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風の終わり  作者: 竹内すくね
二部
30/37

サムライズム



 一人で歩くなとは言われていた。しかし、男は――――タツマはギルド一刀猟団(いっとうりょだん)のメンバーであり、齢は、三十を半ばも過ぎていた。遣いに行く子供ではないのだから、誰かと連れ立って宿に帰るなど、考えられなかったのである。それが、ギルドの長の命令だとしても、だ。タツマとて、現在の一刀猟団の置かれた状況は分かっている。既に、同胞が四人も殺されているのだ。いずれも腕に覚えのある者たちであったが、一人でいるところを襲われている。殺したのが何者か判明していないが、卑劣なやつに違いない。タツマは空になった酒瓶を投げ捨てて、宿までの道を歩いた。



 一刀猟団にはサムライが集う。遠い異国の戦士の、誇り高い魂を備えているのだと。彼らを知る者は、口を揃えてこう言った。そこに属する者たちは、一人の例外もなく刀を使う。剣ではなく、刀である。それは、彼らの魂でもあった。信念であり、揺るがぬ誇りである。

 一刀猟団のメンバーは、一対一の戦いを好んだ。モンスターを相手にする時も、人を相手にする時も、それは変わらない。たとえ敵が自身より力量があろうと引いてはならぬ。助けを求めてはならぬ。助けてはならぬ。ルールとして定められたのではない。定めたのは彼らであり、彼らの魂と誇りが徒党を組んで戦う事を、眼前の敵から逃げ出す事を許さないのだ。

 また、一刀猟団の者たちはキモノを好む。シャツやズボンではなく、キナガシや、ハカマといった東方伝来の服を着ているのが殆どであった。刀とキモノ。それが一刀猟団のメンバーである証でもあった。

「……冷えるな」

 酒気は、風と共に抜けていく。じきに春が来る。そうなれば、今よりは過ごしやすくなるだろう。タツマは短く刈り込んだ金髪を撫で、キモノの袖に手を突っ込んだ。

 その時、路地裏から何かが蠢いたのを感じた。タツマは立ち止まり、油断なく、気配のした方に目を向ける。

「……一刀猟団の、タツマさん、ですね?」

「いかにも」と、タツマは短く答えた。そして、彼は刀の鞘に手をかけた。声の主の正体、その見当がついていたのだ。

「同胞をやったのはお前か?」

 返事は戻ってこなかった。その代わり、物陰から声の主であろう男が姿を見せる。タツマは僅かに目を細め、感嘆した様子で息を漏らした。

 現れたのは、少年である。黒髪で、背は高い。彼は薄汚れたローブのようなものを羽織っており、それで顔を隠していた。が、肌の艶や立ち居振る舞いから、タツマは目の前の男はまだ若いと見抜いていたのである。

「なるほど。若い。が、濁っておるなあ」

 ちらと見えた少年の瞳に、タツマは心が冷えるのを感じた。……澱んで、濁っている。まるで沼だ。いったい、何人の命を飲み込んできたのか、想像もつかなかった。

「俺も殺してきたが、お前は、俺よりも多くのものを殺してきたらしいな」

「……一刀猟団の人ですよね? 仲間が殺されたのに、意外と冷静だ」

「俺たちは軟弱なやつらとは違う。元から、パーティを組むこともなかったからな」

 タツマは姿勢を低くして、鯉口を切った。ぎらりと輝く刀身が少年の姿を映している。

「名乗らんのか?」

「今は」

「……では、死合おうではないか。同胞をとった腕前、見せてもらおう」

 敵討ちという言葉は思い浮かばなかった。死んだのならそれまでで、今はただ、強者との戦いを望む。他には何もいらなかった。

「ところで、さっき、お酒を飲んでましたね。あれ、火竜亭(かりゅうてい)で買ったものですよね」

 タツマは答えないが、火竜亭は一刀猟団が懇意にしている酒場である。彼は、確かにそこで酒を買ったが、それがどうしたと、唾を吐き捨てた。

「あと、十分といったところですね」

「構えんのか?」

「さっきのお酒、毒入りなんですよ」

 少年は懐から一枚の葉を取り出して、それをタツマに見えるように掲げる。

 タツマは目を見開いた。その葉は、毒性の強いクロダイダラであった。トバの森の三区にしか自生しておらず、主に、大型の魔物を仕留める時に使うものである。遅効性だが、確実に効く。毒が効き始めれば体の内側を徹底的に破壊し尽くされ、最後には口からどろどろに溶け切った臓物を吐き出して死ぬ。死ぬ寸前まで激痛は止まない、恐ろしい毒だ。

「あなたの命が、あと十分だと言ったんです」

 馬鹿な、と、一笑に付すのは容易い。だが、可能性はゼロではない。少年は自分から姿を見せ、わざわざ毒の正体を明かしたのだ。それは、必ず殺せるという自信の表れだと、タツマは考える。

