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風の終わり  作者: 竹内すくね
二部
32/37

残り火



「聞いたかよ。一刀猟団がやられたんだってよ」

「ヒリュウまで殺されたんだろ。どこの死にたがりの仕業だろうな。俺には理解できねえ」

「そりゃそうだろ。……しかし、誰がやったんだろうな」

 酒場の隅の席に座っていたトーマは、カウンターに銅貨を五枚置き、レオと共に席を立った。二人はじっと、ここでの喧騒に耳を澄ませていたが、得られるものは少なかった。

 酒場には人が集まる。酒気は人の口を緩くさせ、情報を吐き出させるものだ。ここに留まり、質さえ問わなければ話の種には困らなくなる。

 トーマとレオは酒場を出て、街の大通りに向けて足を伸ばした。外はもう、すっかり暗くなっていた。

「早速噂になっていたな」

 そうだねと、トーマは短く答えて、足を速める。

「だから言ったろう、やりづらくなると。俺は知らんぞ。……あのヒリュウとやらに勝てて気分がいいのだ。少しくらいの無茶は許す」

「明日は、もう一日だけ様子を見ようか。君が先に無茶をしたせいで、武器が使い物にならない。大事にしてたナイフは予備まで全部あいつに折られたしね」

「手強かった……だが、いい経験になったな」

「二度とごめんだよ。竜殺しは伊達じゃなかったってわけだ」



 翌朝、塒であるシェルターで朝食を取った後、トーマとレオはトバの森へと向かった。装備を整える為に魔物を狩るつもりであった。が、無理は出来ない。ヒリュウとの戦いでは手持ちの武具を大部分失ったのである。代わりのものを調達する金が必要だった。

「マッドボアの牙は値が落ちてるらしいから、今日は一区でウサギでも狩ろうか」

「……ウサギだと?」

 トーマの言うウサギとは、トバの森の一区で見かける跳ねウサギの事である。額に小さな角が一本生えた、小型の獣だ。慣れたプレイヤーにとっては草木と変わらない。ぴょんぴょんと跳ねるだけで害はないのだ。

「新人でもあるまいし、何を言っている」

「確かにウサギ肉は安いけど、安全に数を集められる。今の僕たちにはまともな武器さえないんだよ?」

「武器を揃えるまでに何匹殺すつもりだ。俺は嫌だ。竜の後にウサギだと? 腕が鈍る」

 トーマは溜め息を吐いた。レオのわがままな部分は四年前と変わらない。特に、戦闘に関しては口を挟む事すら許さない時もある。

「お金ってのはね、空から降ってくるわけじゃあないんだよ。こつこつとやらなきゃ」

「……ならば、俺は大物を狙う。お前はウサギと遊んでいればいいだろう」

「そんな、小さいナイフで?」

 うるさいと、トーマを突っぱねて、レオはすたすたと歩いて行ってしまう。トーマは肩を竦めた。レオはこうなったらてこでも動かない。……流石に命を落とすような無茶はやらないと思い、彼とは逆の方向へと進んだ。



 トバの森では金を稼ぎづらい。危険なダンジョンにはそれに見合う魔物の素材が手に入るが、二人だけでは大した収穫は得られないだろう。かと言って、比較的安全なギナ遺跡や森では、他のプレイヤーの隙を窺いつつ、効率的に魔物を狩るのも難しい。人を雇うのにも、強力な武具を得るのにも金がいる。ましてや、仇をとる為には金を稼ぐ過程で怪我をするのは許されない。八方を塞がれているわけではなかったが、選べる手段は少なかった。トーマは悩みながら、跳ねウサギを探して歩く。

「一刀猟団の持ってた刀を売れば良かったかな……ダメか。そんなことしたらバレるし」

 ひとりごちながら大きく垂れた枝を払うと、少しだけ開けた場所に出る。プレイヤーの休息地として作られたところであった。トーマは近くにいたウサギを一匹仕留めて、切り株に腰を下ろす。そこで肉の解体をしていると、

