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風の終わり  作者: 竹内すくね
二部
33/37

ラッキーなルチアーノ



 ゆっくりとしたペースで、三台の馬車が進む。荷台に揺られた者たちは街を出て、バルボロ火山の麓まで行くのだ。

 その馬車を街の出入り口で見送るのは、バリスタのギルドマスターであるスコルピと、彼の右腕と呼ばれるトレシュである。二人は馬車が見えなくなるまで、その場に立ち続けていた。

 スコルピは齢四十を迎えたばかりであり、ギルドに新人が多数入団した事で、ようやく、ギルドの経営が上手くいき始めたのを感じていた。短い黒髪には白髪が混じっており、目元の皺は年々目立ってきている。

「今年の新人は有望だな。みな、いいものを持っている」

 スコルピの言葉に無言で頷いたのはトレシュだ。彼はスコルピよりも幾分か若いが、共に苦楽を経験してきた幼馴染である。彼はギルドを結成した時から、スコルピを支え続けてきたのだ。

 バリスタは弓矢や魔法を用いた、後方支援を主としたギルドであり、彼らの依頼主はよそのギルドである事が多い。バリスタのメンバーは魔物を狩る際、人数を集める時に重宝されている。

 馬車に乗っていたのはバリスタに入ったばかりのプレイヤーである。彼らは経験を積むべく、仕事に慣れたギルドメンバーに連れられて魔物を狩りに行くのだ。この時期は冷え込みが厳しいので、避寒地としてバルボロ火山が候補に上がっていたのである。そこでなら、十全に弓を放つ事が出来るだろうと考えられていたのだ。

「しかし、これでうちは空っぽになってしまったな。はは、次の仕事は七日近くも受けられない」

「予想していたよりも、うちを希望する者が多かったから仕方ない。幹部連中は出払う形になったが、その分、新人の育成に期待が持てる」

 今日をもって、バリスタは依頼をストップし、暫くの休みに入る。スコルピとトレシュにとっては、久方ぶりに足を止め、自分たちを見直す機会でもあった。

「……あれから、四年も経ったのか。信じられないな、未だに」

 スコルピの言葉に、トレシュはやはり無言で頷いた。……四年前、バリスタも他のギルドと共謀し、突風同盟を襲撃した。『塔』に踏み入る権利を得られるまたとないチャンスを前にして、二人には、選択の余地はなかったのである。自分たちの犯した事を罪だとは思っていない。そも、それを罪だと断ずる法がここにはないのだ。ただ、突風同盟は力をつけすぎていた。持ち過ぎる者は、そうでない者に睨まれ、疎まれる。

「膨れ上がった突風同盟が弾け飛び、俺たちは彼らの持っていたモノを身につけた。あの日、彼らを潰したギルドには満遍なく、過不足なく、平等に利益がもたらされた。この街で、突風同盟のように一強となるギルドは存在しないが、いずれは巡る」

「巡る?」

「因果だ。このままいけば、バリスタはもっと大きくなる。そうなれば、四年前の俺たちのように、誰かが襲撃を仕掛けてくるかもしれん」

 現在、タタズの塔に足を踏み入れる権利を有しているのは、四年前に突風同盟を襲ったギルドだけである。それ以後に作られたギルド、そのメンバーの中には、塔の存在を知らない者もいた。知っていたとしても、塔には、やはり見張りが立てられており、無理に入ろうとしても、数十を超えるギルドの連携によって妨害され、阻止され、反撃を受けるだろう。

