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1 プロローグ

(痛い! 痛い!! このままでは頭が割れてしまう!) 

 

 それは七歳を迎えた夜のこと。リゼッタは今にも死んでしまいまそうな頭痛に苛まれ、唸り声とともに飛び起きた。心臓が忙しなく鼓動をうち、喉はまともに呼吸もできずただひゅーひゅーと掠れた音を出す。鏡を見るまでもなく、今にも死にそうな顔をしているのだろうなと想像がついた。震える手も、鳥肌のたった腕も、がちがちと鳴る歯も、もはや自力で止められず。ただ只管に自分を抱きしめるようにして時間が過ぎるのを待った。痛みがなくなっても、そのことになかなか気づけないまま私は壊れた人形のように呆然と浅い呼吸を繰り返していた。

 叫び声をあげなかったのは幸か不幸か、果たしてどちらだったのだろうか。


 それからしばらく。

 ほぅ、と小さな吐息を吐いて、パニックに陥っていた頭の中身を整理する。

 私は誰だ。私は、わたしは、リゼッタ・イム・シオル。七歳。シオル侯爵家の二人目の娘。人間。

 ではここはどこだ。

 ここは王都。ここは、王都の侯爵家。自室。国の名は、アイン。この世界そのものには特別な呼称はないけれど、人間の管轄領域は他種族からリーネンと呼ばれている。

 そこまで思い出して思わず喉がひくりと鳴った。

 だって、どれもリゼッタの人生には欠かすことの出来ない名前だけれど、でもそれらを自分はつい先ほどまで別の視点で見聞きしていたのではなかったか? そうだ、夢の中で。自分はこの世界を外からの視点で見ていた。ゲームとして。


「嘘でしょう……」


 夢の中でリゼッタはとある少女の短い生涯を追体験していた。短いとはいえ人ひとりの生涯。その情報量に頭痛がするけれど、正直気になることが多すぎて痛みの感覚は遠い。その少女(名前は忘れてしまった)が一時期やり込んでいたゲームがまさにそんな世界設定だった。とはいえそれは死ぬより何年も前のことなので然程鮮明な情報としては残っていない。動画の中の動画を見ている感覚に近かったので、それ程身に沁み込んでいないのだ。そういえばそんな内容のゲームをやってた、という程度。ストーリーの大筋は覚えているが、細かいルート分岐やイベント条件なんかはさっぱりだ。

 一応メインキャラクターの名前は覚えている。が、少なくとも、リゼッタという名には覚えはない。

 かといって世界設定が同じだけで時代がずれているのかというとそういうことでもなさそうだ。だって攻略キャラの一人である王子(メインのくせに攻略難易度が一番高かったのでよく覚えている)はまさに今この国にいらっしゃるのだから。ひとつ年上の美少年。

 そして、姉の婚約者候補だ。


 首を振り、頭痛が少し収まってきたことにひとつ息を吐く。胸に手を当て、深く呼吸する。落ち着こう。落ち着いて、情報を整理しよう。



 リゼッタが産まれたのは人間の管轄領域リーネンのひとつであるアインという国。

 そしてこの世界は、一度滅びかけた歴史を持つ世界だ。滅びかけた要因は人間達の自滅といっても過言ではないが、なんにせよその時の教訓もあり現代では大きな争いは発生しない。ありがたいことにそこそこ平和が約束された時代と言える。

 ちなみにこれは序盤にさらりと説明されるだけのくだりなので細かいことはゲームのストーリーには影響していない。あくまでも世界設定というものの一部でしかなく、国家間の関係性や複数の種族とまとめて説明されていただけだっだ。

 だが、当然ながら今を生きるリゼッタにとっては全く無関係ではない。今はまだ七歳のリゼッタは本格的には習っていないが、いずれその歴史について詳しく学ぶことになるだろう。人類の負の遺産として。侯爵家の責任を担う為に。――だが、ゲームでは物語の一部として説明されただけの内容がこうして現実に、過去に起きた歴史として語り継がれているという事実は少し不思議な感覚だ。


 さて。ではリゼッタという自分はそのゲームではどういう立ち位置にあるのか。

 リゼッタ・イム・シオルはシオル侯爵家の次女で、ひとつ年上の兄はエルゼという名の我が侯爵家の長男だ。そして三つ上にはカーティというそれはそれはお美しいお姉様がいる。


 姉のカーティは攻略対象キャラの殆どのルートに登場する、有能で優秀故に非常に質の悪いライバルキャラだ。ヒロインとして攻略するうえでは本当に、本当に、心から邪魔な存在だった。絶対に超えられない壁。みたいな。

 この国の第一王子の婚約者となるカーティは、美人で性格も良く頭脳も運動神経もずば抜けた生粋の天才。若干我が道をいく突っ切った性格ではあるものの、憎めないキャラクターは下手をすればヒロインよりも人気があると言われたほど。

 それが我がお姉様である。


 そして兄のエルゼは攻略対象キャラの一人で、若干愛の重い性格設定だった、はず。確か優秀な姉を持つ弟ならではの苦労があるが故の暗い側面に起因して、その性格だったような気がする。が、ちょっと根が暗くてあんまり人を信用しなくて保守的なだけで悪い人間ではない。むしろ侯爵家を継ぐ立場なのだから、それくらいの警戒心や猜疑心は必要だろう。無い方がむしろ困る。

