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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
28/37

風の終わり・3



 レイネの話を聞き終えた顎鬚の男は、すぐには動かなかった。彼は他の三人に目配せする。

「あい分かった。ならば、ここで怪しい者を見なかっただろうか」

「……どうでしょうか。私たちは先からここにいましたが、街を出ようとする方は目にしませんでした」

「そうか」と、短く言って、男たちは街の大通りへ引き返して行く。

 見逃されたな、と、レイネは肝を冷やしていた。……恐らく、男たちには区別がついていないのである。ガランの言っていたように、自分たちは突風同盟に来てから日が浅い。班長ともなれば、様々な方面に顔が知られているだろうが、下っ端の人間は数が多過ぎて把握出来ないのだ。また、襲撃者たちも一枚岩ではないのだろう。襲撃に参加こそしているが、積極的に人を殺すような輩は少ないに違いない。

「当たりを引いたようですね」

 息を吐き出して、レイネは街の外に目を遣った。突風同盟が襲撃されてから一時間も経っていない。時が経てば何も知らない住民が押し寄せてくる。それに乗じて逃げようとするギルドのメンバーもいるだろうし、自分たちも逃げやすくはなるだろう。が、易々と逃亡を許すはずはない。先のような男に見つかればまだましだが、問答無用で切りかかってくる手合いもいるだろう。

「坊ちゃま、トーマさん、行きましょう」

 レオの手を引くが、彼の目は暗く、濁っていた。今のレオは、跡継ぎにはなれないと、そう告げられた時と同じような目をしている。しかし、無理やりにでも引きずっていくしかない。ここで、彼を死なす訳にはいかなかった。



 レイネたちは街を出て、目立たないように街道沿いを歩いていた。が、それがよくなかったのだろう。やましいところがない者は、そんな風には歩かない。彼女らは先程の男たちに見咎められ、後をつけられる事となった。

 無理やりに撒いて、馬車まで行けば逃げられるかもしれない。だが、相手は焦っている。突風同盟の者を一人も逃せないはずだ。無関係の御者ごと、自分たちを殺すかもしれない。……レイネは振り返り、相手の人数を再確認した。追っ手は四人。先に仕掛ければ、何とかなるかもしれない。彼女は魔力を練り始めて、隣を歩くレオに囁いた。



「先にお逃げください」

 レオは、ぼんやりとしたまま、レイネの声を聞いた。

 逃げる。

 どこに。

 レオは息を吐き出して、腰に手を遣った。得物の感触を確かめたのである。

「……坊ちゃま?」

 自身の境遇について、レオはよく理解していた。もう、とうに逃げ出した身なのだ。レイネがどう思っているか知らないが、レオは、跡目争いに敗れ、自らを慰める為に街へ着たに過ぎないと思っている。バーンハイトの家から逃げ出したのだ。

 だが、レオは突風同盟に入ってから、バーンハイト家では手に入らなかったであろうものを多く得た。

 今宵、レオは決して失いたくないと願っていたものを奪われたのである。

「お前は、逃げろと言うのか。この俺に」

 また、逃げ出せと言うのか。

 仲間を見捨てて、裏切って、どこへ行くと言うのだ。

 ……家を出て、街に着いた後も、レオはバーンハイトを名乗り続けた。捨ててしまってもよかった。しかし、これは呪いでもある。彼は、生きている限り、レオ・バーンハイトである事からは逃げられないのだと、心のどこかでは理解していたのである。呪いだと。同時に、誇りであるとも。いつしか、バーンハイトの名と、突風同盟にいる事が、レオの誇りとなっていた。

「農民を、頼んだぞ」

 もう、逃げられない。否、レオは逃げたくなかった。

「俺はっ、誇りを失うくらいなら!」

 レオが剣を抜くと、追っ手の男たちは武器を構える。レイネはレオを止めるが、無駄だった。彼は、ここで命を捨てると決めたのだ。



 迸った叫びは、追っ手の意気を鈍らせた。

 レオは剣を正眼に構えたまま、丘を下るようにして駆け出す。彼を援護するべく、レイネが魔法を放った。彼女の撃ち出した炎の矢は、レオを追い越して、標的へと向かう。

「くっ、やはりか……!」

 追っ手の、髭面の男が散開を命じた。四人の男たちはそれぞれに散り、炎の矢を回避する。

 レオは剣を振るも、大振りの切り下ろしはあっけなく避けられてしまった。

「黙っていれば、お互い生き延びられたものを!」

「俺はっ! レオ・バーンハイトっ、突風同盟の男だ!」

 街の外には、レオたち以外には誰もいない。追っ手である襲撃者たちは、この状況を好機だと捉えていた。横槍が入らず、突風同盟の人間を殺せるのだから、逃す手はない。……もはや、逃せないのだ。彼らは、一人でも生かしてしまえば、いつか、自分たちが復讐されると知っている。

「剣士を狙うんだっ」

「おう、槍を使え!」

 追っ手の男たちは武器を持ち替える為、剣を捨てて槍を手にした。リーチの差を生かして戦おうとしたのである。実際、それは上手くはまった。追っ手は二手に分かれ、レオとレイネに対して二人掛かりで戦う。スコップを持ったトーマは震えているばかりだったので、後回しにしたのだ。魔法を使えるレイネも、攻撃を間断なく繰り出されては魔力を練る暇もない。

 レオは槍の有効範囲よりも外に逃れようとするが、髭面の男は巧みであり、彼の死角を取り続けた。ろくに剣を振るえず、彼は苛立った様子で歯を噛み合わせる。その、感情が昂ぶった隙を衝かれてしまい、レオは槍による刺突を受ける。彼は重装備だったので、鎧の上からによる攻撃だったが、意識が散ってしまった。あらぬ方に顔を遣った瞬間、レオは横合いから体当たりを食らって、バランスを崩す。

