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3 十歳2

 この世界、知識を得るには基礎五紋の契約が必須となる。

 童話などの子供向けの本を読む程度なら契約は不要だが、それ以外の書物に触れるためにはまずは契約をしなければ始まらない。でなければ、自身の家にある図書室ですら入ることは叶わないのだ。身分や血筋があっても、契約がなければそういう場所を知覚することができない。いわゆる認識疎外というやつだ。

 その制限からようやく解放されて家の図書館に入る資格を得たので、世界史や魔法史についてわかる範囲から順に目を通していく。マナー以外の家庭教師も本格的に勉学に時間を取ってくれるようになったこともあり、これ幸いと好奇心のままに質問を重ねた。その結果、やはりこの世界の歴史はゲームの設定とは異なっていることが確定した。

(精霊は自我を持たない、というのがこの世界の常識だ)

 あくまでもそういう説が定番というだけなので確証はないが、精霊と意思疎通可能な人間はいない、もしくは絶対数が少ないということは確定した。ヒロインが特殊能力を持っていたから精霊と意思疎通が可能だったのか、それともなにか条件があったのか。もしくは、件のゲームはただの創作物でしかなく、この世界とは無関係ということか。疑問は尽きないが、ゲームのジャンルは至って平和で平穏な恋愛シミュレーション。人が死ぬようなサスペンスやミステリーでも、世界を救う系のRPGでもなかった。グロテスクな展開もホラー展開もなかったはずなので、特別に警戒するほどのことはないだろう。

 ただ、ヒロインの選択がこの国の未来に影響を与えるのは確かなので、その点については思うところがある。ゲームの設定が確かなら、ヒロインはとても勤勉でなにごとにも意欲的に取り組む性格のうえ、コミュニケーション能力に長けており、頭の回転も早い万能型。姉や第一王子殿下に引けを取らない能力を持っている優れた人材だ。そんな高スペックの人が本当にこの国にいるというのなら、是非とも義姉なり王妃なりの身分を狙っていただきたいところだ。痴情の縺れになるのは勘弁だが、かといってその能力が日の目を見ないというのも勿体なさすぎる。

 どこの世界でもどんな時代でもどんな生活水準にあっても、優秀な人材というのはどれだけいても困らない。

 せっかくだから探してみようかなと一瞬考えてはみるものの、探す手段が思いつかなくてすぐに諦める。そもそも名前がわからない。デフォルトネームは覚えてるけど、今を生きている(だろう)ヒロインの名前がそれだとは限らない。だって名前は変更可能だったし。学園入学時の家名は覚えているけど、平民として生まれた少女がいつその家に引き取られたのかは忘れてしまった。こんな状態で人探しなど無理だろう。というか、条件に値する少女を見つけたとしてそれが本当にヒロインなのかを確認する術がこちらにはない。

 つまり、現時点でヒロインについてこれ以上考えたところで利点がない。

 

 ならば、せっかく前世の記憶などという不思議なものを得たのだ。好奇心を満たすために知識を得るのも悪くないだろう。

 そう思い立ち、駄目元で父に王宮図書館に行ってみたいとお願いしたら、何故か第一王子殿下が許可証を持って我が家までやってきた。なぜ? まあ一応側近候補の兄に会いに来たついでという体らしいのだが、それならそれで許可証は兄に預けてもらえればそれでいいはずなのに。なぜわざわざリゼッタと対面する必要があるというのか。

 よくわからないものの、拒絶する必要もないので侍女たちに急いで身支度を整えてもらって応接室に向かう。先導してくれる兄の侍従(見習い)についていきながら、そういえば今更ながらに応接室という部屋に行くのは初めてだと気づく。なにせ侯爵家は侯爵家というだけあって、めちゃくちゃ広いのだ。正直マップが必要なレベルだが、安全のためにそういうものは用意されていないのだそうだ。きっと、隠し部屋とか、入室制限のある部屋などもあるのだろう。もしかしたら侵入者を捕えるための罠とかもあったりするかもしれない。

 そういえばこの世界、安全対策ってどうなってるんだろう。魔術でそういうのを補ってたりするのかな。それとも騎士達による監視がメインなのだろうか。確かゲームの登場人物たちは文武両道な人も多かった。今から会う第一王子もその一人だ。

「ねえハリス、殿下ってどんな方?」

 兄の侍従に聞くと、兄と同い年でリゼッタのひとつ年上の少年は少し悩むようにしながら歩を緩めた。

「会ったことなかったっけ?」

「あるにはあるけど、ちゃんとお話ししたことはないから」

 少々砕けた口調のハリスだが、彼を窘める声はない。ハリスは兄に仕える役目はあるが、リゼッタにとっては幼馴染ともいえるほど近しい存在でもある。そのため、公の場でない限りは多少礼儀に欠けた行動を取っても咎められることはない。リゼッタに同行している侍女たちも慣れたものだ。