「何がしたいんだ、お前は。俺の命が欲しいなら、なぜ喋った」

「ちなみに、解毒剤も持ってます」と、少年は小さな瓶を取り出して、それをしまい込む。タツマは、その瓶から目が離せないでいた。

「別に、命が欲しいわけじゃないんですよ。俺は」

「……何が望みだ?」

「それは」

 少年が短剣を放った。投擲用のそれは、タツマの眉間をめがけてまっすぐに飛ぶ。彼は刀の腹で短剣を弾き、そのまま、少年の頭部を断とうとして、得物を上段に構えた。

「お見事っ」

 わざとらしい声を上げ、少年は、懐から瓶を摘み、顔の前に掲げた。

 タツマは、思わず攻撃の手を止めてしまう。毒を仕掛けた事も、解毒剤だという事も、全てがブラフかもしれない。だが、そうではないかもしれない。自身の命を秤にかけた結果、彼は――――。

「一刀猟団は」

 短剣が、眼球に突き刺さる。タツマは呻き、残った目玉で少年をねめつけた。

 次いで、少年はタツマの死角に入り込み、脇腹を強く握り締めた。彼は指の力だけで皮を裂き、

「ごっ、ああ……!?」

 よろめいたタツマの刀を奪い取る。

「……誇り高いと聞きます。しかし、あなたはそれを捨てた。唯一、俺を殺せる機会を捨て、生きようとしたんですよ」

「な、にを……」

 タツマは片膝をつき、痛む箇所を手で押さえた。

「つまり、毒なんか仕込んでなかったってことです」

「お、お前は! 何がっ、何がしたいんだ!?」

「そういう顔が見たかったんですよ」

 少年は見様見真似で刀を振り、タツマの腕を切断する。

「驚いた。これ、めちゃくちゃ切れ味がいいんですねえ」

 タツマは叫ぼうとするが、少年は彼の喉を薄く切り裂いた。

「この分じゃ、あなたたちが終わるのも時間の問題だ。思ってたよりも楽で、助かりましたよ」

 苦痛が体を焼き、苛む。タツマは、己の最期を悟った。しかし、せめて一矢報いてやろうとして、短剣の柄を握り締める。彼は眼球ごと短剣を抜き取ったのだ。

「そうでないと」

 声にならない声を放って、タツマは少年に向かって突進する。

 少年は刀の使い方に戸惑っているようで、結局、それを前方に投げ捨てた。タツマは少年の喉笛を狙ったが、背後から刀で貫かれて、大量の血を吐き出す。そうして、得物を握り締めたまま、息絶えた。



 タツマの死体を見下ろしながら、少年は息を吐き出した。先程から、緊張しっ放しだったのである。

「上手くいったね」

「どこが。俺がいなければ、そこで寝ていたのはお前だったぞ」

 ぬっと、大きな体が少年を見下ろした。大柄な彼は、タツマから奪い取った刀を捨てると、つまらなさそうにそれを見遣る。

「こいつも、よもや二人掛かりで卑怯だとは言うまい。何せ誇り高いサムライなのだからな。……ところで、さっき見せていたのはなんだ?」

「ああ、これ?」

 少年は葉と液体の入った瓶を取り出す。そして、葉を噛み、瓶の中身を飲み干した。

「アカダイダラの葉っぱと、ただの水。この人、これをクロダイダラと見間違えたんだね。そう仕向けたのは俺だけど」

「回りくどい」

「揺さぶらなきゃ殺されてたのはこっちだったんだよ。まあ、ここまでハマるとは思ってなかったけど」

「まあ、上手くいった、か。これで五人目だったか?」

 少年は呆れた風に、大柄な少年を見上げた。

「六人目。あと、三人だね。よしよし、次もこの手でいこうかな」

「……トーマ、悪趣味だぞ」

「こいつらに、いいも悪いもあるもんか。忘れたのかよ、レオ。俺たちは、こいつら全部に復讐してやるんだ」

 そう言って少年は――――トーマは、タツマの頭を踏みつけた。

「あれから、四年も経ったんだ。こいつらだって、突風同盟のみんなを殺して、塔のお陰でいい目を見てきたんだよ」

「四年、か。お前は変わったな、トーマ」

「変わってないさ。俺は、ずっとあの時から」



 突風同盟と呼ばれたギルドが消えた夜から、既に四年が経過していた。街はいつの間にか、彼らの存在を忘却し始めていた。入れ替わりの激しいここでは、次から次へと人がやってきて、新たなギルドが作られる。栄華を極めた突風同盟ですらも、住民たちの話題に上らなくなってしまった。口にする事を躊躇ったというのもあるが、同盟の誰も彼もが皆殺しにされたと思われていたのである。

 だが、生き延びた者もいた。ある者は街から逃げ出し、ある者は人目から隠れるようにして暮らし、ある者は、簒奪者への復讐を誓った。

 あの日、あの夜、ジッポウに助けられたトーマとレオは、街を出なかった。逃げるのを選ばなかったのである。ジッポウには街を出た方がいいと強く勧められたが、二人の意思は固かった。必ず、やつらを皆殺しにすると、そう誓って、自分たちの臭いがなくなるのを待ち続けたのである。突風同盟という後ろ盾をなくした生活は苦しかったが、二人は研鑽を積み、塒を作り、力を蓄えた。吹けば飛ぶような……だが、風は自分たちに味方していると信じて。

 四年前と同じく、街には新たな風が吹いた。しかし、その風は血の香を引き連れていた。

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