 と、そんなお兄様になる予定らしい(だって兄は今はまだ八歳なのでその片鱗しかない。いや、八歳にして片鱗があることが既にあれかもしれないが)。


 そして私ことリゼッタ。ゲームではカーティとエルゼの台詞に幾度か登場したような気がするものの、驚くほど出番の無い妹。普通は主要キャラの兄弟姉妹なのだからもっと出番があってもいいだろと思うのだが、これがびっくりするほどストーリーに絡まない。ヒロインと同学年なのに? という疑問もなくはないが、シナリオライターの好みと言われればそこまでだし、予算の都合かもしれない。

 むしろ、リゼッタはヒロインの視野に入らない第三者。次代を担う有力貴族達の痴情のもつれに絶対に巻き込まれない立ち位置と考えればベストポジションと言っていい。

 だが、だからといって他人事のように過ごせるかというとそれは絶対にないだろう。なにせどのルートに進むにしても第一王子はストーリーに関わってくるのだ。第一王子がヒロインの攻略対象にならなかったとしても、将来国の中核に関わることになるだろう人達をメインキャラに据えている以上、結果的にこの国の民全てが関係者と言っても過言ではない。ヒロインは平民として育てられるが、子爵家の血をひいているし、更に終盤では伯爵家との養子縁組の話もあったはずだ。

 実際、能力は同学年で抜きんでていた(つまり私より優秀ということだ)のでどこかの家に取り込まれるのは確実だ。……改めて考えてみるとこれって恋愛シミュレーションというか、ただただ普通に優秀な人材の奪い合いのような気もしてきたが……どうなんだろう。

 

 派閥への取り込みが必要となればリゼッタもなにか役割があるかもしれないが、しかし恋愛事情そのものにはリゼッタが絡むことはない。ストーリーも平和的でふわっとしていたから、正直今後活用できるような情報はあんまりない。

 ひとまずリゼッタやその家族、知人に不幸な未来がなさそうだと把握したところでゆっくり息を吐く。


 となると、むしろ気になるのはストーリーではなくこの世界の構造だ。

 終末を超えた世界。確か終末の決定打となったのは通称魔王と呼ばれる精霊の存在だと、リゼッタは習っている。

 精霊とは、生き物の思念に影響を受けて生まれるもの。つまりそれは殺し合うことを止められなくなった生き物たちの負の感情の集合体。死の概念、滅びの結晶、殺意の具現、と呼ばれることもあるその存在は、ただそこにあるだけで多くの生き物を死に至らしめたのだという。そうして見境なく死と疫病と絶望をまき散らしたあとあっさりと自然消滅したそうな。消滅した理由は、生き物の数が減ったことにより形を保てなくなったとか、星の寿命が尽きかけたためとか、諸説あるもののはっきりとした根拠はない。

 そんなこんなで生き延びた人間とエルフと妖精は共存の道を選ぶこととなり、現在の平和な世界が訪れたのであった。めでたしめでたし。ハッピーエンド? というのがよくある建国に纏わる本に書かれている内容で、侯爵令嬢としてのリゼッタも概ねそういう内容の歴史を習っているところだ。

 この辺りは件のゲームとリゼッタの記憶は概ね一致しているといっていいのだが、実はひとつだけハッキリとおかしな点がある。

 ゲームにはヒロインをサポートするマスコットキャラクターとして小さな精霊が登場していた。精霊。確かにあれは精霊として紹介されていた。それが妖精であれば納得もできるのだが、精霊となるとおかしいのだ。妖精は意思を持つ存在とされているが、精霊はただそこにあるだけの現象のようなもの。自我を持たない現象が、サポート役につくことなどあるのだろうか。ましてや人間とコミュニケーションを取るなど、正直想像できない。

 けど、まあ。

「擬人化の一種と考えたらそういうのもありそうな気がするし、深く考えても意味ないかな」

 そもそもあのゲームとこの世界が本当に同じものなのかも怪しい話だ。似ているのは確かだし主要キャラクターがリゼッタの知ってる人達と酷似しているので無関係ということはないだろうが、なんで未来のことが異世界のゲームになっているのかとかも意味不明過ぎて、いっそ眠くなってきた。よく考えたら今の時間は深夜も深夜。今日は誕生日パーティがあったので精神的な疲労も肉体的な疲労も蓄積している。気づけば身体の震えも止まったし、呼吸も落ち着いた。頭も痛くない。鳥肌も収まった。そうなれば睡魔が襲ってくるのも仕方のないことだ。

 視界に入る小さな手と短い指には少しばかり違和感を覚えるものの混乱するほどではない。絶望するほどの状況に置かれていないことは、きっと良いことなのだろう。うん。ひとつ頷いて、ぽすんとベッドに倒れ込む。広くて柔らかいベッドはとても心地よくて、安心する。


 そういえば、中世ヨーロッパのような設定なのに随分と物の質が良いような気がするけど。なんでだろう。


 と、考えたところでリゼッタの意識は睡魔に敗北した。

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