「俺からすると、噂通り優秀な方って印象かな」

「それは能力の話だよね? 性格は?」

「わからない」

「わからない?」

「なんというか……俺に悟らせるほど甘くない感じ?」

 なにそれ怖い。まだ十一歳なのにそういう感じなの? 確かにゲームでは正統派の王子様兼腹黒枠だったけど、でもまだ十一歳なのに。

「今更だけど不安になってきた」

 そんな人がなんでわざわざリゼッタに会おうとしているのだろう。特別な用件もないだろうに。

 思わず呟くと、心配するような理由は多分ないとハリスが教えてくれた。

「カーティ様が『私の妹はとても可愛い』と色んなところで口にしているからそれが気になったらしい」

(お姉様! それならせめて同席してほしかった……!)

 弟妹に甘いところのある姉の姿を思い浮かべるが、恨むように叫んだところでなにかが変わることはない。思わず項垂れたくなるが、兄が同席してくれるだけマシというものだろうか。

 立ち止まったハリスの後ろでゆっくり深呼吸する。別に非公式の面会なのだから、粗相をしたところで大事に至ることはない。ちらりとこちらを伺うような視線に頷いて見せると、彼は応接室の扉をノックした。


 ひとつ年上の王子様は、どうやらそこそこ気さくで悪戯好きな性格らしい。来訪の目的は【王宮図書館を解放するに足る人物かの確認だ】と本人は言っていたが、兄曰く「許可証が出ているのならその確認はとっくに済んでいる」とのことで、つまりはただただ興味本位と気分転換で我が屋敷を訪れたということらしい。

 なので、なぜ王宮図書館に興味を持ったのか、なにを知りたいのか、そんな雑談めいた質問には無難に答えておいた。興味が湧いたから、知らないことを知りたいと思ったから、と。これは決して嘘ではない。本当のことの全てというわけでもないけれど、結局は好奇心のためだ。

「なるほど、きみが私の婚約者候補として名前があがらなかったのはきみが知識の管理者候補だからか」

「知識の管理者、ですか?」

 知らない言葉を聞き返すと、兄が結構あからさまに溜息を吐いた。

「殿下、リゼッタはまだ十歳を迎えてからそう時間が経っておりません」

「そういえばそうだった。では今後習うことになるだろうけど、貴族の家というのは大抵、家門を統括する者、政治を専門に担う者、知識を管理する者、技能を継承する者など担当者をわけて教育を施していく」

 へえ、この世界にはそういう文化があるんだ。つまりは分業ということだろうか。

「初めてお聞きしました」

「家によって呼び方や担当分野の範囲は異なるけどね」

 それはきっと家の規模や専門性によっても変わるということだろう。

「つまり、お兄様はいずれ家門を統括する者、叔父様は技能を継承する者、ということでしょうか?」

「殿下の言葉を借りればそうなるな」

「中でも知識の管理者は少々特殊で、適性が必要になる。その理由は想像できる?」

 なぜか、試すような質問と探るような視線がリゼッタをじっと見つめている。さっきから一体なんだというのだろう。ただの好奇心? それとも何かを疑われているのだろうか。兄の方をちらりと伺うが、好きにすればいいと言わんばかり頷かれた。いや、そうじゃなくてこの謎の詰問から助けてほしいんですけど。

「……この国の成り立ちに関係することだからでしょうか」

 これといって特別な理由は思いつかないので適当に言ったが、殿下は「そうだね、大体あたりかな」と軽やかに笑った。そうなの? 本当に?

「これが結構難しいんだよ。前文明の過ちを風化させないと同時に、知識を正しく管理し継承し続けていくというのは。遠い昔の出来事というものはどうしたって他人事になるからね」

「ということは、知識の管理者というのは文字通り書物を管理する者という意味ではなく、歴史研究者に近い存在ということでしょうか」

「そういう側面を持つ人もいるのは確かだね。まあ、管理する知識の重要度にもよるけど」

 扱う情報の中には機密情報も含まれるのだろうと思えば殿下の言いたいこともなんとなく想像がつく。それとも、この世界は知識というものを非常に重要視しているので他に理由があるのだろうか。どういった理由があるにしろ興味深いのは確かだ。今度家庭教師の先生に詳しく聞いてみよう。

 浮かれながらカップをそっと口に運ぶ。

「きみが私の婚約者候補から外れた理由はよくわかった」

 

 結局殿下がなにを知りたかったのかは全然わからなかったが、王宮図書館の許可証は無事に入手できたので深く考えないことにした。

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