「突けっ」

 プレートアーマーの隙間を突き、槍はレオの肩に刺さった。彼は顔をしかめて、痛みに耐えかねて転倒してしまう。得物こそ手離さなかったが、戦闘中に這い蹲り、尚且つ、レオは重装備であった。致命的な隙である。無論、男たちがその間隙を見逃すはずがない。

「坊ちゃま!」

 レオは倒れたままで目を向ける。レイネが、両手から炎と、風属性の魔力を練り上げ、開放しようとしているのが見えた。二色の淡い光が疾走し、レオを襲おうとしていた男たちに衝突する。魔法による一撃をまともに受けてしまい、追っ手の二人の首から上が焼け焦げ、切り裂かれた。



 トーマはスコップを取り落とした。レオが殺されそうになって、それでもトーマは動けなかった。動けば、自分が狙われると分かっていたからである。

 しかし、レイネは動いた。自らを省みず、レオを救おうとして。……彼女は背中を槍に貫かれたままで、魔法を放ったのだ。鮮血を滴らせながら、レオの元に向かい、彼を庇って、生き残った追っ手二人を迎え撃とうとしている。

 追っ手の男は、二人ともが槍を持ち、信じられないといった表情を浮かべていた。レイネはもはや立っていられないほどのダメージを受けたのである。

「……坊ちゃまに、触れるな」

「なんだ、こいつ……?」

 魔力を練り上げる気力は残っていないだろう。ただ、立つだけだ。今のレイネなら、押せば倒れる。だが、追っ手は怯んでいた。死に損なった女から放たれる重圧ではない。

「坊ちゃまに……」

「なぜっ、何をやっているんだ、お前は!?」

 レイネの瞳からは光が失われていた。彼女は、自分に肩を貸そうとするレオの頬に、血で濡れた指先で触れる。つ、と、彼の頬に一筋の赤い線が引かれた。

「生きて、ください……」

 力が抜け、レイネが地面に倒れ込みそうになる。レオは彼女を抱き抱えた。

「……生きて、レ、オ……私は、もう……」

 聡かった。レオは、レイネから魂が抜けていくのを感じていたのである。彼は、レイネを地面に横たえさせて、再び、剣を握り締めた。そうして、彼女に向かって頭を下げる。

「今まで、ありがとうございました。お疲れ様でした、姉上。ゆっくりと、お休みください」

「ん……おや、す……」

 レイネが、死んだ。彼女も死んでしまった。殺された。トーマは呆然として、立ち尽くす。



 肉親が殺されても、レオの理性はまだ残っていた。レイネの最期を、落ち着いて看取る事が出来たのは不幸中の幸いであったと、彼は口の端を緩める。

 追っ手の男たちは、短い悲鳴を上げた。

「……レイネ。一人きりでは、死出の旅路も心許ないだろう。下賎の出だが、貴様には共をつけてやる。今まで俺に仕えてきたのだ。あちらで、こいつらを使い潰すのを許す」

 剣の切っ先を向けて、レオは腰を低くする。二槍の前では、恐らく無傷とはいかないだろう。そればかりか、返り討ちに遭うかもしれなかった。彼は、自らの命を捨てる代わりに眼前の脅威を払い除けようとしたのである。レイネの仇を討つ為でもあり、

「農民……いや、トーマっ、どうか、どうかお前だけでも!」

 トーマの命を助けようとする為の、行いであった。



 がなり声と共にレオが地を蹴った。彼を狙って突かれた二つの槍は、片方がアーマーに弾かれて、もう片方が鋼を砕く。落ちゆく欠片を横目に、レオは突進した。彼の大剣が、追っ手の男、その腹を薙ぐ。噴出する血液が、彼の兜、鎧を赤く染めた。

 最後に残った男は槍を引き、レオの鎧の砕けた箇所目掛けて放つ。石突き部分が彼の肉に食い込んだ時、

「う、おおおおおおおおおお――――っ!」

 スコップを上段に構えたトーマが駆け出した。

 トーマを捨て置いていた男は彼の声に驚き、レオの体から得物を引き抜く。男は前後を挟まれているが、判断は素早かった。まず、彼は柄の部分でトーマを牽制し、石突きで、再度レオの傷跡を抉る。トーマの攻撃を避け、男はレオの方へと距離を詰めた。

「何をっ、している!? 逃げろっ」

「わああああっ! あああああああああああっ!」

 トーマの攻撃はめちゃくちゃだった。視線はぶれ、体の軸もぶれて、スコップを振り下ろす重みにバランスを崩し、彼は転んでしまう。それでも立ち上がり、男に向かって得物を振るった。

 目の前でレイネが死んだ。ガランたち突風同盟の仲間とも、もう会えないだろう。トーマは、これ以上仲間を、友達を失いたくなかった。レオまで殺されては、きっと、自分は自分でなくなると思ったのである。

「この、クソガキがっ」

「やらせるかっ!」

 男はレオに突き立てた槍を引き抜こうとしたが、レオがそれを防いだ。彼は穂先を両手で掴み、力を込め、更に奥へと食い込ませる。苦痛に顔が歪んだが、レオはその行為を止めなかった。

「よ、よせっ、よせよ!」

 トーマは、焦る男をねめつける。涙によって視界が曇っていたが、しかと捉えていた。己が標的を。殺すべき相手を見定めていた。

「お前らが! お前らがあっ!」

「ひっ……!」

 人を殺すのは怖かった。

 ゴブリンのようなモンスターを殺すのとは全く違う。それでも、トーマはスコップを振り下ろした。金属の塊は男の頭部を裂き、食い込む。肉を断つ手応えに吐き気を覚えながらも、彼は叫ぶ事でそれを誤魔化した。

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