駆けるように体内を巡る。

「これでも縮小しているし、音と臭いだって遮断しているんだけどね」

 いつもと変わらず穏やかな殿下の声に、姉が噛みつくように言った。

「通常なら平面での再生のはずですが?」

「それでは好奇心旺盛なリゼッタには物足りないだろうと思ってね。私の練習も兼ねてこの形にしたんだ」

「貴方の好奇心をこの子のものにすり替えないでいただきたい」

「そんなことはしてないよ。みな、彼女の才に期待をしているからこその特例というやつだ」

「どうせ貴方が強引に押し通したのだろうが」

「私個人のわがままだけではそう簡単には通らないと、きみも知ってるだろうに」

 張りつめていた気が楽になった分、頭上で飛び交うバチバチとした会話がリアルタイムで怖い。どこからどう聞いても王子様に対して喧嘩腰の姉を、止める者は誰もいない。慌てる素振りすら見せない。兄も、同席している魔術研究所と遺物管理局の人達……は身分的に無理かな。でも、殿下の護衛の人達も、殿下の乳兄弟にあたる公爵家三男の人も、誰も。どこか慣れたような空気。ということはこれはいつもの光景なのだろうか。婚約はほぼ確定のはずなのにこれでいいのだろうか。

「殿下、ほら、リゼッタ嬢が驚いてますよ」

「姉上も程々になさってください」

 舌打ちしそうな勢いでカーティは殿下から、殿下の乳兄弟のエメリヒに無言で視線を移した。

「わかってますって、カーティ。俺もこれは殿下がに責があると思ってるので、後でちゃんと言っておきます」

「そう?」

「事前に説明はすべきでしたよ、さすがに」

「どう説明しても結果は同じだと思うけど」

 ね、と同意を求めるような殿下の視線に、頷くべきかとても悩む。リゼッタ自身、確かに事前に説明されていても同じ結果になってただろうなと同意できる反面、映像記録がどういうものかを詳細に教えてもらえていれば身構えることくらいはできたのにと恨めしく思うところもあるので、とても悩む。

 当時の記録を元に後世になって作られた映画のようなものだろうと思い込んでいたのが良くなかった。前文明の技術を舐めすぎていたし、魔王という存在そのものの影響力を軽視しすぎていた。でもまさか、板ガムみたいな小さく薄い結晶板から立方体の映像が(拡大縮小が自由にできるとか)、当時の魔力波まで(音と臭いも再生可能とか)忠実に再生できるなんて誰だって思わないだろう! と、言い訳はさせてほしい。せめて心の中だけででも。

「ここは怒っても構わないよ、リゼッタ」

「いえ、お姉様、さすがにそれは不敬なのでは」

「いいや。一度見たことがある私達だってそれなりの衝撃を受けたんだ。そんなものをまともな事前説明もなしで騙し討ちのように見せられたんだから、これはもう殆ど精神攻撃に近い。家から正式に抗議すべき内容だ」

「確かに、あの魔力波は常人にとっては毒に近そうですね」

 小さく同意する兄に、リゼッタも本音としては同意だ。この世界には五感ならぬ六感があり、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、魔力感覚がある。魔力感覚とは外部の魔力を感じることを指し、人によってその感度や精度は異なる。視力の強弱に個人差があるようなもので、普通に生きていくうえでは強くても弱くてもこれといって問題になることはない。視力補正を目的とした眼鏡のように魔力感覚を補強する魔道具もあるし、生死に直結するようなものでもないので。

 だがしかし何事にも例外はあり、強すぎる魔力波は身体によくないと聞いたことはあった。なるほど、つまり今回の映像による魔力波がまさにそれにあたるのだろう。別に死にそうな感じはないけど、なんというか、漠然と気持ち悪い。吐きそうとまではいかないが。