「……あ」

「やあ。前にもあったね」

 以前助けた、魔法を使うであろう少年と出会った。

 トーマはにこやかに微笑みかけたが、少年は警戒し、切り株に座ろうとはしなかった。

「また、そんな小さいのを殺したんだ」

 軽蔑の視線で見られるが、トーマは動じない。

「生きてくためだからね。仕方ないよ」

「あなたは強いのに、もっと、凶悪な魔物を倒せばいいじゃないか。そうすれば、他の人たちも助かる」

 風がそよぎ、少年の茶色がかった髪が揺れる。彼は、まだ十歳程度の年頃であった。顔立ちや体つきは中性的で、声変わりも済んでいない。ともすれば、女の子にも見える。

「そのために俺が危ない目に遭えばいいって言うのかい。……その杖は飾り? 自分でやればいいじゃないか」

「飾りなんかじゃないよ。僕は、そのために森に入ったんだから」

 少年はむっとした様子で答えた。青臭いなと、トーマは目を細める。

「でも、ハグベアにやられそうになってたよね」

「あれはっ……うまく、魔法が出なかっただけだよ!集中できなかったからだっ」

 魔法を発動させるのには、魔力を練り上げる必要がある。力を練るには、心を研ぎ済ます事が不可欠だ。心が乱れれば魔法は扱えない。何事にも怯まず、震えない、強靭な精神力が魔法使いとしての、第一の素養であった。

「一応、魔法は使えるんだ?」

「当たり前だよ。僕は大魔法使いになるんだ。この街で一番の魔法使いになれば、みんな、僕をそうだって認める」

「……なんだ。結局自分のために魔物を殺すんじゃないか。俺と同じだね」

 そう言うと、少年は黙り込んでしまう。いじめ過ぎたかと、トーマは反省して、ウサギの解体に意識を集中した。

「……あなたは、魔法が使えるの?」

「俺? いや、無理だったよ。試したけどね、せいぜい、地面に小さな穴をあけるくらいだった」

「地属性なんだ。ふうん、すごいね」

 少年は笑った。他者を見下すような、意地の悪い顔である。

「僕はね、六つの属性の魔法を全部使えるんだ」

「嘘だね」

 トーマは少年を見ないまま言った。……魔法には、地、水、火、風、光、闇の六つの属性がある。しかし、一人の魔法使いが扱えるのは、せいぜい二つの属性がやっとだ。それは、個人によって扱える属性の素養が決められているからだ。地属性の魔法を極めた者ですら、他の属性の下級魔法を扱えない事もある。しかも、そう珍しい事ではない。

「嘘じゃないっ。本当だよ! 師匠だって、僕にはすごい力があるって言ってたんだ」

「君を慰める方便かもしれないよ。僕も、力のある魔法使いを見たことがあるけどね、そんな人でも、一つの属性の魔法しか使えなかったんだ」

 肉の解体を終えると、トーマは皮袋にそれを入れて、切り株から立ち上がった。少年の与太を聞くつもりはなかったのである。

「じゃあね。君がそんなじゃあ、君の師匠とやらもたかが知れてるよ」

「なっ、ま、待ってよ! 謝ってよっ。僕を馬鹿にしたっていい、けど、師匠を馬鹿にするのは許さない!」

 少年はトーマの前に立ちはだかり、じっと、彼を見上げる。

「ふうん。じゃあ、相当に名の通った魔法使いなんだろうね、君の師匠は」

「……それは、その、言えない」

「名前を教えてくれないの? 別にいいよ。どっちにしたって信じないから」

「言ったってしようがないからだよっ。もう、師匠はこの街の人たちに忘れられてる、師匠の名前も知らないやつばかりだ。師匠は、あんなにすごかったのに……」

「分かったからいいなよ。聞くだけ聞いてあげるから。けど、気が済んだら俺の邪魔はしないでよ」

 少年は涙目になってトーマを睨んだ後、ぐっと息を呑んだ。

「リベルファイアだ。その人が、僕の師匠なんだ」



 少年の名は、ファンと言った。彼は大陸の南方にある村の生まれで、十歳になるまで、そこを出た事はなかった。野良仕事ばかりの日々を過ごしていたが、ファンが五つの時、旅人が村を訪れた。その人物こそ、突風同盟の魔法使い、逆巻く炎と呼ばれた男だったのである。が、彼は自らが何者なのかを詳しくは語らず、村長の家に一ヶ月ほど逗留し、街へと戻った。彼がなぜ、ファンの村にやってきたのかは分からない。だが、その一月の間に、リベルファイアはファンに魔法の手ほどきをし、自分の名だけを告げた。

 ファンの話を聞き終えたあとも、トーマは沈黙し続けた。突風同盟の残したものは、何もかもが失われたわけではなかったのである。リベルファイアの思惑は見当すらつかなかったが、ファンの師匠が確かな人物だとは分かった。