「尤も、四年前のあの日から、突風同盟という名も、塔の存在も、薄れ、消え始めている。塔の探索が済めば、その門戸は誰にでも開かれるようになるだろうがな」

「だが、四年経っても塔の全貌は解明されていない。あそこは、深過ぎる。……ふ、どちらにしても、気の遠くなるような話だ。俺たちが死ぬまでには、塔はあのままかもな」

 そう言って、トレシュは薄く笑う。つられて、スコルピもにやりとした笑みを浮かべた。

「しばらくは気が休まるな。下がいないから気楽でいい。戻ったら一杯やるか」

「……スコルピ。一応、あいつはギルドに残ってるぞ」

「ルチアーノのやつか? まあ、護衛というか、そう言う目的で残しはしたがなあ。あいつだって、今頃は女と遊んでるだろうよ」



 馴染みの武器屋を出たレオは、新品の剣をその場で素振りし、鞘に戻した。柄を握った際の感触は違和感しかなかったが、扱いに苦労するようなものでもない。魔物を狩り、人を斬るくらいならば問題なかった。

「ご機嫌じゃないか」

「まあな。だが、刀身も今夜、血で錆びる。それが目的ではあるが、なんとも言えんな」

「そうかな。錆びるほどの血は浴びないと思うけど」

 トーマは武器屋の壁に背を預けて、空を見上げる。そこには雲がかかっていたが、風が強く、すぐにでも流されていきそうであった。

「バリスタは一刀猟団よりも人数が多い。やつらは弓と、杖持ちだ。必然、切り込む必要がある。ならば血の雨を降らせることも」

「いやいや、あいつら、新人を連れてバルボロに向かってるんだよ。主立ったメンバーも一緒になってさ」

「……火山に? 竜人とでも遊ぶつもりか?」

「新人を育成するんだってさ。冬場はこの辺だと手もかじかんでくるからね。まともに狙いをつけることが難しくなる。けれど、バルボロの麓辺りだと年中暖かい。尤も、そんな優しいところで鍛えたって、いざ寒いところで弓を使う機会があったら意味はないと思うんだけど」

「お優しいことだ。バリスタも大きくなったものだな」

 レオは腕を組み、皮肉っぽく笑う。

「だから、今はバリスタには人が殆ど残っていない。ギルドマスターのスコルピと、トレシュだけだ。あとは、何人かを残していると見てるけど、大したやつはいないはずだよ」

「おいトーマ。お前、どこでそんな話を仕入れた? 本当に信頼出来る筋からなのだろうな」

「まあね。少なくとも、俺が誰よりも信じている人からだよ。正直、その人に裏切られたんなら、しようがないって感じかな」

「ほう、珍しい。お前が人を信ずるとはな。ならば俺もそいつを信じよう。決行は夜だな? 俺は帰って眠る。お前は時間までどうするつもりだ?」

「街をぶらつく」

 頷き、レオは塒へと戻った。腰に提げた剣は、四年前よりも酷く軽いものに思える。それは、今の得物が以前のような大剣ではないから、という意味ではなかった。



 街の中央に位置する噴水広場には、多くの人が集まる。ダンジョンへ向かう為の同行者を募る演説をする者や、人が集まったのを見計らい、露天商が大声を上げて通行人の興味を惹こうとしていた。その喧騒の中で、トーマは一人の男と出会った。彼は、運び屋を生業にするジッポウである。五十を過ぎたばかりだが、その顔には皺が刻まれて、生きている事自体に疲弊しているように見えた。

「貴重な情報をありがとうございます」

「……あんなものでよければ。だが、バリスタの行き先を知るくらいで何が変わると言うんだね」

 トーマは微笑み、その場に腰を下ろす。ジッポウは、彼に倣わず、座ろうとはしなかった。

「今の俺たちには何より得難いものでして。……また、老けましたね」

「危ない橋を渡っていると、こうなる。君と同じだよトーマ君」

 ジッポウは、運び屋の仲間から他のギルドが何をどうしているのか聞き出すのが上手かった。彼は二十年以上も街で運び屋をやっており、業界内での信頼も厚かったのである。……しかし、彼はトーマが復讐の為に殺人をしているのを知らなかった。世間話の一環として、得た情報を伝えているに過ぎないと――――そう、トーマは思っている。