「でも前文明の技術と魔王の存在感を同時に体感できたのは悪くなかったんじゃない?」

 殿下は姉や兄、エメリヒの苦言を丸ごと無視してリゼッタにそう問いかけた。どこか意味深に微笑む瞳からは、リゼッタが是と応えると確信しているような気配があった。そんな阿吽の呼吸めいたものを感じられるほどの付き合いはないが、しかし気持ちが落ち着いてきた今となっては先ほどの貴重な体験への感動めいたものがじわじわと沸き上がってきている。文章よりも雄弁に、言葉よりも的確に、あれがどれほど恐ろしい存在であるかを体感できる機会なんてそう簡単に得られるものではない。カーティの言葉を聞くに、本来なら平面で見るだけだし、魔力波も出ないようだ。っていうか出力形態で平面とか立方体とか選べるってこと? すごいね前文明。もしかしたらVRみたいに映像内に入り込むことも出来るの? 今の映像を六感全てで体感したら即死しそうだが技術としてすごいのは言うまでもない。

 あー、ああああ……実に悔しいが。

「………………確かに、悪くないです」

「うん、本当にきみは将来有望で嬉しいことだ」

 ? 将来有望? なにが?

「私などちょっと好奇心旺盛なだけの子どもでは?」

 わずかに首を傾げると、今まで無言を貫いていた魔術研究所と遺物管理局の人達がぶんぶんと首を横に振り、なんかすごい勢いで食いついてきた。

「そんなことは断じてあり得ません!」

「王宮図書館二十層までの許可を取得したリゼッタ様は我等の希望の星なのです!」

「えっ」

 なにそれ。

 身分的な配慮から、彼等とはある程度の距離が保たれているというのに、こちらに身振り手振りで熱意を訴えてくる彼等の勢いがぶっちゃけ怖い。映像再生の魔術構築などのために同席しているのだと思い込んでいたけど、もしかして違うのか? ていうか希望の星ってどういうこと。

 姉や兄を見ると、やっぱりこうなったかぁ、みたいな顔をしていて。殿下はいつも通りなに考えてるかわからない笑顔。エメリヒだけはちょっとこちらに同情的にも見えるが、別に助け舟を出してくれるような気配はない。殿下たちは一瞬の目くばせで、説明係を兄に決定したらしい。その気安いやり取りを見ていてふと気づいた。よく考えたらこの四人って幼馴染みたいなものだし、リゼッタの存在って滅茶滅茶アウェーなのではないだろうか。むしろなんでこのメンバーに混ざって鑑賞会させられてるんだ?

「リゼッタは王宮図書館の構造については説明を受けている?」

「いくつかの層にわかれていて、一から五層までは本の持ち出しが可能だが、六層以降の書物や文書は持ち出し禁止。といった内容なら」

「では妖精の噂話を聞いたことは?」

「あります。――もしかして、王宮図書館は本当に妖精が管理に携わっているのですか?」

「俺達も最近知ったことだが、どうやらそうらしい。そのうえ、二十層以降は完全に妖精の内部になるので入れる人間が限られるんだそうだ」

「妖精の内部!?」

「いわゆる動物的な腹の中という意味ではなく、その妖精が作った特殊な空間? 場所? らしい」

 兄もはっきりと理解はしていないのだろう。どうしても曖昧になってしまう表現を挟みながら色々教えてくれた。十層までは完全に人間が管理している場所なのだが、十一層から十九層は人間の管理エリアと妖精の空間? が混ざっているらしい。そして、二十層以降は完全に妖精の空間になり、二十層以降に入室するにはその妖精の許可が必要となる。つまりは功績や身分、性格や容姿などといった人間的価値基準が全く通用しないということだ。

 つまり、そんな貴重な場所に出入りできるリゼッタは各分野の研究所や遺物管理局の人達にめちゃめちゃ目をつけられている。ということらしい。

 

 これ、知らない間に面倒事に巻き込まれているということなのでは!? 嫌な予感しかしないのだけど!?

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