「なに黙ってるのさ。だから言ったじゃないか。師匠の名前は、誰にも分からないんだって」

「……いや、分からないんじゃない。そりゃ、中には本当に彼を知らない人もいるだろうけど、その名前を口にすることを嫌がる人だっているんだ」

「……どういう意味?」

「さあね。けど、俺は君の話を信じるよ。少なくとも、リベルファイアが君に魔法を教えたってところはね」

 魔法使いは、他者に魔法を教えたがらない。少なくとも、タダでモノを教える事は少ない。力量のある魔法使いなら、その技術は金になる。魔道書の一冊でも書けば、数年は遊んで暮らせるだけの金貨が手に入るのだから。だからこそ、リベルファイアがただの子供に魔法を教えるはずはない。彼は、ファンに力があると見込んだのだ。……それでも、六つの属性をファンが扱えるとは、トーマは思わなかった。

「でも、一月だろ。そんなんで魔法を使えるようになるとは思えないけど」

「師匠がいなくなったあとも、僕は自分だけで修行を積んだんだ。やり方は、師匠が教えてくれたから」

「……なんで、五年も経ってから街に来たの?」

 リベルファイアは、もうこの街にも、この世にもいないのだ。

「そんなの、あなたには関係ないじゃないか。それより、あなたは師匠を知っているような口ぶりだった。師匠がどこにいるのか、教えて欲しい」

「嫌だ。それこそ俺には関係ない。ただ、面白い話を聞かせてもらったお礼に、一つだけ忠告しておくよ。君の師匠の名前は、もう口にしない方がいい。街の中では特に」

「そんな、どうしてっ、どうしてさ! やっぱり、あなたは何か知ってるはずだよ!」

 服の裾を掴まれて、トーマは立ち止まる。

「俺は何も知らないよ。ただ、君みたいにうるさく言ってると、よく思わない人だっている。考えてみなよ。君さ、俺の機嫌を損ねたら殺されたっておかしくない状況にあるんだよ。ここが街の中だとしても関係ない。何せルートナインには法がないから。目の前で人が死のうと、たとえば誰かに襲われたって文句は言えるけどそれだけだ。……今、僕は君をどうやって金に変えようか考えてる。奴隷としてどこかに売り飛ばしてやろうかって。あるいは、君は女の子にも見えるし、そういう店に紹介するって手もあるんだぜ」

「いいよ」

「……なんだって?」

「好きにすればいいんだ。僕だって、箱入りの王子さまなんかじゃない。あの街の仕組みくらい知ってる。でも、僕を売り飛ばしてもいいから、師匠のことを教えて欲しいんだ。僕が大魔法使いになるには、あの人の力が必要だから」

 存外、ファンの意思は固かった。尚更、トーマはリベルファイアの事を、突風同盟の事を話すわけにはいかなくなる。

「なんでもする。ねえ、あなたのここに跪けばいいの?」

「二度と俺の前に現れるなよ」

 トーマはファンを押し退けて、森の奥へと進もうとした。ファンは、これ以上は無駄だと悟ったのか追ってこなかった。

「やっと見つけた手がかりなんだっ、僕はあなたを追い回す! それが嫌なら教えてよ! 教えてもらうまでは、絶対にあなたを逃がさないから!」



「ふん、やはりお前は魔物を狩るのに向いてないな」

 レオは袋をいっぱいにして、トーマの提げていた皮袋を覗き込んだ。

「……君こそ、結局ウサギばかりじゃないか」

「ふはは、大物は俺に恐れをなして逃げ出したに違いない。仕方ないから小物と戯れていたに過ぎん」

「はいはい。けど、これで剣の一本くらいはどうにかなりそうだね。それから、今日の晩ご飯も」

 レオはぴくりと眉を動かす。

「俺の奢りか? 貸しにするぞ、いいな」

「いいよ。……それから、やろうか。バリスタを」

「……剣の一本しか用意出来ないのではなかったか?」

「俺なら平気だ。剣は君が、俺は、昔のアレを使う。それから、あそこに人を借りよう。まずは小手調べといこうじゃないか」

 レオは、トーマの内心を見抜いている。彼は今、焦っているのだ。ろくな準備をしないまま仕掛ける事は今までになかった。何がトーマを急き立てているのか、レオは考えようとして、やめる。

「勝算はあるのだろうな」

「もちろんさ。八対二で、俺たちに不利だけどね」

「充分だ」レオは明日の事を考えるのはやめ、今晩のメニューに思いを馳せた。

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