「橋を渡るのは俺たちです。あなたは、どの橋を渡ればいいのか教えるだけでいい。それだけで、俺たちは助かってるんですよ。……それから、これ、お願いしてもいいですか?」

 トーマは懐から、小さな袋を取り出す。彼はそれをジッポウに差し出した。

「任せてくれ」

 トーマは年に何度か、故郷、シアン村に仕送りをしている。袋の中身は、少ない稼ぎの中からやり繰りして、やっとの思いで貯めた銀貨だった。

「手紙は書かなくていいのかな?」

「はい。特に変わりはないので」

 ジッポウは、トーマたちのやっている事に気づいている。しかし、彼らを止められるとは思えなかった。何故なら、ジッポウの中にも突風同盟を襲った者を許せないという気持ちがあるからだ。……その一方で、復讐は成らないとも、トーマたちが危険な目に遭うのは堪え難いとも思っている。ジレンマを抱えたまま、けちな情報屋の真似事をやっている。そんな自分を常に恥じ続けた結果、ジッポウは胃を痛めて、心労に苛まれていた。

「……トーマ君。私は、君たちが何をしているかは知らない。だが……」

「大丈夫ですよ。俺たちは今日を生きてくので精一杯なんです。別に、何かやろうなんて思ってないですよ」

 一刀猟団が潰滅した。その前にも、他のギルドのメンバーが殺されたのだと聞いている。やったのはトーマとレオに違いない。二人はあの日から、血を浴び、罪を背負い続けているのだろう。

「そうか。なら、私はいくとしよう。君から預かったものは、信頼出来る者に託すよ。それから、手紙を受け取っている」

「母さんからですか?」

「……ああ」

 復讐をやめれば、トーマはもっと楽に生活出来るだろう。故郷へも、もっとたくさんのお金を送られる。彼の犯した罪は、ルートナインにいる限りは裁かれない。だが、もはや止められないのだ。一度動き出せば、トーマはもう止まらない。口で言って聞くようなら、彼はこんな事をしていないのだから。トーマの背には風が吹き続けている。彼を煽るような、強い風が。それは、突風同盟の怨念なのかもしれなかった。

「また会おう。それまで、体には気をつけるんだよ」

「ええ、ジッポウさんも」

 手を振り、二人は分かれた。ジッポウはトーマを振り返って見たが、彼は立ち止まらず、雑踏にその姿を隠していた。



 バリスタを襲撃する為の条件は整っていた。あまりにもなお膳立てに、トーマは拍子抜けだとすら思っていた。……バリスタの大部分のメンバーは街を離れ、残ったのはギルドマスターとその右腕だけである。二人を殺せば、バリスタはその機能を停止するだろう。頭さえなくせば、組織など事実上の潰滅に近しい。残った手足をどうするかはその時考えればいいのだ。……しかし、襲撃決行が目前に迫った今、トーマは自分が罠にかけられているのではないかと疑っていた。ジッポウの情報ではなく、バリスタに騙されているような気がしているのだ。彼らが油断しているのか、あるいは、一刀猟団の件で警戒し、策略を巡らせているのか、判断が出来ないのである。

「やってみればいい。ダメならその時考えれば済む話だろう」

 レオはあっさりとした答えをトーマに寄越した。彼はベッドに寝そべりながら、あくびさえ漏らす始末である。

「でもさ」

「どうせ俺たちにまともなチャンスなんてないぞ。万端の準備を期する事も出来ん。罠だとしても、はめられたとしても、それを突き抜ければいい。忘れたかトーマ。俺たちには失うものがないのだ」

「……そうだったね。悪かったよ、余計なこと言っちゃって」

「うむ」レオは立ち上がり、得物を腰に提げる。

「では、バリスタに出向いてやるとしよう」

「ああ、やろうか」

 バリスタの襲撃決行は今夜だ。トーマは塒の窓から夜の空を見上げる。静かで、冷たい空気が肌にまとわりついた。

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